3-6.牛がいた場所
「二百メートルしか離れていない場所の牛?」
「うん。演習場の北に位置する牧場で買われていた肉牛だった」
「いなくなったこと、牧場主は知っていたの?」
リコリーが買って来たパンを齧りながら、アリトラは問いかける。
「うん。牛舎につないでいたはずが一匹だけ消えちゃったんで探していたらしい。何しろ近いから、こっちが騒がしいのも気付いたらしいけど、まさかこんな事態になっているとは思わなかったって」
「牧場主は魔法は?」
「精霊瓶を見せてもらったけど、使用した痕跡はなかった。それに魔力も僕の半分以下だったから、あまり高度な魔法は使えないと思う。念のため、別の精霊瓶にすり替えた可能性もあるから瓶を開けてもらったけど、問題なく開いた」
「じゃあ牧場主は関係なさそうだね」
「多分ね。周りを簡単に調べさせてもらったけど特に不審物は見つからなかった」
「いなくなった牛がいた場所にも?」
「うん。まっさらで何も落ちてなかった」
「二百メートルって言うと、本当にすぐ近くだな。あの青い屋根の牧場か?」
二人に珈琲を持って来たカレードが口を挟む。
リコリーは礼を述べて、質素な紙コップに入ったそれを受け取った。
「そうです。二百メートルといっても入口からの計測なので、実際に牛が現れた場所と牛舎とは五百メートルの差があります」
「ふーん。その場合って魔法は?」
「さっき言った、加速魔法は十分に使える範囲です。元々、距離の離れた場所の間で物質を速やかに移動するために生まれた魔法ですから」
「ん? あー、うん」
カレードが困ったような顔で頷くのを見て、アリトラはリコリーを肘で突いた。
「わかりにくい」
「ごめん……」
「要は、物を早く移動させるための魔法だから、五百メートルぐらいだったら簡単に使えるってことでしょ」
「そういうこと」
双子がカレードを見ると、先ほどとは違って明るい顔をしていた。
意味は通じたようだと解釈したリコリーは話を続ける。
「実際の空間転移が難しいことであることを考えると、加速魔法が可能性としては一番高いと思われます」
「加速魔法ってのは、空間転移と比べて易しいのか? さっきの言い方だと」
「うーん…短い距離の移動だったら簡単ですね。五百メートルも別に難しくはないです。精霊持ちは殆ど出来るんじゃないでしょうか」
「しかし、なんだって牛を演習場なんかに移動させたんだ?差し入れか?」
「そこなんです。誰が何のために、どうやって移動させたかがわからないと」
周りにはあまり人相が良くないと言われる顔をしかめて考えこんだリコリーを、アリトラが横から再び小突いた。
「何」
「こういう時は根本から考えるのが良いと思う。例えば牛が加速魔法で移動したのだとしたら、移動先を決めるものがないといけない。それを探すとか」
「だから、さっき言ったじゃないか。地面が踏み荒らされていて、痕跡が残っていないって」
「牛が現れたのは空中だよ、リコリー」
アリトラは右手の人差し指で宙を示した。
「だから宙にあるんじゃないの、その目印」
「……はぁ?」
リコリーは虚を突かれた表情で首を傾げた。
「宙にって……」
「牛舎のある場所と演習場は元々平行でしょ。地面に目印を埋めるなら、そこを目的地として更に三メートル上に高度修正しないといけない。アタシはあの魔法使えないけど、多分結構面倒くさいよね?」
「まぁ、そうだね」
「だから元々宙に目印があったんじゃないかと思う」
「けどな、妹の方」
カレードが少し首を傾げながら疑問を呈した。
「演習場は色々な隊が訓練に使うから、宙に何か吊るしたりしねぇぞ。槍隊とか困るし」
「宙にあるとは言ったけど、吊るしてあるなんて言ってませんよ」
アリトラは男二人の怪訝そうな表情を交互に見比べてから、小さく笑った。
「カレードさんって身長高いですよね。何センチですか?」
「何だ急に。一九五センチメートルだったぞ、今年は」
「旗、持ってましたよね。あれってどのぐらいの大きさですか?」
「あれは、二メートルだけど旗棒の端を臍に当てるように持つから……」
カレードは何かに気付いたように振り返る。
そこには十三剣士隊の旗が、先ほど置いた状態のまま風に揺れていた。
「あれか!」
「だと思います」
「カレードさん、あの旗見せてもらっても構いませんか?」
リコリーが立ち上がりかけたのを、カレードが制する。
「さっき持った時に重かったから、お前じゃ無理だ。持ってきてやるから待ってな」
旗を取りに行くカレードの後姿を眺めながら、双子は申し合わせたように溜息をついた。
「金髪碧眼で長身の人が軍服着ると、相乗効果でものすごく格好いい」
「ただでさえ軍服着ると格好よく見えるしね。カレードさんの場合、体格も凄く男らしいしなぁ。なんか僕、世の中の不公平に負けそう」
「あれで頭がよかったら完璧なんだけど」
「アリトラ、冷静に考えてごらんよ。金髪碧眼の美形で国内最強の剣士で頭まで良いとかだったら、殆どの男が憤死しちゃうよ」
「確かに」
リコリーには支えるのすら精一杯であろう大きな旗を、軽々と持ってくるカレードを見ながら双子はもう一度溜息をついた。
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