3-03

 あたしたちの第三戦───いや、ローズフォースとしてある程度訓練を積んだ、チームとしての初の実戦は、三月下旬のある夜、そうしてテレビドラマをそろって見ていたときに始まった。画面上のキムタクのどアップが、突然サンフラワーのヒマワリ顔に切り替わったのだ。「こんばんは、みなさん」


 「あぁぁーーーっ!」


 あたしたちは絶叫した。


 この番組は、生前、芸能に興味のないあたしでさえ見ていた、視聴率三〇パーセント超の人気ドラマだった。ゆきのも、おしゃべり好きの看護師から大筋を聞いていた。さおりはむろんのこと、夜九時スタートだというのにめぐみも毎週欠かさず見ていた。


 全員が共通で会話できる時事ネタというだけでも、とても貴重な話題源だった。その上、ゆきのはすでに植物状態で、あたしはたぶん霊安室にいて一週間分のストーリーを知らず、教えを乞うて会話に参加しなければならなかった。そのことが、細かい会話のきっかけとしてとても有効に機能したのだ。


 それの、最終回一時間半スペシャルの、クライマックス、決めゼリフを言う直前、みなひとこともしゃべらず、お茶を飲む手を止めて、食い入るように画面に見入っていたとき、サンフラワーの顔が現れたのである。


 「録画してないのに! どーしてくれんの?!」


 画面上のサンフラワーをなじり、スクリーンを長い爪でひっかくさおり。迫力の画面であるにもかかわらず、部屋にビデオはなかった。


 「何の話です?」


 「キムタク!」


 「───あぁ、テレビ、見てたんですか」サンフラワーの合点がいくにはしばらく時間が必要だった。「少しくらい見損ねたってどうでもいいじゃないですか」それは言っちゃあいけないセリフだ。サンフラワーは、三月末といったら最終回ラッシュになる日本のテレビ事情を知らないのだろうか。


 「どうでもよくなぁいっ! もーっチョームカツクーーッ!」さおりが怖くない目尻を必死に吊り上げて叫んだ。軽く三時間は会話が保つ、盛り上がる盛り上がる展開がブチ切られたのだからムリもない。このアクシデントを愚痴ってそこからサンフラワーの罵詈雑言に移行することでも一時間分の会話になるとは思うが、足し算して四時間の方がありがたい。


 「せめて録画を融通していただけませんか」ゆきのが尋ねた。


 「そうそう、みんなずっと見てたんだから!」めぐみが言った。


 「まぁ、ツテはありますけど。でも、なんで僕がそんなことしなくちゃいけないんですか」あきれ顔を一転、サンフラワーは真摯に言った。「ムダ話をしている暇はありません。みなさんにはみなさんの仕事があります───敵襲です」


 「……敵襲?」


 この単語には慣れそうにない。慣れたくもない。一瞬何を言われたのかわからなかった。しかしサンフラワーはかまわず続けた。「ローズフォースは直ちに迎撃態勢を整えてください」


 「迎撃態勢って……」


 「外に出て変身して、僕の言うとおりの方向へ飛んでくれればいいんです。詳しい話は移動を始めてから全員に伝えます」


 なんてしょうもない迎撃態勢だろう。ま、ほんとうの戦争も、敵襲とか出動とか迎撃とか、言葉をいくら重くしたところで、あるいはレーダーだのステルスだの最新技術にいくつ囲まれたところで、実際はこういう簡単な指示の繰り返しで済む話なんだろうな。


 あたしら自身も、『フォース』とか銘打たれてみても、結局は地球レベルの駐在さんだ。事件があったら急行しなければならない。田舎の警察と違うのは、チャリでもカブでもなくて亜音速だということだ。


 「行こうや、みんな」あたしは立ち上がった。


 「ヤダ! 先にキムタクをヨーキューする」ごねるさおりの首根っこを引きずって、あたしたちはバルコニーへ出た。「続き気になってシゴトできないじゃん!」そーか、てめぇの仕事に対する認識はそんなもんか。高校生のバイトだってもう少し責任感ってモンがあると思うがな。


 「さっさと終わらせて戻ってくればいいんだよ!」あたしはさおりの肩にぶっ叩いてしゃんと立たせた。さおりは、もとより垂れ目の目尻をさらに下げて情けない顔をする。やれやれ。


 あたしはスクリーン上のサンフラワーに向かって肩をすくめて見せた───このスクリーン、どういうしくみか知らないが裏側にも映るので、バルコニーからも画面が見られる。「───あたしからも頼むわヒマワリ、戻ってきたらすぐ見られるように、録画スタンバっといてくれないか」


 「───ワガママだなぁ」サンフラワーが嘆息した。


 「飴と鞭ってヤツさ、このメンツをいいように使いたけりゃ、ちっとは考えてくれ」


 「そうですねぇ」サンフラワーは渋い顔をしながらも、こう答えてくれた。「じゃあ、ちゃんと任務を遂行できたら、ごほうびとして」


 さおりだけでなく、全員の顔がぱっと明るくなった。


 「上等だ、その言葉忘れんなよ───行くぞみんな! Blooming up, Rose Force!」

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