7-18

 めぐみの言葉の意味はすぐに知れた───どうしたことか、半分ほどの砲台が入れ替わったところで、突然、武装要塞全体が、いっせいに粒子になって、バラバラになって消え始めたではないか。ふつうに考えればそれは、武装オプションであるこの邸宅が持つ防性粒子が、めぐみの攻撃ですべて失われてしまったことを意味する。しかし、めぐみはこのとき攻撃の手を完全に止めていた。


 「なぜだ……なぜだ? まだ防性粒子はたっぷり残っている! それなのになぜ、俺のこの鋼鉄の要塞が消えていくのだ?!」


 「頭悪いなぁ」めぐみは言った。「防性粒子の問題じゃないよ。今あなたのその要塞───いいえ、ハリボテを消し去ったのは、ロウシールドだよ。自業自得なの、まだわからないの?


 ベンツなくしたんだから、理屈はわかるでしょう? ダメージをたくさん受けたら、あたしたちの服は消えてなくなる。あなたの車も消えてしまう。……服や車ならありうるでしょ、服は破れるものだし、車は壊れたり盗まれたりするものね。でも───家が一夜で消える・・・・・・・・なんてことを、ロウシールドが許すとでも思ってる?」


 「!」


 「ねぇ、経験の差でしょ? ロウシールドがどんなに冷酷で、どんなに恐ろしいもので、どれだけ切ないものか、経験しているかどうかの差でしょう? その辛い経験にあたしが必死に耐えているときに、おじさん、笑ってたじゃないの……!」


 「な……」


 「あなたのその鎧は見かけよりずっとずっと薄い、ただのハリボテだったの。それを無敵と信じたあなたがいけないの。


 家の外観が保てないだけのダメージを受けたら、あなたの変身はそれでおしまい。ロウシールドは、鎧であることよりも、家であることを優先して強制的に元の状態に戻す」


 めぐみの言うとおり、散らばっていった粒子は、あの三階建ての豪邸へと戻り、そして、ロウシールドの外の存在に変わってしまった。


 厳格な壁に守られ、決して傷つくことのなくなった屋根の上に、オプションを失ったモーリオンがぼとりと落ちた。人間の上半身と、穴空き鋼板をつなぎ合わせただけの下半身が、醜く接合された姿だった。「あ。あ。あ」そのぎしょんぎしょんとうなる下半身では、斜めになった屋根の上で立てない。こらえようとしてもつるつると滑り、やがて屋根の端からもつるんと飛び出して、地面に転落してしまう───下半身の方が重いらしく、真っ逆さまではなくて、脳天を地面に打ちつけることは避けられたが、もしかしたらその方が彼にとっては幸せな死に方だったかもしれない。


 なぜなら、下半身から落ちたことにより、鋼板がねじ曲がって足のようなパーツはまったく動かなくなり───そして、めぐみが降り立ったからだ。


 めぐみは、モーリオンを見下ろして言った。


 「あなたになんて絶対に負けないって言ったでしょう? あたし、ほんとうに、自分が負けるなんてこれっぽっちも思ってなかった。だって、ソーンを使えば一撃でこの状態にできたもの」


 「ソーン……?」


 「見たい……?」


 イエローローズの機体全体がまばゆい炎の揺らめきをまとった。同時に、ヴァインの肩の突起から光の蔓が伸び上がり、彼女の頭上で彼女の身長の倍近い直径の輪を描いた。それは、まるで仏像の背後にある光輪───いや、もしかすると、不動明王が自らの憤怒から沸き立たせる炎であったかもしれない。


 輪の内側では、激しい炎が燃え盛っていた。ごうごうと音がする。辺りの温度が急速に上がっていく。攻性粒子だけで作られているはずだのに、本当に高熱を発しているのだ。焼き尽くせぬものなどない、地獄の業火。


 その炎の中にふたつの輝きが生まれた。何かがいる。何かが輪の内側から、目を光らせている。そして、ぎらりとモーリオンを射すくめた。


 「ひっ……」モーリオンは震え上がった。手の力だけで何とかして後ずさろうとしたが、鍛えていないぶよぶよの手に動かせる体ではなかった。


 醜態をさらすモーリオンに、めぐみが言う───今までの彼女からは信じられないくらい、ぞっとするほど低い、心臓の奥底から縮み上がらせる声で。


 「さぁ、あなたが積み上げてきた経験に、助けてもらえばいいのよ。他人を蹴落として、生き延びればいいのよ」


 「や、やめ……た、……助けて……」


 めぐみが一歩歩み寄る。モーリオンは後ずさる。


 「ねぇ……最後に、もう一度だけ訊くね? あなた、本当の鈴木征功さんを弔ったの?」


 だがもはや、モーリオンはまともに会話ができる状態ではなかった。目を見開き、口をだらしなく開き、どうにかして逃げる場所はないか、きょろきょろと視線をさまよわせていた。「いやだ……死、死にたくない……俺は……俺は……」答えは得られなかった。


 ……めぐみの出した結論は、とても残酷だった。


 右手を高く上げ、輪を天に掲げるようなしぐさ───そして、さぁ行きなさいと、そっと押し出すように手をゆっくり前に振り下ろす。


 「ローズ・ガルーダ」


 イエローローズのヴァインに秘められたソーンは、業火の輪から現れる巨大な火の鳥。熱と炎のゆらめきを伴って突き進む、ローズフォース最強の攻撃手段。


 ローズガルーダは、業火の輪をくぐると、二度三度はばたいた後、一気に空を滑り出した。目標に向かってためらいも呵責もなく一途に直進する少女の思念。醒めきった、めぐみの瞳。


 「ヒィィィィィッ!」すくみ上がり、背を向け、這い蹲って逃げ出そうとするモーリオン。だが、わずかに射線から逃げたところで、その巨大な攻撃範囲から逃れることはできなかった。


 「死にたくないィーーーーーーーッ!」


 浅ましい叫びを最後に残して、モーリオンは炎の中に溶けた。彼の体はすべて粒子となり、跡形もなく消えた。


 彼には人間の脳が残っていたはずだが、業火の鳥の名を戴いたその威力の前に、わずかばかりの命の部品がどうなったものか───彼自身が貶めた命の価値に敬意を表して、あたしも、そんな懸念は忘却の彼方に捨てることにする。

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