5-12
その夜。いつものように会話のない夕食の後、あたしはすぐに自室に引っ込むと、ベッドに横たわってただぼぅっと天井を眺めていた。
サンフラワーの言葉を思い出す。『まぁせいぜい、辛い思いをしてください。それから泣きついてくるのを待ってますから』……もしかして、サンフラワーは、こうなることを予想していたのだろうか。……泣きついてどうなるものでもあるまいに。
だいたいこういうときに、エラい誰かにアドバイスされることは決まっている。「ひとりで抱え込むな」だ。誰かに相談しなきゃいけない。あぁ、相談だ、ただただ自分の弱さを思い知らされただけの状態で、相談に値する言葉が外に出てくるものなら。
何よりも先に、自分が口をつぐもうとしている感覚がわかる。あらゆる意味で、自分の感情が、外に漏れ出すことを怖れていた。あたしから出て行くものは、すべて、うまくいかない何かへのトリガでしかないんだ。今は、何も、したくない───。
ノックの音がした。
「誰?」
引き戸を少しだけ開いた。部屋を覗き込むようにして、おどおどと顔を見せたのは、パジャマ姿のめぐみだった。
「入っていい?」「あぁ」
めぐみは部屋に入ってくると、ベッドの手前できゅっと立ち止まった。「座っていい?」なんでそんな質問するかな。「あぁ」めぐみはベッドの端にとすんと腰を下ろした。あたしは寝返りを打ってめぐみに背を向けた。
「あのさ」めぐみは床を見つめて言った。「ゆきのお姉ちゃん、部活に入ったって」
「ふぅん」あたしは気のない返事をした。
「……何部か、って訊いてくれないの?」
実際、全然その気はなくて、口を開くことさえ面倒くさかったが、答えないとめぐみは泣いてしまいそうだった。
「何部?」
「それが、教えてくれないの」
「なんだよそれ……」
「続けられないと恥ずかしいから、正式入部してから教えるって」
「ふぅん」
「気にならない?」
「部活なんてさ」あたしは答えた。今のあたしには何もかもネガティブにしかならない。「上下関係作るだけだぜ。一六歳と一七歳が、まるで別の生き物みたいに」
「でも、あたしは、年上の人ってすごくあこがれるよ? みずきお姉ちゃんも、ゆきのお姉ちゃんも。年上ってだけで、すごいことだと思う」
「モーリオンもか?」その名を出されて、めぐみが少し身を硬くしたのがわかった。琴線に触れる話で、それ以上続けるべきでないと思った。でも、あたしには止められなかった。「あいつは七〇超えてる。……年上だし、自立してるし、立派な大人だ」
「あの人は───」めぐみは口ごもった。「……そう、そうだね。じゃあ、年上だからすごいんじゃないんだ。オトナだからすごいんじゃないんだ」
めぐみは何度か、合点がいったかのようにうなずいた。「……でもあたしは、みずきお姉ちゃんも、ゆきのお姉ちゃんも、さおりお姉ちゃんだってゼッタイカッコいいと思う。そうであってほしいって、願ってる」
めぐみの視線があたしに向けられているのがわかる。痛いほど刺さっている。あたしには───憧れる先輩とか、いたかな。
「今のみずきお姉ちゃん、すごくカッコわるいよ。どうしちゃったの? 何があったの?」
「あたしのカッコウはうわべだけさ。中身が何にもない。あたしなんてもう、それはそれは薄っぺらい無価値な人間だ」
「そんなこと───」めぐみが何か言いかけるところ、あたしは遮って言った。
「モーリオンの方がマシなのかもしれないな。自分で会社作ってさ、自己主張してさ、不老不死だって、自分で選んで手にした。あれだけ自分を貫ければ、いっそうらやましい。人間の価値って、あぁやって作られていくんじゃないのかな」
「そんなの、違う。あの人は自分を貫いてるんじゃないよ。他人を、踏みにじってるんだよ。それが価値なんだったら、あたしいらない」
めぐみは必死にあたしを説得しようとしていた。あたしの心に言葉を届かせようとしていた。そのことだけがわかった。届きそうな言葉をあたしは遮断した。届かせるのが怖かった。
「あたしたちは死んだ。それだけでも、あのモーリオンって人よりずっとずっと強い経験をしたじゃない。それは価値じゃないの?」
「事故死だぜ。威張れたものじゃない」あたしの口からは冷えた言葉しか出なかった。「きっと、他人を踏みにじらずに自分を貫くことなんてできないんだよ。それがイヤなら、無価値な自分を受け入れるしかないんだ。……あたしなんて、いるだけ無駄な存在だ」
「そんな……」
めぐみは何か取り繕おうとしたが、言葉が出てこなかった。
「めぐみ」
「なに?」
「今から、ヒマワリんとこ行こうか」
「なんで?」
「もう一度、ちゃんと死なせてくださいって、頼みに」
「……!」めぐみは言葉を失った。「そんなのって、ないよ」振り絞るように言った。「そんなの、聞きたくなかった」めぐみは部屋を飛び出していった。
数十秒後、……別のノックの音がした。めぐみのより、強く乱暴な。
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