6-4.三人の客

「えっと、さっきも言いましたが、盗聴器自体は違法ではありません。ですが既に制御機関では問題視をしています。そのため実例として報告する義務が僕にはあります」

「はい」


 女性は掃除をしている間に落ち着きを取り戻し、一時的に店を閉じてから双子の隣の席に腰を下ろしていた。


「これまでに盗聴されている、あるいは不審な出来事などはありましたか?」

「いえ、ありません」

「このタイプの盗聴器、このサイズですと永続的な魔力は保持出来ません。一日か二日で魔法陣が効力を失います。昨日から今日にかけて仕掛けられた可能性が高い」

「でしたら、今日だと思います」


 女性ははっきりと答えた。


「あの傘立ては雨が降った時にしか出さないんです。狭い店なので、なるべく必要のないものは置かないようにしています。最近は雨が降らなかったので、今日久しぶりに出しました」

「なるほど。では今日来た客で二回以上来店された人はいますか?」

「どういう意味でしょうか」


 リコリーは自分が割った球体をテーブルの上に置いた。


「これは傘立ての下にガラス玉があることを知らないと、用意出来ないものです。つまり最低でも一度はこの店に来たことがある人間であると考えられます」

「………二回以上来たお客様、ですか」


 女性は難しい表情を浮かべる。


「でしたら先ほどの三人のお客様です。今日は朝から雨でしたので客足が遠のいていました。午前中に来たのは二人だけで、どちらもこのお店は初めてだと言っていました。まだお店を開いて一ヶ月程度ですから、私も初めてくるお客様はわかります」

「あの三人は?」

「週に二回ほど来るお客様です。今日は皆さん、傘を持っていたので傘立てに入れる時にその盗聴器を落とすことは簡単だったと思います」

「三人か……どんな人だったかな」


 悩むリコリーの向かいで、盗聴器の入った瓶を抱えていたアリトラが口を開く。


「アタシ達の列で一番道路側に座っていたのは、赤い髪に真珠のネックレスのおばさん。その向かいにいたのが、右足を引きずっていたおじさん。アタシ達の横に座ったのが黒い短髪のお姉さん。今言った順番で入ってきた」

「よく覚えてるね」

「飲食店勤務なら当然。流石にジロジロは見てないけど」

「飲食店?」


 女性が不思議そうに言ったため、アリトラは身の上を明かした。『マニ・エルカラム』の名を聞いて、女性は短く声を出す。


「あぁ、あの有名な」

「あ、でも心配しないでください。うちの珈琲は超不味いし、ロールケーキも出さないから。今日は本当に偶然です」

「……え、不味いんですか?」

「泥のほうがマシって言われます。……もしかして盗聴器仕掛けた人って同業者だったりしないかな? 此処の評判を聞いて、メニューの秘密を知ろうとした、とか」

「それはありえるかもね。店長さん、その三人のお客さんについて知っていることはありますか?」

「………赤い髪のお客さんは、花屋さんです。お店は第一地区にあって、この近くのホテルにお花を定期的に納品しに来る帰り道に寄っているようです。何度か、お花を持っていく姿を見かけたことがあります」


 リコリーは自分の手帳に、その情報を書き留めていく。アリトラは瓶を弄りながら、情報を頭の中で整理していた。


「男性のお客さんは、退役軍人で近所に住んでいます。足を悪くして退役されたとのことで、そのリハビリも兼ねて毎日歩いていると言っていました。此処だけではなく色々な喫茶店に行っていて、来る曜日は決まっています」

「今日みたいな天気でも来るんですね?」

「足が悪いだけで、元軍人らしくお身体は丈夫だそうですから」


 近所だとは知っているが、詳しい住所は知らない。と彼女は付け加えた。

 開店して一ヶ月の店では、まだ常連にそこまで踏み込めるほど仲良くなれないことは、双子も想像がつく。


「若いお客さんは、第四地区に住んでいると言っていました。職業は劇団員で、こちらにある劇団でレッスンした帰りに寄ってくるそうです。いつも本を読んでいます」

「確かに本読んでいましたね」


 リコリーはそれは覚えていたので、ペンを走らせながら頷いた。


「同業者はいない、か。接点がありそうなのは花屋さんかな?花を喫茶店に納品することはあるだろうし」

「どこかの喫茶店に依頼されて、盗聴器を仕掛けに来たとか」

「でも退役軍人さんもあり得るかもね。このあたりの別の喫茶店にも出入りしてるんでしょう?」

「えぇ。此処のアーケードの角にも老舗の珈琲店がありますし、駅の方にも紅茶の専門店があります」


 女性も同業は調べているのか、すぐに二つの店舗の名前を出した。それはアリトラだけでなく、リコリーも知っているような店だった。


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