第8話 +GrimoireEater [魔導書喰い]

8-1.セルバドス家の団欒

 西区に新しく出来た古書店の情報に、いち早く食いついたのはリコリーだった。制御機関の同僚からその情報を得た夜には、興奮した面持ちで家族にそのことを話した。


「昔の書籍は勿論だけど、古い魔導書とか指南書も揃ってるらしいんだ」

「あら、それはいいわね」


 母親であるシノは、食後の珈琲を飲みながら同意を示す。


「古い魔導書は今よりも緻密に作られているものが多いのよ。使いこなすのは難しいけど、魔法の勉強にはうってつけだわ」

「ちょっと値段が張るらしいんだけど、一冊くらい買ってこようかと思って」

「いいんじゃない? お金が足りないなら出してあげるわよ」

「いいの?」

「魔法使いには必要な出費よ。お店の名前は?」

「えーっと……梟の木、だったかな」

「それって、三番街にある古書店?」


 皿洗いを済ませた父親が、母親の隣に座りながら口を挟んだ。


「場所はまだちゃんと見てないけど、父ちゃん知ってるの?」

「オープンした時に、偶然そっちに仕入れに行っててね。掘り出し物がありそうだから入ってみたんだよ」

「どうだった?」

「うーん、俺は魔法使いじゃないから、内容はさっぱりだったけど…古くて良い本を揃えているのは確かだね。東ラスレと西ラスレが分断される前のものとかもあったし」

「あら、行ったなら私に教えてくれてもいいのに」


 妻の不満そうな言葉に、ホースルは肩を竦めた。


「シノさんは立派な魔導書持ってるからいいじゃないか」

「そういうことじゃないのよ。新しい魔法陣の研究とかに使えるんだから。何か取引は出来たの?」

「ハリの魔法指南書とか、東ラスレの昔の魔導書とか、小さい取引を何度か。店主がまだ若い女性でね。結構美人だよ」

「貴方がそんなこと言うなんて珍しいわね」

「そうかな」

「てっきり貴方は女性の顔なんて興味ないかと思ってたわ」

「だってシノさんみたいな美人から目を離したら、誰かに取られちゃうかもしれないからね」


 子供の前でも遠慮なく惚気を口にするホースルに、シノは仕方なさそうに笑いながらも嬉しそうだった。


「おかしい」


 それまで黙っていたアリトラは口を開く。


「母ちゃんが美人なら、アタシももっとモテていいはず」

「アリトラは性格が問題なんじゃない」

「何それ」

「お淑やかさとかないし、言いたいこと全部口にするし」

「誤解がある。リコリーが引っ込み思案だから代わりに喋ってた時期が長かっただけ。寧ろリコリーの責任」

「知らないよ、そんなこと……。念のため聞くけど、何か買ってこようか?」


 リコリーが尋ねると、アリトラは即座に首を横に振る。


「本には興味ないからいい。魔導書だってアタシには使えないし」

「だよね。でもいつ行こうかな。暫く暇がないし……」

「忙しいの?」

「最近、新しく法が変わったからね。それの対応で連日忙しいんだ」


 あーぁ、と大人びた様子で溜息をついてみせるリコリーを見てシノが軽く噴き出した。


「新人ならそんなに難しい仕事はないでしょ。背伸びしちゃって」

「だから、先輩達の雑用が全部こっちにくるから忙しいの」

「それはそれで問題ね」

「あ、ゴメン。今の無し!」


 一応他部署の人間にあたる母親相手に、自部署の愚痴を零したことに気付いたリコリーは慌てて両手を振って話を打ち切った。

 家族団欒の世間話としての話題は、しかし数日後に絶好の機会となってリコリーの前に現れることとなる。

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