4-12

 「少しはやるじゃない……」大の字になってうめいたのは、今度はシトリンの方だった。「そいつはこれから負けるヤツが言うセリフだぜ!」あたしはむろん待たなかった。もちろんショットは抜かない。飛び降り、シトリンの体に馬乗りになった。


 「この……」屋上の石畳を背にして、シトリンは苦々しげな表情を見せた。攻性粒子は精神体のワープを阻害するとサンフラワーは言っていた。防性粒子もそうだろうか。いずれにせよ、こうした密着もワープを阻害できるらしく、彼女は逃げられないのでいるのだ。なら、もう二度と逃がすものか!


 あたしは攻性粒子に怒りと怨みをこめてシトリンの顔を殴りつけた。理性は残ってる。でも、殴っていた。あたしの中に蓄積された負のエネルギーが、今がチャンスとばかりにほとばしっていた。


 と、大の字に広げたシトリンの両手にそれぞれスターが浮かび上がる。「なめんなぁ!」間一髪、あたしは馬乗りの体勢を崩してシトリンから離れた。直後にスターは両側から叩きつけられ、相殺されて粒子になって消えた。シトリンもすぐさまその場を脱し、あたしたちはまた空中に対峙する。


 さすがに一筋縄じゃいかない。クライミングしたからといってすぐ勝てる相手じゃない。もう「クセ」も出してくれるまい。だけど、大技ならこっちにだってあるんだ。レッドヴァインに用意されたソーンは二種類。ローズブリッツと、───もうひとつ。


 あたしはここで、すばやくローズショットを抜いた。シトリンめがけて、何発か撃ち込む。狙いはシトリンより正確だが、「ナニソレ?!」彼女の速度の前にはムダだった。彼女は光弾をさっさっとかわすと、最後にはワープしてあたしの前にすっ飛んできた。「あんた、自分がやったこと忘れてるんじゃないの?!」


 まぁ、それが自然な反応だろう。あたしはシトリンの殴打をかわし、距離を取って、また何発か撃ち込んだ。当てようとしているわけではない。狙いはふたつあった。ひとつは、直線的に飛ぶだけのローズブリッツを、コピーでなくシトリン本人に使ったらどうなるか見切ること───なるほど、サンフラワーの言ったとおり、これは当てることはおろか稲妻が準備できる前に殴り倒されるのがオチだ。


 もうひとつの狙いは、単純明快、挑発だ。もうひとつの大技を、確実に使うための。


 「こんのぉーーーーっ!」シトリンがまた突っ込んでくる。手にスターをまとわせて。だが、そいつを待ってたんだよ!


 「ローズ・イージス!」


 叫んだ瞬間、あたしの前に発生した紅色の光の盾が、シトリンの突進を完全に受け止めていた。


 起きたのは一瞬だが、長ったらしく説明すればこんな感じだ───両の肩甲から、絡まり合う光の蔓が二本伸び上がる。しかしローズブリッツのように高く上方へ伸びるのではなく、向きを変えてあたしの前で弧を描いて伸びていく。二本の蔓がそれぞれ半円を描き、もう一本の蔓と絡みついて合わせて輪をなすと、次の瞬間、きん! と高い音が響き、その内側に薄紅色の光が灯って巨大な浮遊する円盾ラウンドシールドへ姿を変えるのだ。窓の縁を彩っていた白い光の蔓は、円盾が完成すると、役目を終えたかのようにはらはらと色あせて消えていってしまう。


 あたしのヴァインに秘められた第二のソーンは、「ローズイージス」。薄紅色のガラス板のような円盾。攻性粒子の巨大な防壁。───これは、ブルーローズがあたしたちを守るために作り上げた盾と、しくみとしては同じものだ。ブルーローズのものほど巨大ではないが、一対一の戦闘をする分には十分だ。それに、キーワードを叫んでから盾が防御力を発揮するまで、完成までの時間が恐ろしく速いのも特徴だと、サンフラワーは言っていた。


 ローズイージスは、スターごとまとめて殴りかかってきた全速力のシトリンの突進を、粒子の火花散らして受け止めた。シトリンはなお前へ前へ進まんとして、巨大な盾を押し込もうと全力を振り絞ったが、力のこもるその表情とは裏腹に、ローズイージスはびくともしない。


 さらに、これはただの盾じゃないのだ。「ハッ!」気合一声、あたしは、発勁の要領でその壁をどついた。すると───盾はシトリンもろともに宙を滑り出す。シトリンは逃れようとしたができなかった。


 盾はビルの壁面に向かって飛んでいき、シトリンの体をビルとの間に挟むようにして叩きつけた。


 砂煙が上がる……わけはないが、盾はその衝撃でガラスが割れるように四散して消え、そのときの大量の攻性粒子の散乱が一時的に煙幕のようになって、シトリンの姿を隠す。


 煙幕はきらきらと反射の閃光を交えながら、緩やかに拡散していく。煙の向こうに、それ以外の動きがない。……やったか?!


