5-09

 ゆきのは目を見開いて身じろぎすらできずにいる。ブリッツがゆきのに命中する!


 ……間一髪、さおりが最大戦速でゆきのを横抱きにひっさらって飛び抜けた。


 「何やってんのよ、アンタ!」さおりの悲鳴に近い声があたしの耳に突き刺さった。「どこ向けて撃ってンの!」


 ……あたしも身じろぎできなかった。あたし、今、何した?


 ブリッツは地上へと消えていく。クラムはブリッツをやり過ごして、地上への降下を続けていた。このままでは逃げられてしまう。


 だがもうひとり、めぐみが待ち構えていた。


 めぐみが肩の薔薇飾りに手を当てると、飛び出したローズショットは彼女の手の中で四つに分裂した。これだけの数に分けられるのはイエローローズだけだ。分かれたかけらのそれぞれを、両肩と両の下腕部に触れさせると、それらはその部位で溶け、膨らみ、肩や腕と融合するようにして、四つの巨大な砲門へと変化した。


 両肩の砲身を担ぎ上げる姿勢を取ると、下腕部の砲身も正面を向き、めぐみの頭より巨大な口径を持ち、めぐみの身長より長い砲身が、彼女の顔の横にずらり四門並ぶ。


 あたしはその威容に目を見張った。───あんな武装オプション、あったっけ? だいいち、あたしたちはみんな叩き起こされるように出てきて、服はパジャマ一枚きりしか着ていない。薄地のパジャマに武装オプションなんか、


 ……! ペントハウスから飛び立つ直前に、彼女が一枚多く羽織ったのは、寒かったからじゃなかったんだ!


 「ローズ・キャノネイド!」


 めぐみが叫ぶと同時に、四つの砲が続けざまに火を噴いた。砲身は目まぐるしい速さで順繰りに揺れ、輝く光弾を絶え間なく吐き出し続ける。雨あられの光弾は文字通り弾幕と化し、その中に捕らえられたクラムは幾度となく命中を受けて速度を落とした。


 すべての発射の反動と、それを押さえ込もうとするスラスタの激しい蒼炎。両方向からの力にめぐみの小さな体は折れ曲がってしまいそうだったが、彼女は歯を食いしばって耐えていた。


 イエローローズはスピードに劣る。速度を要求される戦いであることを知って、せめて武装だけでも増やしておかないと足手まといになるばかりだと、あの短時間で、眠い瞳で、彼女なりに考えて出した答えが「いちまい、はおってくる」だったんだ。


 リーダーのあたしが、何も考えていなかったというのに。


 小クラムはまた何度か脱皮してさらに小さなクラムを吐き出したが、ローズキャノネイドの猛烈な弾幕の前には無駄なあがきで、降下しようとしても押し戻されるだけだった。クラムの脱皮は永遠ではなく、推進機関が破壊され尽くしてピンボールのようにただ重力任せで踊るだけになった頃、めぐみはローズキャノネイドを撃ちやめ、ローズショットをキャプチャーモードにしてクラムを光の網の中に閉じ込めた。


 戦闘はそれで終わり、後にはただ気まずい空気が残った。




 メンテナンス後のミーティングで、ゆきのはうつむいていた。殊勲者であるはずのめぐみがおどおどしていた。キャノネイドを使った機転さえ罪のように思っているようだった。さおりはあたしをにらんで言った───「今のは、なかったんじゃないの?」


 あたしはナナメを見てぽつり口に出すのが精一杯だった。「ごめん」とたんにさおりが怒鳴った。「謝る相手はあたしじゃないでしょ!」あたしはちらりとゆきのを見て、小さく頭を下げた。「ごめん」


 「……わざとじゃないのはわかってるけどさ」さおりは険しい顔をして、腕組みをしたまま部屋の壁に身を預けた。「どうよ、その態度?」


 わかってる。わざとじゃない。かっと血が上ったらあぁなった。そしてそうなったことにこんなにも衝撃を受け、どうしていいかわからないくらいにうろたえている自分がいることにうろたえている。


 あんなこと、するもりじゃなかった。あたしはゆきのを狙ったわけじゃない……断じて! 悪い状況をより悪くしていく憂いの中で、ゆきのはフィクションではなく、確かな実体だった。その感覚から逃れたいとも思ったし、逃げるべきではないとも思った。どう扱っていいか、わからなかった。


 「いいえ」ゆきのが重く口を開いた。「各自の位置の把握は私の仕事です。みずきさんの射線から移動しなかった私のミスです」


 そうかもしれない。けれど仮に射線を把握できていなかったとしても、ハナからそんなの頭にないさおりが、かなり遠い場所から彼女を救うところまで接近できたのだ。原因の一端は、ホワイトローズの反射能力の低さにもある。あたしは、彼女が廃棄を選択されてもおかしくない最弱の存在であり、戦闘要員としては不必要な存在であることを、期せずして証明してしまったのだ。


 ───あたし───心のどこかで、ゆきのが廃棄されりゃいいと思ってるんじゃないか? そんなことはない。そんなこと、絶対にない。でももし、サンフラワーが「では廃棄しましょう」と口にしたら、それを引き留める理由も見つけていない。一瞬、ゆきのがスクラップになっていくビジョンが頭の中に浮かんで、あたしは肩をすくめた。


 やり場のない気持ちを、気づいたら無関係なサンフラワーにぶつけていた。


 「脱皮するなんて聞いてねぇぞ」


 「僕だって、異星人全部の特徴を把握しているわけじゃありませんよ。そこらへんは臨機応変に対応してくれなければ困ります」


 笑うわけもない。サンフラワーは唇をへの字にしていた。


 「ずいぶんと連携が悪かったようですが、僕が何か対処しなきゃならないですか」このまま全員廃棄とか言われてもおかしくなさそうな答えだった。


 「いや」あたしは答えた。「あたしらの問題だ。こっちで何とかする」あたしはそれだけ言うのが精一杯だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る