5-08

 やはりクリスタルが呼び寄せているのだろうか、サンフラワーの示したクラムの着陸予測地点は日本、それも東京近辺だった。あたしたちは着陸より前に迎撃しなければならないわけだが、その接触地点として指示されたのは太平洋上空。あたしたちは言われるまま南西へ向かい、雲を突き抜けた先の高高度で待ち構えた。


 朝が近い。わずかな東方の明るみが星明かりを消し、雲海を淡く染めていく。動いているのは雲のうねりとあたしたちだけだった。


 「彼らの推進機関は、僕から見れば高品質とは言い難いものです。ローズフォースのスラスタの方が優秀ですよ。何より、きわめて頑丈にできているクラム本体のうち、推進機関だけが脆弱なのです。つまり弱点ですね、そこを破壊して行動不能にすると後が楽だと思います。彼らは爆発や衝撃では傷ついたり死んだりしませんから、全体を破壊するつもりで攻撃してかまいません。あぁ、もちろんですが、本当に破壊しちゃダメです。動きを止めた段階でキャプチャーしてください」


 サンフラワーの淡々とした状況説明が続いた。他には何も聞こえない。静か過ぎて、気が滅入りそうだ。


 「二段構えにしましょう」ゆきのが言った。しばらくぶりにきちんと意味をなす彼女の声を聞いたような気がするが、抑揚に欠けていて、仕事は仕事と割り切った口調だった。「ヴァインを装着すればみずきさんの速度はさおりさんと同等になるとうかがっています。ですから速度のあるみずきさんとさおりさんが前衛。私とめぐみちゃんが後詰めで、万一おふたりが取り逃したときの備えです。できればおふたりは、なるべくクラムを減速するように対処してくださると私たちが対応しやすくなります。その場合、私たちが対応している間におふたりはさらに私たちの背後に回ってください。そうすれば、三段目の防衛線を張ることができます」


 的確だと思った。けちをつけるところはない。事実上ひとりで敵に立ち向かえるんだから、むしろ気が楽だ。


 「それでいいですか、みずきさん?」


 「あぁ」


 「何かおっしゃりたいことはありますか」───気後れしている様子の視線が、非難めいて見える。……気分が重い。


 あたしは少し考えて、答えた。「いつものオタクなジョーク、なんか言ってくれ」


 しばらくの沈黙の後、ゆきのは少しうつむいて、自信なさげに言った。


 「……思いつきません」


 あたしは勝てる気がしなくなった。


 それでも勝って帰るのがあたしたちの仕事なんだ。萎えていく気力を振り絞って、あたしはクライミングした。ゆきののところに回るまでに、あたしとさおりだけでなんとかケリをつけちまおうと思った。「Climbing, Red Vine!」




 ゆきのとめぐみを後詰めに残し、さらに東へと飛んで待ち構えた。雲の切れ間から、未だ日の出を見ない昏い海が、かすかに見えた。


 ───待ち構える、というほどの待ち時間もなく、ロウシールドが発生した。クラムが、あたしたちに認識できる距離に近づいてきたのだ。最初は、一番星のような輝きだった。


 「おいでなすった!」


 「どーすんの?」さおりがのんきな声を出したがあたしはかまわなかった。


 「どーするもこーするも!」とにかくあたしはさっさとケリをつけたかった。だったら選択肢はひとつしかなかった。いきなりソーンをぶち込むのだ。ぶっ壊すつもりでやっていいんなら、ぶっ壊すまでのこと。


 「出て来い、ローズブリッツ!」


 蔓が伸び上がる。いくつもの稲妻に形を変えて降りてくる。


 発射態勢を整えるその間にも、油絵の点描でしかなかった輝きが豆電球に白熱灯にみるみるうちに巨大化し、貝殻の形を明らかにしていく。クラムが、飛ぶとも落ちるともつかない角度と速度で突っ込んでくるのだ。推進力よりも重力で進んでいるということだろう。その速さたるや、ジャンボ機の正面衝突なんてものは、互いの機体が見えた瞬間にはぶつかっているので視認では避けようがないという話だが───見えるとすればこんな感じか。ブリッツが向きを変える間さえもどかしい。


 「行っけぇっ!」


 号令に従って、居並んだ稲妻がバリバリ音を立てて飛んでいき、クラムに突き刺さる。やったか? ……いや、何やら火花のようなものが飛んでいるから推進機関にダメージは与えたらしいが、速度はほとんど緩んでいない。ブリッツを藻のように生やして、クラムの姿はさらに巨大化する。もう目の前だ。


 ……ならば。あたしはクラムを真正面から迎え入れた。


 「ねぇ、ぶつかる、アブナい!」クラムからかなり距離を置いているさおりが叫んだ。あたしよりも後方、邪魔にはならない位置だった。


 「止めりゃいいんだろ! そこで見てろ!」


 目の前にどんどんその輪郭を増すクラム。あたしはぎりぎりまで引きつけ、ここぞのタイミングでローズイージスを展開させた。


 「止まれぇぇっ!」


 紅色の円盾を、落下してくるクラムに真っ向からぶつけた。激しい衝撃……盾とクラムの表面との間でばりばりと火花が飛び交う。


 盾は、出てさえしまえば微動だにしないはずで、逆に押し返すこともできるはずのものだ。だが、地球の重力は、その「はず」を簡単に打ち砕いた。投げ落とされたボーリング玉を木のお盆で受け止めたようなもので、シトリンの攻撃とは質感が違う。全力で押し返しても逆にぐいぐい押し込まれてしまう。


 それでも、速度はかなり殺した。これならいけるか?


 「ちょっとぉ! ひとりでムチャしすぎじゃないの?!」すぐ横からさおりが言った。


 「イージスはあたしにしか出せないだろ!」


 「なんか手伝うことある?!」


 「いらん!」言い切ってしまってから手を借りなくちゃならないことに気づいた。「……じゃねぇや、今のうちにキャプチャーしちまってくれ!」


 さおりはうなずいて、ローズショットを抜きかけたが、突然はっと顔をクラムに向けた。


 「ダメ! なんか出てくるよ!」


 「え?!」


 さおりの言うとおりだった。


 あたしの押さえ込む反対側、推進機関のあるあたりから、まるで脱皮をするようにひとまわり小さなクラムが出てくるじゃないか。外側の皮をあたしに押しつけて、中身だけがするりと抜け出して逃げる魂胆なのだ。そして、出てきた小クラムはまったくの無傷だった。


 さおりが何発かショットを撃ち込むが、動きを止めるほどのダメージにはならない。何か青いものを噴出して加速し、あっという間にあたしとさおりの間をすり抜けていく。一方で、中身が抜けたせいか急に手ごたえが軽くなったクラムの皮は、クラス7オブジェクトだったらしく、イージスごと蹴飛ばすと光の粒子になって消えた。あたしは最初から鎧だけを相手にさせられたのだ。


 「なろ……」


 簡単にしてやられたことが悔しくて、あたしの頭にかっと血が上った。クラムが逃げていった地上の方角へ向き直ると、「させるかぁっ!」立て続けにローズブリッツを準備した。追い討ちで叩き落とす、そのときはそれしかないと思ったのだ。


 「壊れろ!」


 あたしはローズブリッツを全弾クラムに向けて撃ち込んだ。命中するコースだった。だが小クラムの推進機関は、皮への攻撃の影響を何も受けておらず、自在な機動性を保っていた。稲妻が命中する直前に、車が追い越し車線に入るときのように、すっと直角に移動して、避けた。


 その陰に、ゆきのがいた。


 あたしは、ゆきのとめぐみが後詰めで待っていてくれることを完全に忘れていたのだ。

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