6-17

 ───ここも、これで終わりならすっきりするのだが、余録が少しある。ただ、ゆきのにとっては、どうしても付け加えなくてはならない話だった。つまり───カリオストロ伯爵・・・・・・・・である。


 部活と称した特訓で、以前からヴァインに慣れていたゆきのは、トレーニングをさおりやめぐみより先に切り上げて保健室へと向かった。


 保健室では、サンフラワーがひとり事務机に向かっていた。……ゆきのが入ってきたのに気づいて、ぐるり向き直った。


 「ヒマさん。お暇ですか」


 やや硬い表情のゆきのに、サンフラワーはこう答えた。「あなたまでそのネタを使う必要はないでしょうに」ヒマワリ顔で。


 「別にネタを言ったつもりは……」ゆきのは目をぱちくりさせた。「それで、お時間は」


 「とても忙しいです。でも、あなたがこうして話をしにくる時間は、計算に入れてあります」サンフラワーはヒマワリ顔のままで言った。「あまり硬くならずに、気を落ち着けて。……あぁ、まずはかけてください」


 サンフラワーが脇に退けてあった丸椅子を差し出した。ゆきのは受け取ってぺたんと腰を落とし、膝に手を置いて、ぽつりと言った。


 「……みずきさんはちゃんと目を覚ましてくださるでしょうか」


 「大丈夫ですよ、あなたが信じなくてどうするんです」サンフラワーはヒマワリ顔で答えた。「今は、みずきさんが目覚める前提で、先のことを考えましょう───話は別のことでしょう?」


 「えぇ、まぁ」ゆきのは不安げに何度か視線を宙に舞わせた後、……突然作り微笑わらいを見せた。「じゃあ、その、先のこと。私、作戦を考えてきました。聞いていただけますか」


 え、とサンフラワーは少し驚いた表情を見せた。「聞きますけど、話ってほんとうにそれですか」ゆきのは不自然な作り微笑いのまま変わらない。サンフラワーは、ほんの一瞬唇をへの字に曲げたが、すぐにヒマワリ顔に戻った。「あぁ、そう、わかりました。作戦ね。もちろん聞きます。でも、できることは限られますよ」


 ゆきのは、わかってますと小さく頷くと、作戦を話す前にひとつ質問を投げた。「新しく作られる武器は、みずきさん専用、ひとり分という認識でいいんですよね?」


 「はい」サンフラワーは答えた。「みずきさんの意識が作り出す武器ですから、彼女だけのものです。複数作れても、彼女しか使えません。いずれはヴァイン同様全員の基本装備としますが、今はみずきさんにすべてを託すしかありません」


 「するとみずきさん以外は、クリスタルに挑んでも援護しかできないし、渋谷の二の舞になってみずきさんの負担になる可能性が高い。まして今回は、逃げることも負けることも許されない。だとすれば私たちがすべきことは───」


 「マンツーマンでマークする」ゆきのとサンフラワーの声がハモった。そのまま、サンフラワーが会話を受け継ぐ。


 「そうです。資源の運搬が目的のクリスタルは、自らは矢面やおもてに立たないでしょう。素直に受けて立ってくれるかさえ未知数です。けれど、こちらは何が何でもクリスタルを引きずり出して、みずきさんが可能な限り有利な状況で戦える舞台を作らねばなりません。


 クリスタルと真っ向勝負できないあなた方が優先すべきは、アメジスト、シトリン、モーリオンの動きを完全に封じ、手出しをさせないこと。肉体だけでも滅ぼせば、彼女らは抵抗不能になりますから、それを目指すのがよいでしょう」


 「みずきさんは、クリスタルと一対一で大丈夫でしょうか」


 「新しい武器は一撃必殺です。一発でもダメージを与えれば勝利確定なので、十分勝機はあります。それでも、何か弱点がないかどうか、渋谷での戦闘を解析しているところですよ。……さて。あとの三人、誰が誰をマークするかですが」


 サンフラワーは、じっとゆきのの顔を見て言った。


 「めぐみさんがマークするのはモーリオンです。モーリオンはワープできませんから、彼は例によって弾幕を張ることで妨害を試みるでしょう。この弾幕を相殺できるだけの重武装を提供しているのはイエローローズだけです」


 「……妥当ですね。私もそれがいいと考えてました」微笑が消えていた。


 「そして今回の戦闘では」サンフラワーは淡々と続けた。「アメジストとシトリンは、何にもまして『ワープさせない』ことが重要です。そこで調べました。戦闘に特化せず体も大きいアメジストは、ワープの開始が比較的遅い。……クライミングピンクローズの速度なら、攻撃や接触によってワープを封じることができます」


 「……そう、なんですか」声がかぼそくなった。


 「したがって、さおりさんがアメジストをマークする」ゆきのはうなだれていた。彼女のつむじを見据えて、サンフラワーは言った。「そしてあなたがシトリンをマークします。シトリンは、あなたを前にして戦闘から離脱したりはしないでしょう。多分に願望ですがね」


 「……」


 「本当に話したかったのはこのことでしょう」


 サンフラワーが諭すように言ったが、ゆきのはしばらく床に視線を落として、黙ったままでいた。

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