第三十五話 迷宮祭:その四

 ――〈エリア9:洞窟地帯〉。

 オズたちも、大量のガイムに囲まれていた。


「なんつー多さだよ! キリがねぇッ!」

「くっ……! リノちゃん! 絶対にボクから離れないでねッ!」

「ハァハァ……。私はまだまだ、やれますよっ!」


 前衛のアルスだけでなく、中衛のルークとリノも前へ出て、後衛のセナとユーリを守る。オズも同じく前へ出ていた。


「食らえ! ――“断界ダンカイ”ッ!」


 地面に散らばるガイストーンを闇のマナに変え、オズは巨大化した漆黒の刃を振るう。ガイストーンの量が少ないため威力は控えめだ。しかし、それでも数十体のガイムを消滅させるほどの威力はあった。オズの一撃で、群れに穴が開く。


「《ヘスケル・シントラ! 光の槍!》」

「《エスト・ディ・ヒューフィア! 風の連撃!》」


 セナとユーリが追撃をかけた。二人とも今まで多くの輝術オーラを放ってきたが、一年を通してレベルが上がったのか、まだマナ残量には余裕があった。

 ともかくとして、二人の攻撃でガイムの包囲は崩れた。


「――今だ! みんな走れっ!」


 オズのかけ声を聞くまでもなく、全員が走り出していた。ガイムの包囲を突破して、オズたちは迷宮内を駆けていく。

 今はとにかく移動することだ。その場に固まっていては体力を消耗するだけ。だからオズたちは走っている。

 帰還石を使えないのはすでに把握している。――冬期休暇の事件の再来だ。このような事態が起こったときのために、巡回の教官とクラフトカメラの数は多くなっているはずだが、オズたちはいまだに遭遇していない。


「きゅう!」


 ゴンがオズの髪を引っ張った。


「ゴン、右か!?」

「きゅう!」


 索敵能力のあるゴンである。ガイムがいない方に誘導してくれているらしい。……いや、もしかしたら人がいる方かもしれない。

 オズはゴンの指示どおり、右の通路に入った。


 しばらくして、ガイムの咆哮にまぎれて人の悲鳴が聴こえてくる。

 オズは走りながら、振り返ってみなの顔を見た。――助けるか否か。それを確認するためである。助けるなら危険を覚悟しなければならない。だれかを守りながら戦うということは、ただ戦うことより、何倍もむずかしいのだ。


「行こう、オズくん! わたしの輝術オーラがあれば、助かる人もいるかもしれない!」


 セナに続き、ほかのメンバーもオズへうなずく。オズは前へ向き直ると、速度を上げた。


 通路を突き進むと、広いフロアに出た。

 目に飛び込むのは――血だ。事切れた生徒に群がるガイムの姿。ユーリとリノは捕食現場を初めて見たに違いない。短く悲鳴を上げていた。だが、オズを含めボスト・シティ出身の四人はすでにそれを経験していた。顔を少し歪めたものの、すぐに足を動かす。まだガイムと戦う生徒がいたからだ。

 数人の生徒――彼らはおそらく上級生だろう――は、怪我を負った仲間を背にガイムと戦っていた。彼らは顔に焦燥を浮かべ、目からは涙が流れている。目の前で仲間が喰われたのを見たに違いない。


「《ウルド・エルアーラ! 風波かざなみ!》」

「《セイン・ラシルド! 光のたて!》」


 最初に攻撃を加えたのは、輝術オーラによる攻撃が得意なユーリ。そして次は、狙いが性格なセナであった。

 上級生たちとガイムの間に展開された『光のたて』に、彼らは目を見開いた。やがてオズたちの姿に気づき、そこで初めて助けが来たことを理解したようだった。

 ユーリとセナに続いて、ルークやアルス、リノも輝術オーラを放つ。


「《サタナ・ガロウズ! 闇の鎖!》」


 数体のガイムの動きが止まる。そこへ、オズをはじめとする近接系アタッカーが攻撃した。その隙にセナが負傷した上級生に駆け寄る。オズも様子を見ながら後ろへ下がった。ゴンに治療をさせるためだ。

