7-6.カルナシオン・カンティネス

「首を絞めたり、毒を盛ったりならそれでいいよ。けど今回は血が流れてしまった。血の乾き具合で犯行時刻を大体絞り込める技術を刑務部やアカデミーは持っている。時間の経った遺体から血を調べて、犯行が午前中だとわかったら、やっぱり一番最後に来た客が怪しいってことにされちゃうんだ」

「………やっぱりわかんないなぁ。なんで自分で容疑者の中に入る真似なんかするんだろ?」

「それは犯人には確固たるアリバイが用意出来るから…じゃないかな」

「アリバイ?」


 その時、二人の言葉を遮るようにドアベルが鳴った。

 背の高い、真っ赤な髪をした男が入ってくると、同じ色をした目で双子を見る。顎に生えているのも同じ赤髭だが、殆ど剃っているのもあり、くすんだ色に見えた。


「よぉ、リコリーにアリトラ」

「マスター」

「大丈夫でしたか?」


 パンを抱えたまま走り寄った双子に、カルナシオンは苦笑いで応じる。


「お前ら、パンは置けよ」

「つい」

「ついうっかり」


 ほぼ同時に答えた双子の頭を、カルナシオンは乱暴に撫でてから、カウンターにあった椅子に腰を下ろした。

 年齢は双子の両親と同じ三十八歳だが、日焼けしやすい肌と髭のせいで年上にも見える。


「ったく、災難も災難だ。折角の休日だから、長いこと預けたままだったコートを取りに行ったのに」

「コート?」


 まだコートを羽織るような季節でもないのでリコリーが首を傾げる。


「俺のコートはあの店で仕立てたんだ。去年、裏地を駄目にしちまったから直してもらってたんだよ」

「あぁ、マスターのコートって結構いい生地ですもんね」

「制御機関に居た頃に作ったから、もう十年ぐらい着ているやつだけどな。さっき会った昔の同僚達も、まだ着てたのかって驚いてたけど」

「あ、そういえばマスターなんで此処にいるんですか? 釈放されたんですか?」


 リコリーの質問に、カルナシオンは面倒そうな表情を浮かべた。


「俺は素性がわかってるから、此処にいるって言ったら許してもらえただけだ。まだ犯人捜しは続いてるよ」

「他の二人は来たんですか?」

「あぁ。でも俺も含めて全員が容疑を否認している」

「他の二人ってどういう人なんですか?」


 カルナシオンは大仰な溜息をつくと、上着からシガレットケースを取り出した。

 カウンターに置かれているガラスの灰皿を引き寄せ、ケースの中から煙草を一本取り出して口に咥える。そして右手で腰に下げている精霊瓶を掴むと、簡単な魔法を詠唱して煙草に火を灯した。


「興味津々なのは結構だが、お前は法務部だろう」

「気にならない方がおかしいですよ」

「……刑務部の領分に首を突っ込むな」

「マスターはもう辞めたじゃないですか」


 正論を叩きつけられても、カルナシオンは怒る素振りも見せなかった。ただ苦い顔をして、煙草の煙を天井に吐き出した。


「さっき、此処に入る前にお前たちの会話が聞こえていたけどな。アリバイに関しちゃ全員同じようなもんだったぞ」

「聞こえてたの?」

「お前たち、声が大きいんだよ」


 その指摘に双子は目を見開いて互いを見る。活発なアリトラはまだしも、大人しいリコリーの声まで響いているとは思わなかったためだった。


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