 だが、煙幕が薄れていくと、その向こう側からシトリンは、ぎらぎらした瞳であたしを睨みつけていた。これまで平和な生活と戦闘の間に垣根を作ろうとしなかったシトリンが、憎悪や苦痛とともに戦おうとしているのだった。あたしには、やっとここからが戦いのような気がした。


 「まだよ……まだ!」シトリンが拳を振り上げ突っ込んでくる。もはやスターをまとわせる余裕はないらしく、ただ拳だけが突っ込んでくる。あたしは真っ向から受けて立った。今のシトリンとヴァインを身に着けたあたし、どっちが強いのか。根拠もなく勝てると思った。


 クロスカウンターのつもりで前へ出て拳を突き出した。しかしその腕の軌道、突き出すタイミングは、シトリンのそれと完全に一致した。拳同士が激突することになる。えぇい、ままよ!


 「んならぁぁぁっ!」


 「てぃやぁぁぁっ!」


 拳と、拳が、インパクトする、その直前に。


 割って入るように空間の歪みが生まれた。


 あたしたちはお互いワープエフェクトに突っ込んでいく格好になった。見えない壁がそこにあり、あたしとシトリンの拳はそれぞれ止められ、わずかな空間を残してそれ以上進めなくなってしまった。───いや、これはただ止められたのではない! ワープアウトをしてこようとしている誰かが、あたしたちの拳をつかみ取ったんだ。


 遠距離からだったのか、ワープアウトはゆっくりだ。じわじわとにじみ出すようにふたりの間に現れたのは───生首。いや違う、透き通って見える中世の鎧姿。クリスタルだ。


 「そこまでだ」


 あたしは驚いて、つかまれた手を強く振りほどき、距離を取った。目を見開いて、透明の鎧を見つめた。雨がやみ、雲は切れて、鎧は夕焼けの朱色に染まっていた。


 もっと驚いていたのはシトリンの方だった。しばらく呆然としていた。「クリスタル……様」


 「ずいぶんなやられようだな、シトリン」


 「そ、そんなことない! これからよ、これから……!」


 「シトリン」クリスタルは、まだ挑みかかるつもりのシトリンに冷たい視線を投げかけた。「今回はおまえの負けだ。帰っていろ」


 「でも……」


 「聞こえなかったのか?」厳しい口調だった。「だいたい、戦闘の許可など出していない」


 シトリンは目を見開いて、それから少し緊張した面持ちになって、それから渋々とスラスタを逆噴射させた。遠く距離が離れ、やがてあたしとクリスタルの視界から消えていく。どこかで彼女も変身を解くのだろう。


 シトリンを気にしている場合じゃない。クリスタルがあたしたちの動きを察知していることを、あたしは完璧に忘れていた。まったく予想外の介入だった。戦わなければならないのか? あたしは身構えた。


 が、クリスタルは手を広げて言った。


 「戦うつもりはない。知っての通り、今は俺からは手を出さない。この戦闘のことも、できれば水に流してほしい」


 「調子のいいこと言って」あたしは答えた。「じゃあ、何しに出てきたんだよ」


 「何、少し話がしたいだけだ。取って食いやしないから変身を解いてくれないかな」


 「話ならこのままでだって―――」


 「ロウシールドが発生したままだとサンフラワーに感づかれやすくなる。あいつにしゃしゃり出られたくないんだ―――俺はローズフォースのリーダー、レッドローズと対等な会話がしたい」


 確かに戦闘の意志は感じられない。警戒するに越したことはないが、裏心あるようでもない。……あたしは、少し考えてから答えた。


 「やなこった」


 「……なぜ?」


 「シトリンに散々やられた。いま変身を解いたらあたしゃハダカだ」


 「なるほどね」クリスタルは目尻を下げた。いやらしさは感じなかった。「弁償しよう。それでシトリンの不始末の詫びになればいいんだがな。……だが、服は俺に選ばせてもらえるか」

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