 そこで、オズは知っている人物を発見した。


「――オ、オズ様!」

「きみは……スー!?」


 オズに駆け寄ったのは、エリカの付き人であるスー・ミランであった。上級生にまぎれて戦っていたようだ。彼女もところどころ傷を負っていて、特徴でもある丸メガネはひび割れていた。

 彼女に会えたことがうれしいのか、ゴンが「きゅう」と一鳴きした。しかし、オズにとってはそれどころではない。スーはひとり・・・だったのだ。


「エリカは!? まさか――」


 オズは最悪の想像をして背筋が凍った。


「姫様は――さらわれたのです! エリア10へ転移していくところを、この目で見たのです! オズ様……どうか! 姫様を助けてください!」

さらわれた……だと? どういうことだ!? いったい誰に!」


 オズはスーへ詰め寄った。するとそのとき、高笑いが迷宮内に響きわたった。


「ハハハハ! リトヘンデェ! 遅いご登場じゃないか!」


 ガイムの群れの中から出てきたのは、レックス・バルカンをはじめとした帝国貴族たちだった。数が多い。十人以上はいる。


「ガイムども、すこし下がっていろ!」


 レックスの声にガイムは大人しくなり、「GURURU……」とうなりながらも攻撃をやめた。

 前線でガイムと戦っていたアルスたちは、異様な光景を前に追撃をためらった。Gブレードを手に、警戒の構えをとる。


「気をつけてください。彼らは、ガイムを操れるようなのです……!」


 スーの言葉に、オズたちは衝撃を受ける。しかし、目の前の状況を見て納得するしかなかった。


「あの生意気な姫なら、僕の仲間が連れていったよ! 今ごろどうなってるかなぁ……? ハハハッ!」


 血走った目で、レックスは笑った。ほかの帝国貴族もつられるように笑い出した。オズははらわたが煮えくり返るのを抑えつけ、レックスに尋ねる。


「なんのためにそんなことを……! ハインはどうした! あいつがそう簡単にやられるはずがない!」


 オズの言葉に、レックスたち帝国貴族は愉悦の笑みを深めた。隣でスーが短くつぶやく。


「ハ、ハイン様は……」


 うなだれるスーを見て、オズは奥歯を噛みしめた。


「ハハハ、これでわかったろう? 貴様がいくら足掻あがいても、僕たちには敵わない! ガイムを操れる僕たちにはなぁ! ――リトヘンデ、貴様にはしてやられるばかりだったが、それもこれまでだ! ああ……これから貴様が無様に死ぬとこを見れると思うと、ゾクゾクするなぁ!」


 興奮した様子のレックスは、大仰おおぎょうに両手を上げた。


「無駄話はここまでにしようじゃないか! ――さぁ、ショータイムだ! かかれぇガイムども!」

「「「GUOOOOOO!!!」」」


 ガイムの群れが弾けたように襲いかかる。レックス率いる帝国貴族もそれに続く。オズたちと上級生がそれを迎え撃つ。

 ――すさまじい乱闘がはじまった。



「レックス、邪魔をするな! 通せぇ!」


 オズはガイムを斬り倒しながら、レックスへとえる。

 エリカを助けに行かねばならない。

 オズはその一心であった。


「ここを通すわけにはいかないなぁ! ――というか、死ね!! 《ドウン・ヴラウト! 岩のつぶて!》」

「――くそっ!」


 ガイムと戦うオズたちに、帝国貴族は輝術オーラによる攻撃を放った。ガイムと戦いながら、帝国貴族の攻撃も対処する必要があった。――厄介なことこの上ない。

 オズはGブレードを振りながら歯噛みする。帝国貴族たちの狂ったような笑い声が、オズの焦燥を大きくした。

 そのとき、


「《衝撃波インパルスッ!》」


 迷宮内を揺らすような一撃。ガイムを含め、数人の帝国貴族たちが吹き飛んでいく。


「――オズ、行けッ! こいつらは、オレたちが食い止めるからよォッ!」


 アルスの攻撃だった。Gブレードが光輝いている。

 ――〈試作型Gブレード“改”〉。オズが闘技祭で使った、シエル作のガイム=クランク。アルスが持っていたのはそれであった。

 オズが闘技祭のときに使った『衝撃波インパルス』は、せいぜい皇国騎士の盾を破壊する程度の威力だった。しかし、アルスが使うとその威力はけた違いのものになる。ガイム=クランクも使い手によって効果の度合いが異なるのだ。


