6-08

 「で、今のは何がどういうきっかけで戦闘になったんですか」メンテナンスを終えた後、保健室でサンフラワーが言った。……あたしはさおりに、とりあえず、まだサンフラワーには言うな、と目で合図した。さおりがうなずき、あたしはこう答えた。「知らんよ。アメジストのヤツ、社内にローズフォースがいるってのがよっぽどムカつくんじゃないの」


 「そう……ですかぁ?」サンフラワーは納得がいっていない様子だった。「アメジスト、何か言ってませんでした?」


 「何でそんなこと訊くんだ?」


 「いえ、僕は向こうが動いてくるとすればそろそろかなと思ってたんですよ」


 「なんだよ、そんな予想してたのか?」


 「以前申し上げませんでしたっけ、資源搬出のめどがついたら、彼らは妨害を避けるために攻撃してくる可能性があると」


 あたしとさおりは顔を見合わせた。……今の戦闘って、そういう話じゃなかったよなぁ? だいいち、「じゃあなんだ、ヒマワリはもうそのときが来てるって予想してたのか? あいつらの仕事は終わりかかってて、地球からずらかる準備を始めてるって?」


 「そうです」サンフラワーはさも当然と言った。やれやれ、そういう話はきちんとしてくれよ。


 「それにしたって、なんか早過ぎないか? クリスタルが社長になったのってせいぜい一ヶ月前だろ? 貿易ってそんなに簡単なもんかよ?」


 「クリスタルは粒子プログラミングの実践者です。ブルーローズ様の肉体の損傷がどれほどで回復できるか百も承知です。それまでにできるだけ多く資源を集める、そのためのアメジストですよ」


 なるほど。でもこれで、与えられた二週間の意味がよくわかった。ブルーローズ復帰のタイミングを予測した上で、資源収集の期限をその時点に設定したのだ。崇拝を目的とする彼が優先するのは物質の量ではなく、時間ってことだ。コロンブスの偉業の第一は「最初にアメリカ大陸を発見した西欧人」であって、トマトや梅毒を持ち帰ったことよりよほど知られている。


 クリスタルはその期限を決めた後に、あたしたちを正義の味方に仕立てる「別の崇拝」に興味を示して行動を開始した。アメジストが焦るわけだ。彼女は、期限を守ることを第一義に最大限働き、その成果を十分に挙げたと思っていただろう。ところが任務完了まであと二週間ってところで、大将の気まぐれで大逆転、突然自分を全否定される立場に立たされたわけだからな。


 そんな状況をサンフラワーはどこまで理解していたろうか。しかし、明日がリミット、という事実はさすがに知らないようだった。


 「ブルーローズ様の新しい肉体を作るのは、元の肉体があったみなさんと違い無から有を作り出しますので、たいへんに時間がかかります。そう、地球時間でざっと一ヶ月」


 「一ヶ月って、今日何日? 一八日じゃなかった?」さおりが尋ねた。


 「今日は四月一八日です。フライングローズで戦闘があったのは三月一三日」


 「もう過ぎてんじゃん」


 「えぇまぁ、一ヶ月で作れるのは、身動きできるだけの器となる肉体だけですから。以前と同じ戦闘機能を完璧に有する状態にまで作り上げるにはプラス十日……ってところですかね。逆にいうと、器だけの不完全な状態のブルーローズ様を引きずり出せれば、クリスタルは赤子の手をひねるよりたやすく再度ブルーローズ様を倒してしまうでしょう。


 ですから、クリスタルがもっと長くこの星にとどまるつもりなら、この段階で襲撃してくることは十分にありえます。そのつもりがなければ、彼らはブルーローズ様の復帰より先にこの星を離れるでしょう。どちらを選ぶのか、そこんところが聞き出せてないかと思って、いま『アメジストが何か言ってなかったか』と訊いたわけです」


 状況が飲み込めて、あたしは唇をへの字にした。その決定を下すのは、クリスタルではなくあたしだ。期限は明日。ブルーローズは間に合わないだろう。サンフラワーに言っておくべきだろうか。あたしの心は揺れた。


 あたしのビミョーな表情を察してくれたのか、それとも純粋に頭の中にハテナが浮かんだままだったからか、うまくさおりが割り込んでくれた。


 「なんかよくわかってないんだけどさ、それってー、ボーエキが一ヶ月でできんのかってハナシの答えになってなくない?」


 「そこなんですよ。まだ話には続きがあります」クリスタルも割り込みに反応してくれて、さおりに指を向けた。「本来なら全員揃っているときにした方がよいかと思うのですが、いい機会ですから今お話ししておきましょう」


 「ナニ?」


 「モーリオンは死者ではないという話を以前したでしょう」


 あぁ、……クリスタルの目の前にいて、半べそかいたあの時の。別の話題になってくれたはいいが、あんまり思い出したくないな。少し直りかけてた傷口に塩を塗られた気がして、あたしはへの字唇のままそっぽを向いた。


 「あのときは時間がなかったのでね。もう少し、詳しい話をします」そんなあたしに気付いたかどうだか、サンフラワーは淡々と話し始めた。「僕は以前から、下位精神体でないモーリオンが、クリスタルを信奉し忠誠を尽くしている、という事実が理解できなかったんです。


 精神体の立場からすれば、あなた方は物品に過ぎません。僕はあなた方に服従は求めていますが忠誠は求めていません。意味、わかりますよね。逆にモーリオンが地球人の人格として認められた存在ならば、モーリオンとクリスタルは対等です。クラス7オブジェクトの体に感謝しこそすれ、奉る必要はない。


 しかし、モーリオンはクリスタルのことを『様』をつけて呼んでいる。部下たらんとしている。なぜでしょうか?


 それは、モーリオンにとって、クリスタルが不老不死の体をくれた神に等しい存在だからです。彼らは神と信者という立場で上下関係にあり、対等ではありません」


 それはモーリオンに限らず、あたしの立場でも言えることかもしれない。


 あたしがサンフラワーにもタメ口なのは、彼が目上であるという意識がまったく湧かないからだ。それは、あたしがモノとして扱われていることと無関係ではないだろう。


 一方で、クリスタルがあたしたちを人間として扱うというならば、そこに生まれるのは指揮官と実行部隊という上下関係ではないのか。もしかすると、クリスタルが求めているのは人類全体からの崇拝ではなく、モーリオン同様に、あたしたちが忠誠を誓う部下であるという事実ではないのか?


 だがそう指摘したところで、クリスタルはあのとき屋上で言ったことを繰り返すだろう。未来を選ぶのは結局自分自身なのだと。


 サンフラワーは続けてこう言った。


 「彼らが上下関係にあることは、もうひとつ重要な意味を持っています。鈴木商事は、クリスタルにとって資源入手のパスであると同時に金の成る木なのです。ひとことでいえば、『社長が新興宗教に貢いでいる』ってとこですかね。


 調べてみたんですが、トマス社による鈴木商事買収にあたってクリスタルのものになった株式は、もともとは鈴木氏の事実上の個人資産でした。対価のやりとりがきちんとあったのか、怪しいものです。


 資本があれば買い付けはすぐにできます。彼らには自らに対する労働報酬など不要で、必要なのは物資の移動にかかる時間だけだったのです。鈴木商事の流通速度や在庫状態は知りませんが、一ヶ月で彼らに十分な量が移動できると思いますよ。


 クリスタルが動くのが先か、ブルーローズ様の復帰が先か、正直予断を許しません。でも、そう遠くない日なのは確かです。覚悟してください、いつ決戦になるかわかりません」

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