3-7.旗の秘密

「旗棒の先に、ごくわずかな魔法陣が埋め込まれていました」


 分解された旗を手にしてリコリーが告げると、カレードは眉を寄せた。


「なぁ、俺達が気付かなかったのは魔法使いじゃないからで片付けられるが、魔法使いでも気付かない物なのか、それは?」

「はい。なので魔法陣は、他の人が見えるようにして作るように定められています。魔法陣は発光、あるいは明るい色で書き、目隠しとなるようなものを置くのは禁止です。なのでどんなに小さな、例え害を及ぼさない魔法陣でも、このように隠した時点で違法となります」

「けど軍にある魔法陣は隠れてるのが多いぞ」

「軍事は少し事情が違いますから。でもその場合は魔法陣に軍事使用であることを記入する必要があります。これには含まれていません」

「ふーん……兄貴のほうはやっぱり賢いな。よくまぁそれだけ覚えられるもんだ」

「覚えないと、そもそも制御機関に合格しないので……」


 照れたように笑うリコリーに、アリトラが「何その顔」と揶揄う。


「試験の前日なんて、酷い顔してたくせに。人の分のバナナケーキまで取っちゃってさ」

「仕方ないだろ。脳みそには甘いものが必要だし、母ちゃんと違って僕は暗記は苦手なんだ」


 リコリーは言い訳をしながら、魔法陣が書かれていた旗棒の留め具を元の位置に戻した。


「この旗棒は十三剣士隊で保管しているものですか?」

「いや、それは借り物。元々のが何十年も使ってるやつでさ。この前俺がうっかり折っちゃったんだよ。それで別の隊に借りたんだ。どこかに書いてないか?」


 リコリーが旗棒をよく観察すると、持ち手となるグリップを巻いた箇所に「魔法部隊」と書かれていた。


「魔法部隊のですね。倉庫って誰でも入れるんですか?」

「あぁ、軍の人間ならな。しかし魔隊のか」


 略称を呟きながら、カレードは金髪を掻く。


「魔隊のにはあまり手をつけるなって言われてるんだけど、やっちまったな」

「どうしてですか?」

「軍の中での暗黙の了解ってやつだ。魔隊は花形部隊だし、上層部にもそこの出身が多いから、他の隊より……」

「格上?」

「あぁ。そういう扱いを受けることが多い。魔隊のだってわかったら、俺も借りなかったよ」


 それを聞いたリコリーは顎に拳をつけるようにして考え込む。


「どうした?」

「暗黙の了解ってことは、軍の人は皆それを知ってるんですよね?」

「新人以外はな」

「旗棒を借りた時にカレードさんがこれを選んだのは偶然なんですよね?」

「まぁ形状は全部一緒だからな。一応、奥の方から持って来たけど」

「ということは……本来これは魔法部隊が使うのを想定していたことになります」


 隣で一緒に考え込んでいたアリトラは、「あぁ」と声を出した。


「魔法部隊が何かの実験をしていたとか?」

「いや、それだったらこんなコソコソ魔法陣を仕込むよりも軍事利用であることを記載して堂々と使う。それをしないってことは後ろ暗い目的ってことだと思う。でも牛……牛を移動させるのって後ろ暗いかなぁ……」


 手段はわかっても目的で思考が行き詰まる。

 リコリーが頭を抱える横で、アリトラは旗を見つめていた。十三剣士隊の威厳を示すかのように、赤い旗は金と銀の糸で細かな刺繍がしてあり、近くで見ても美しい。


「ねぇ、カレードさん」

「なんだ?」

「さっき魔法部隊は格上だって言いましたよね」

「あぁ」

「隊旗も一番いいものだったりしますか?」

「あー。そうじゃないか?俺達のとこのも結構高いけど、向こうは更に魔法陣が組み込まれているとか聞いたから」

「魔法陣?」

「なんでも攻撃を跳ね返すとかって聞いたな。敵の隊旗を壊すっていうのは士気を下げるために俺達もよくやる手段なんだが、そういう時は敵国の花形部隊から狙うのが定石だしな」

「…………なるほど」


 声を出したのはアリトラではなくリコリーだった。


「わかっちゃった、かも」

「お?」

「牛に捕らわれすぎていて、頭が固くなっていました。そもそも旗棒に魔法陣が隠されていたことや、牛が現れたタイミングで察するべきだったんです」

「なんだ? どういうことだ?」

「カレードさん。魔法部隊の旗ってどれですか?」


 唐突なリコリーの質問に、カレードは翡翠のような目を瞬かせた。

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