「みんな、まかせたッ!」


 アルスが作ってくれた隙を逃さず、オズは包囲網を抜け出した。Gシューズも駆使して、ガイムと帝国貴族の追撃を避ける。


「クソ、逃がすか! 追えっ! お前たち!」


 レックスの怒声が聞こえるが、そのすぐあと、ふたたび爆音が響く。アルスがうまく足止めしてくれたようだ。友に感謝の念を送りつつ、オズは走った。


 焦燥に駆られながら、フロアを抜けたオズは通路を進む。


「転移陣はどこだ……!」


 すると、ゴンがオズの髪を引っ張る。


「きゅう!」

「――こっちか!」


 ゴンの案内のもと、オズは遭遇するガイムの群れを叩き伏せながら〈エリア10〉を目指すのであった。


「エリカ、無事でいてくれ……!」




 * * *




「クソ、逃がすか! 追えっ! お前たち!」


 レックスの怒声に反応した帝国貴族たちがオズを追う。


「させねえ! 《アグニ・ラシルド! 火壁!》」


 ドオオオォ――!


 火の壁がせり上がり、オズが抜けていった通路を遮断する。帝国貴族もガイムも、その壁に近づくことができない。


「オレも実戦でこれくらいの輝術オーラなら使えるんだぜ! 舐めんなッ! ……あのちんちくりんに叩きこまれたお陰ってのがシャクだがよォ」


 アルスは『ハイレベル戦闘訓練』でフウカに師事している。そこでのスパルタがここで活きたようだ。



「ぐおあっ!」

「遅いですよっ!」


 ガイムの間を縫うように走り、帝国貴族に攻撃を加えたのはリノだった。両手にGブレードを持っている。ひとつはこのフロアで亡くなった上級生のものだった。

 ――二刀流。対人戦での強さを求めたリノが、最近たどり着いた戦闘スタイルであった。

 舞うように戦場を駆けるリノは、ガイムだけでなく、帝国貴族たちもその姿を捉えることができなかった。


「この! 亜人ごときが調子に乗りやがって!」


 帝国貴族が怒りをあらわに叫ぶ。

 その言葉にひとりの少年が反応した。


「――亜人、だと?」


 ルークである。この帝国貴族たちは、人族以外の生徒をこうしてののしって、殺したのかもしれない――そう思うとルークの心は穏やかではいられなかった。彼のまわりに、ぼこぼこと水のマナが渦巻く。


「リノちゃんはなぁ……、亜人じゃなくて…………女神様だろうがああぁぁ!!」


 水のマナは複数の圧縮された円盤の形となり、ルークの周囲を飛ぶ。


「――GAOOOO!」

「うるさいぞっ、ガイム!」


 ルークに近づいたガイムは、水の円盤に音もなく細切れにされていった。彼が手を振ると、円盤が飛び出し周囲のガイムを切り刻んていく。

 円盤は帝国貴族にも向かう。それは瞬時に形を変化させ、帝国貴族の両手両足に取り付いた。水の塊は手錠のような形状になっていて、帝国貴族の自由を奪った。拘束されて地を転がった帝国貴族は、血走った目でルークを見上げた。


「ぐう、なんだこれは……むごがっ」


 水の塊は帝国貴族の口をふさぐ。どうやらルークの意志で水を動かし、その形を変えられるようだ。


「だまれ。……ボクは今、怒っている!」


 ルークの秘められた力が、開花しつつあった。



「《セイン・ラファイア・ル・ジラーチ。戦神の祝福!》」


 上級生とスーに守られながら、大規模な輝術オーラを唱えたのはセナである。彼女を中心として、フロアを覆うほどの巨大な魔法陣が地面に浮かびあがった。上級生とスーが淡い光に包まれる。


