Return Value of Function 1(エピローグ) ピース

8-01

 そうしてあたしたちは地球に戻った。閉ざされた巨大な殻の中に。


 いつもの日々は、変わらず始まる。翌朝、ゆきのは日課どおりひとり早起きして、全員の朝食と弁当を作った。彼女が「朝ですよー」とおたまでフライパンを叩き鳴らすのを目覚ましにして、他の三人は伸びなどしながらどやどやとリビングへ起き出した。朝食を食べ、シャワーを浴び、歯磨きをして、トイレをすませ、さおりは薄く化粧などして、めぐみは胸に名札をつけ、ゆきのはメガネを拭いて、午前八時二〇分にどやどやと学校へ会社へと出て行った。


 三人を送り出して、あたしはまた暇になった。今度はほんとうに、世間一般の時間に追われる方々には申し訳ないことこの上ないが、ほんっとうに何もすることがなくヒマになった。シトリンを探すとか、クリスタルを倒すとかいう使命も指令もなく、ヴァインがまだ直っていないからぶらぶら町乗りというわけにもいかない。しかたなく花まるマーケットを最後まで見て、NHKの大リーグ中継を最後まで見て、笑っていいともとごきげんようを最後まで見たが、さすがに黒柳徹子の厚化粧を正常な神経で見られるほどあたしは老いていない。


 チャンネルをフライングローズへの直通回線に切り替えて、サンフラワーを呼び出した。


 「ヒマ。暇」


 サンフラワーはあきれ顔であたしを見た。


 「昨日の今日ですよ。あなたはことさらダメージが大きいんですから、ゆっくり休んだらいかがですか」


 「ダメージったって脳みそが疲れてるだけだろ。なんかやってた方がリフレッシュになる」


 「それでも寝るのが一番楽だと思いますけどね」


 「学校とか行ってるあいつらに悪い。すること、ないか」


 「ないです。僕にはあるんです、いろいろ今回の後始末で忙しいんです」サンフラワーは突っぱねるように言った。「できるのは散歩くらいじゃないですか」


 散歩……ね。


 コンビニ行って、立ち読みでもするか。


 あたしはいつもの革ジャンを引っかけてマンションを出た。出たとたんに風が一陣吹きつけてきた。……暑っ!


 アスファルトの熱も含んでいたろうが、四月中旬とは思えない陽気だった。地球温暖化? まさか。地球が滅びるのはそんな理由じゃない、あたしだってそう思う。なんにせよ革ジャンを着てきたのは失敗だった。あたしはいったん地下に入り、上に着ていたものを駐車場に並んだ物置スペースに放り込んで、Tシャツとジーンズだけで街路へ出た。暑かった陽気は、それでちょうど寒くもなく暑くもなく、出る汗が風ですぅっと乾いていく、うららかな初夏の日和に変わった。


 入学式の日にめぐみやゆきのを送り出したマンション前の桜は、すっかり若葉が生い繁り、照り返しがまぶしい。こんな日に、せっかく何もなくぶらぶらできるのに、空調のあるところに入るのもばかばかしく思えた。


 コンビニの前を通り過ぎた。通ったことのない方へ、知らない場所へと、心のままに足の向くままに歩き続けていくうち、やがて今までに来たことのない小さな公園の前に出た。───桜が、満開だった。遅咲きの八重桜だ。


 誘われるように中に入り、桜の木陰のベンチに腰を下ろした。吹き抜けるさわやかな風に乗って、花びらが舞い降ってくる。井戸端会議の時間も過ぎ、学校が終わるには早い時間帯、遊具がいくつか並んでいるだけの狭い公園には、他に誰もいなかった。喧噪は遠く、とても穏やかな春の日和だった。


 ベンチの背にもたれかかっているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。いけない、公園のベンチでこっくり寝るなんてババァじゃあるまいし。でも、心地よかった。やはり疲れていたのだと思う。心も、体も、散りゆく桜の中で眠ることをどこかで望んでいた。


 このまま、───このまま冥土へ行きたいと望んだ坊さんがいたっけな。なんだか、わかる気がする。でもあたしは、冥土へは行けないのだ。永遠に。

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