2-24

 「だからね、スロットマシン、わかる? あれに似たのが、いま、パチンコ屋さんには置いてあるの。スロットマシンの絵柄が描いてある部分あるでしょう、その絵の順番を全部覚えちゃって、ある絵柄で止めたいときに、何が見えたら押せばいいのか全部タイミングを覚えちゃうのが、目押し……」


 ゆきのがタオルでめぐみの口元を拭いながら、懇切丁寧に教えている。ていうか病院住まいだったはずのゆきのがなぜパチスロの原理を知っているのだろう? ゆきのの知識範囲がよくわからなくて困惑するっていうのは、別段いまに始まった話ではないが、どうもなじめない。


 まぁ、それはともかく。


 「どーすんの?」さおりがあたしにささやきかけた。「あたし、ホントはすぐ寝たい気分、でもさ」


 「わかるよ。何しろ死体を拝んできたんだ、このまま寝たら悪い夢を見そうだよな」あたしは答えた。


 「だからどーする?」


 「なんか『まとめ』がいるよな」あたしは腕を組んで少し考えてから、言った。「固めの盃でも、すっか」


 さおりは目をぱちぱちさせた。「ナニソレ? ……ヤクザ映画かなんか?」


 「当たらずとも遠からず、ってな。……グラス四つとなんか適当な酒、持ってきてくんない?」


 「はいはーい」さおりはいそいそとキッチンへ向かった。サービス精神が旺盛なところは、先々でも変わらない。生前の商売がどうこういうよりは、彼女の性格だろう。


 「オサケなぁい」流しの下、続けて冷蔵庫を覗き込んでさおりが言う。なんだ、つまんねぇの。「CCレモンにしとくね?」


 四つのグラスにCCレモンを注いだ四つのグラスをお盆に乗せて、さおりはリビングへ戻ってきた。とん、とんと小気味よい音を立ててそれぞれの前に置いていく。炭酸の泡がグラスの内側を駆け上り、ぷちりと弾けて、芳香を漂わせた。人工の香りとわかってはいるけど、それだけでも少し和める。


 ようやく落ち着きを取り戻した四つの顔が、リビングのちゃぶ台を囲んだ。それぞれに、自分の立場を認識して。しゃれた言い方をすれば、共通のスタートラインに立つことができた、ってところだろうか。


 あたし。綾瀬みずき。レッドローズ。一九歳。


 右隣。水沢さおり。ピンクローズ。二二歳。


 向かい。小野田めぐみ。イエローローズ。一一歳。


 左隣。高岡ゆきの。ホワイトローズ。一六歳。


 年齢は永遠に変わらない、四つの死体。このリビングに、それぞれの立場と能力を自覚して、いま揃った。


 「仕切って、いい? あたしがリーダーで、ホントにいい?」


 みなは、うなずいた。


 「ありがとう。じゃ、みんなまたちょっと悲しくなるかもしれないけど、少し、話、しよっか」


 あたしは言った。


 「ブルーローズが言ったように、あたしたちはみんな、死んでしまった。日本という国にはいないことになってしまった。これは間違いない。残った人間が、死んだ人間に別れを告げる儀式も終わった。あたしたちはもう、あの人たちのもとへは決して戻っていけない。どうにも動かせない事実で、割り切るしかない。そんで、あたしたちがこれから暮らす死人の世界には、あたしたち四人しかいないみたいだ。


 さおり。めぐみ。ゆきの。……ゴメン、あたし、人をタメでしか呼べないんだ。さん付けとかちゃん付けとか苦手でさ。ともかく、あたしたち四人は、今日このときからローズフォースになった。


 正直、それがどういうことなのかよくわからない。死んだって事実はわかったとして、他のことは何もわかっていない。精神体を名乗るあいつらの部下となり、無条件に従って、地球に違法に侵入してくる異星人と戦う兵隊になる……ってのがひとつの答えらしいけど、それが正しいことなのか、ほかに答えはないのか、見えてこない。


 だけど、理解はなくとも、あたしたちはその状態でここにいる。息をし、考え、食べて飲んでしゃべって───それを生きているとはいわないとブルーローズは言っていたけれど───、あたしたちはここにいる。それだけが今たったひとつ確かなことだ。


 あたしたちが、今よりどころにできるのはその確かさだけだ。でも、それにすがるしかない。その確かさを起点にして、もっと別の確かさを探していこう。死人同士で───たどり着けるところまで、行こう」


 あたしはグラスを高く差し上げた。さおりも、ゆきのも、そして腕の短いめぐみもおずおずと、けれどできるだけ高く、グラスを差し上げた。


 「固めの杯だ。……乾杯!」


 こうしてあたしたちは、ローズフォースになった。


 意志と人格と、不死の命を持つ、戦うためのお人形になった。




 ───ここでその日が終わったならすっきりしているのだが、少し長い余録がある。ただ、どうしても説明しておかなければならない余録だ。ご容赦願いたい。

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