「これは……!」


 彼らは驚いたようにつぶやいた。そして強化された・・・・・パワーとスピードでもってガイムをほふっていく。

 『戦神の祝福』は、一定の距離内にいる味方を強化する輝術オーラである。強化されるのはパワーとスピードだけではない。傷を受ければ『癒しの輝術オーラ』が自動で発動し、さらに疲労も取り除かれる。ただし、その強力な効果の代償として、行使者――セナは身動きをとれなくなってしまう。


「オズくん……エリカちゃんを助けて……!」


 輝術オーラの繊細な制御に玉のような汗を流しながら、セナは祈った。



「――クソ、逃げられたか! リトヘンデめ、どこまで僕をコケにすれば気が済むんだよォ!!」


 地団駄を踏むレックスはしかし、ニヤリと笑みを浮かべて振り返った。


「ククク、まあいい。やっと貴様を殺せる時がきた……なあ? ユーリ・デイ!」

「……ッ!」


 レックスと向かい合うのはユーリである。レックスに狂気的な笑みを向けられ、ユーリは思わずたじろぐ。


「亜人が帝国貴族であるなど、我が国の恥だからな! ……それにしてもデイ、まさか貴様が女だったとはなぁ。今まで気づかなかったが、イイ体をしているじゃないか。クク……」


 なめまわすような視線を向けられて、ユーリはゾッとした。こんなやつに女として見られるのはイヤだ――。ユーリは声に力をこめた。


「おれを、前のおれと同じと思うなよ!」


 ユーリはGブレードを持ち上げ、短く「変形トランスフォーム」と唱える。Gブレードはカシャンカシャンと形を変え、やがてそれは弓の形になった。

 シエルの助けを得て、ユーリが自分で作ったガイム=クランク――〈フリューゲル〉。


「――弓、か? ……ふ、ふはは! そんなもので僕と戦う気か!?」


 レックスは嘲笑した。それもそのはず、ユーリの〈フリューゲル〉には、矢もなければ弦もない。レックスの目には見かけ倒しに映ったに違いない。だが、油断してくれるのならば好都合。ユーリが弓に手をかけると、風のマナでできた矢が生み出される。


「言ってろ! ガイム=クランクの真髄を見せてやる! ――《流星群アローレイン!》」


 彼女は瞬時に弓を引いた。真上に打ち出された矢は空中で何十本にも分裂し、地上に向かって落ちてくる。


「――な!?」


 ユーリの放った矢は正確無比にガイムを貫いた。自分の周りのガイムが消滅していく光景に、レックスは目を剥いている。

 ユーリの欠点は手数だった。このガイム=クランクは、マナの消費こそ激しくまだ改良が必要だが、一度に何十発もの攻撃を放つことができる。


「おれは、強くなるって決めたんだ! ずっとオズの隣にいるために!」


 ユーリはもう一度〈フリューゲル〉を構えた。次の狙いは、レックスたち帝国貴族だ。


「おれは、おまえなんかに負けない……!」


 想いの乗った矢が、放たれた。




 * * *




「ん……ここは……?」


 重いまぶたを上げる。

 目を覚ましたあたしが見たのは、乱立する岩山だった。風に乗った砂が、あたしの頬にちくちくと刺さる。

 〈エリア10:岩山地帯〉――あたしの脳裏に浮かんだのはそれだった。


「――イタッ!?」


 起き上がろうとして、後頭部にズキリとした痛みを感じてあたしはうめく。手を頭へやろうとするが……


 ジャラッ……


「――えっ?」


 手が背中から動かない。顔を後ろに向けると、目に入ったのは“鎖”だった。両手に手錠のような拘束具がつけられているようで、そこから鎖が伸び、岩山のひとつに深々と突き刺さっていた。

 しばらく手をジャラジャラと動かしてみるが、はずれる様子はない。

 いったい、なにが起こっているのか――あたしが軽いパニックにおちいっていると。


「目を覚ましましたか、姫」

「……ハイン?」


 振り返ると、ハインがあたしのそばに立っていた。



 ――その顔に、暗い笑みを貼りつけながら。

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