8-08(最終回)
あたしは一息で、グラスの半分ほどを飲み干した。すっと回っていく酔いが快い。
なんだか、すごく、満ち足りている。
あたしたちのしたことが、いいことなのか、悪いことなのか、よくわかっていない。もしかしたらクリスタルたちの方が、この星に変革をもたらす英雄たりえたのかもしれない。そもそも殴り合って、武器を撃ちまくって、相手をぶちのめすのが、いいことだとは思わない。でも、満ち足りている。
生きていた頃、あたしが欲していたのは、この満足感だったんだ。あたしの欲望の中で、いちばん大きいものは、これだったんだ。これからも欲していく。そんなことに今さら気づいて、苦笑する。これが幸福か? そうかもしれないけど、そんなご大層な命題に近づいた感じはしない。
あたしは、滅びゆく地球という星で、何の価値もない体を得て、どうしようもない仲間とともに、暮らしているんだ。あたしがどうしようもなくここにいるということは、他の誰かもどうしようもなくそこにいるということなんだ。さおりや、めぐみや、ゆきのの前で、あたしは確かにここにいる、それで十分だ。友を持つことや、認め合うことの喜びではなく───あたしは誰かと関係している。それだけのことなんだ。
あたしに生命はない。人権はない。家族もない。あるのは、強制的に与えられたわずかな仲間と、誰に何ら貢献しない無意味な仕事と、みなでそれを終わらせた事実だ。それが、あたしという立体を固定してくれる。「あたしはここにいる」ただそれだけの、ありがちだけど最後の正解にしなくてはいけない理解に、魂を入れてくれる。
見かけだけは壮大でつかみどころなく、現実は頼りなく細い糸であっても、もしかしたら社会という名で語られるかもしれないその曖昧なつながりに、あたしの自我はぶら下がっている。全然見えなくっても、どんなに断ち切ろうとしても、結局どこかでぶら下がっている。
誰でも知っていることかもしれない、あたしも頭ではわかっていたような気がする、だけどこうして、その理解を深く深く腹の底まで、酒とともに流し込むことができるなんて知らなかった。その可能性を、信じていなかった。
生命があり、人権があり、家族があったときには、それは欲しても求めても見つからないものなのだと、醒めた目で見ていた。何もかもがそろった豊かさの陰に隠れていたのか、あたしの探し方がヘタクソだったのか、あの頃はほんとうに存在していなかったのか、今となってはわからない。
目を閉じる。
闇の奥底で揺れる炎を、確かに感じる。
食う、戦う、祈る、愛する、すべての動詞がほんとうに動くものとして心の中で熱を持ち、あたしを固定する見えない糸に向けて伝導している。誰かの手へ、背中へ、熱が伝わる。伝えられる。だからいま、何かがしたいんだ。
その渇望に何が勝る?
夢、希望、未来、あらゆる抽象的な概念は、この実感なくして何の価値があろう?
あなたは死んでいるのだと、ブルーローズは言った。
地球は滅びるのだと、サンフラワーは言った。
だからなんだ。
いまここに湧き出す、こころとからだの充足を前にそれがなんだというんだ。これを生きているといわずして、いったい何だというんだ。
あたしは生きている。これからも、ずっと。
<終>
ローズフォース DA☆ @darkn
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