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 フライングローズの内部は殺風景だ。


 いうなれば精神的な空間と物質的な空間に大別されている。精神的な空間は例の白い部屋で、あれは物理的にはだだっぴろいホールでしかないらしい。精神体どもはあの中で自由に映像を生み出すことができる。それは肉体を持っていればきちんと視神経に伝わり、あるいは触感さえも伝える。あたしたちにとっては、精神体たちの妄想を強制的に五感に感じさせられてしまうわけだ。


 一方で物質的な空間もある。あたしたちは、とある部屋に並んだ四本の柱を見せられた。ローズフォースが作成された場所だという。金属壁の向こうにも別の機械があるようで、今もなお、合成だの制作だの別の作業が続いているらしき音が伝わってきた。しかし、クラス7粒子の処理にどういう技術が使われているのかまでは見せてもらえなかった。いずれにせよあたしたちは技術力で作られたのであって、モノだと言ってのけるブルーローズやサンフラワーの考え方もなんとなくわかるような気がした。


 フライングローズの内部はどこまでいっても殺風景だった、何ひとつ飾られたものはなかった。船内であたしたちが入れさせてもらえる場所は、ぐるり全体をめぐる回廊といくつかの部屋だけだったが、どこに行っても、天井全体が均等な白色光を発して空間全体を明るく照らし、明るいところは同じように明るく、暗い場所は同じように暗かった。


 内装も、つるつるに見えた外壁同様いたってシンプルで、花や緑はむろんのこと、宇宙船だってのに、宇宙船にありそうなものはなにひとつなかった。艦載機の格納庫やぴかぴか明滅するコンピュータや乗員全員が集まるブリッジや主人公が脱出に使う換気ダクトさえもなく、スペースオペラを繰り広げるのは絶対不可能な構造になっている。


 どの部屋にも窓がなく、何もなく見える壁に扉がふっと現れて音もなくすっと開くあたりはそれっぽいといえばそれっぽいが、いちばん派手でSFチックなものを強いて挙げるなら、戦闘形態に変身したときのあたしたちだ。……あぁ、あたしたちって、彼らの暮らしを宇宙人らしく彩るインテリアでもあるってことなのか?


 もともと彼らにとっては、肉体を持つ、ということ自体がイレギュラーなのだった。宇宙船といえど、精神体が肉体を維持したり、肉体を使って何か作業したりといったことが目的の場所であって航行が主ではない。そもそも彼らの造る肉体とは、地球人の脆弱なそれに姿かたちを似せているだけで本質はまったく異なる構造物だ。宇宙空間に生身で浮かんでいても平気の平左である。


 一方で、彼らの技術で地球の組成と同じ空気や重力を作り出せるので、バリアやワープを使えないあたしたちでも、生命維持の心配は要らないそうだ。


 つまるところ、宇宙船という感じも自分たちの基地という感じもまったくしなかった。社会見学みたいにきょろきょろするばかりだった。そうして「こんなもんかぁ」という思いが湧いてきたところで、あたしたちはメンテナンスを行うための部屋に連れ込まれた。


 いやはや、ファーストコンタクトを夢見る天文学者やオカルト研究家に見せてやりたいよ! 憧れとロマンを完膚無きまでに叩き壊すからさ!


 そこはつまり保健室だった。違うのは、例によって窓がなくて落ち着かないのと、薬棚と視力測定表と保健ニュースの掲示板がないくらいで、それ以外は、ついたての向こうにパイプベッドがあるところまで完璧だった。シーツがしわくちゃだったので、誰が寝ていたのか問いつめてみると、ここはサンフラワーの私室も兼ねているんだそうである。そうなると逆に、男の独り住まいにしては片づきすぎていてなんだか素っ気ない。


 で。


 えー、メンテナンスの内容は───いや、期待も落胆もなされぬよう───確かに服は脱がされたのだが、下着はOKだったし、赤面したのがばかばかしいくらい身体測定や健康診断と同じだった。何しろ、大宇宙にあまねく遊離して存在している精神体様がカルテに使うのがシャーペンと消しゴムと大学ノートなのだ。データの簡易保存に関してこれに勝るものはないとサンフラワーは豪語するが、扱いが観察日記のアサガオ並み、を否定する意味でも、これは健康診断であるといっておきたい。


 なるほどこの肉体は人間の上位互換というだけあって、ちゃんと医者として調べなければならないということだった。聴診器に体温計、個別に問診を受けて目を覗き込まれて、指からほんの少しだけ血を採られた。触診も触診でちゃんと医者の手つきだった。


 次に戦闘形態になって、関節各部の負荷だとか、ゴーグルの奥に並んだデータを収集するだとか、機械としてのあたしたちを調べられた。未知の科学ではあるが、目的を説明されればなんとなく理解できた。


 ちょっともの珍しかったのは、クラス7プログラムの動作を確認するための調査だ。一度変身せずに、もう一度は戦闘形態で、フラフープのような輪っかをくぐらされた。フラフープには見たこともないセンサーが組み込まれているらしい、そこらへんでやっと自分がSFみたいな存在であることを認識できた。まぁ、今後毎度毎度やるんだというから、すぐにつまんない恒例行事になるんだろうけど。


 あらためて服を着てボタンを留めながら、あたしはサンフラワーに尋ねた。


 「で、メンテナンスの結果はどうだったんだ?」


 サンフラワーは少し難しい顔をしていたが、それは医者としての表情だったようで、やがてにこやかに言った。「みなさん良好ですよ。今後もこの調子で行きましょう」

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