8-9.魔術師

 ミソギは列車の窓の外の風景を見ていた。キャスラーは同じ車内にいるはずだが、探し出すのも面倒だった。恐らく探せば、どこかの座席に座っているはずだし、その隣に座ったところで何も言わないだろうが、ミソギはあまりキャスラーの近くには居たくなかった。


「早いもんだね」


 二十年という月日を考えて、思わず独り言を零す。

 当時のミソギは今の双子と同じぐらいの年齢で、生まれ故郷のヤツハを飛び出してフィン軍に入ったばかりだった。十三剣士隊に入って初めての大仕事が、瑠璃の刃の解体だった。

 ハリにある彼らの本拠地に行く途中で、黒地に青い紋章の描かれたローブを身にまとった男が現れた。

 半分砂漠となった荒野で、その存在は酷く目立っていた。


「取引がしたい」


 それがその男の第一声だった。


「取引、だと?」


 当時の隊長が尋ねると、男は頷いた。


「お前たちは今から瑠璃の刃を潰しに行くのだろう?内部工作に手を貸してやるから、私のことを見逃してほしい」

「そんな取引に応じると思うのか」


 剣士たちが刃を構えるが、男は悠然としたまま、指を鳴らした。激しい音と共に両者の間に鋭い雷が落ち、地面を焼く。


「詠唱もせずに、魔法を……?」


 ミソギはそれを見て、事前に読んだ瑠璃の刃に関する報告書を思い出した。

 東ラスレ国の魔法部隊を一人で撃退した、桁外れの攻撃力を持つ魔法使い。


「あんた、何者だ?」

「ん?」


 男は首を傾げてから、あぁ、と手を叩いた。


「申し遅れた。私はキャスラー・シ・リン。瑠璃の刃の七番目「魔術師」だ」

「幹部が、自分の組織を裏切るって?信じられないね」

「信じなくてもいいのだが、この取引を受け入れてもらえない場合は、私は貴殿たちと戦う必要がある」


 空気が一気に張り詰め、十三剣士達は揃って剣に手をかけ、あるいは構えなおす。

 報告書によれば、魔術師は気まぐれな性格であり、他の幹部ともあまり接点がないという。有名な東ラスレ軍の件にしても、一度目の襲撃は他の幹部が退けて、二度目の襲撃で現れたとのことだった。

 だが、残忍で冷酷な性格をしているとも言われており、気まぐれだからと言って手加減を望むことは出来ない。


「なんだ、私と戦いたいのか。しかし私は取引にさえ応じてくれれば、貴殿たちとは事を構えない。それどころか今後、犯罪を犯すつもりもない」

「どういう意味だ」


 隊長の問いに、キャスラーは少し考え込んでから答えた。


「こんなことを言うと馬鹿にしていると思うかもしれないが、私は自分が犯罪者である自覚がなかったのだ」

「はぁ?」

「法律などないような秘境から出て来て、その日の食うものに困って瑠璃の刃に入った。だから自分のしていることが犯罪だなんて知らなかった」

「何を言っているんだ、お前は」

「なので犯罪者にも飽きたから、今度は堅気になろうかと思う」


 どうやら気まぐれというよりは非常にマイペースらしい男が言うのを、隊長をはじめとした他の剣士は呆れ顔で見ていた。

 その視線に気づいたキャスラーは、肩を竦めて言った。


「なんだ、蛇の卵でも飲み込んだような顔をして」


 回想と現実の声が重なる。

 ミソギが窓から視線を外すと、真横にキャスラーが座ってた。


「あんたのその表現ってさ、どこの国のもの?」

「西ラスレで聞いた気がする」

「あ、そう。……どうしたんだい? てっきり西区についてから合流してくるもんだと思ったけど」


 答えないでいるキャスラーの代わりに、ミソギは言葉を続けた。


「子供に会うのが嫌なんだろう?」

「……会うつもりはない。私は魔導書喰いの娘に話を付けにいくだけだ」

「なんだっていいけどね。……アリトラ嬢がそのお店に辿り着いてなきゃいいけど」


 無理だろうなぁ、とミソギはわざとらしく呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る