第三十一話 ダンスパーティー:その二
セナとのダンスを楽しんだあと、オズはリノやユーリとも踊った。男装したユーリとオズのダンスは一部の女子生徒の熱狂を呼び、ちょっとした人だかりができてしまった、なんて一幕もあった。
「ふぅ、そろそろ料理も食べようかな。なんか取ってくるよ」
「あ、じゃあおれも行く」
オズとユーリは料理を取りにいくことにした。セナとリノは壁際のソファで一休み。二人はクラスメイトである女子数名と話し込んでいた。セナとリノは同じクラスなので、共通の友人がいるのだろう。ミュウ族だからと差別されることもなく、セナはクラスメイトとうまくやれているようだ。中には帝国貴族や皇国の騎士ハインのように、異種族に対する差別意識をもつ生徒もいるのだろうが、今のところ問題は起きていない。
異種族と言えば、いつものメンバーではオズだけが人族である。セナたちが
「どうしたんだ、オズ?」
「いや、なんでもない。行こうぜ」
ユーリの声で我に返る。すこし考え込んでしまったようだ。オズはユーリへ微笑み返し、歩き出した。
料理が並ぶコーナーへ着くと、アルス、ルーク、ゴンの姿を見つけた。アルスは小柄なドレス姿の女性になにやら話しかけられていた。よく見ると、その女性はフウカだった。
「おい、食べ方が汚すぎるぞ。すこしは節度をもて」
「……う、うるせぇ」
フウカに押され気味のアルス。どうやら、ドレスを着ていつもと違う雰囲気のフウカに戸惑っているようだった。
「ふふ、アルスもあんな風になったりするんだな」
ユーリがおもしろそうに笑った。オズからしても、普段ふてぶてしいアルスが戸惑っている様子は見物だった。
アルスからすこし離れたところで、ゴンを頭の上に乗せたルークが数人の女子生徒に囲まれていた。「かわいい~」「抱っこさせて~」という声が聞こえてくる。どうやら彼女たちは、ゴン目当てに集まったようだ。ルークは苦笑いを浮かべているが、意外にもまんざらではなさそうだった。……あとでリノに報告しとこう。
実は、オズも一人でいるとたまにああいう状況になる。ゴンは女子ならだれでもいいというわけではないようで、女子生徒に囲まれても大人しくしていることが多かった。今日もそのパターンのようだ。「きゅうー」と鳴いてルークの髪を引っ張り、料理を催促している。
「や、楽しんでる?」
そう言ってオズとユーリに話しかけてきたのは、決闘クラブ部長のフィリップだった。いつもどおりに眠そうな顔のシエルもいる。二人は制服姿であり、“生徒会”と書かれた腕章を身につけていた。
「あ、パーティー中も生徒会の仕事ですか?」
オズは二人が生徒会のツートップであることを思い出した。シエルは生徒会長、フィリップが副会長である。
「そうよ。……でも、ドレスを着たりダンスを踊ったりするよりは、生徒会の仕事をしてる方が楽だわ。ふぅ」
「ははは。シエル先輩らしいですね」
「いやオズ君、会長は『仕事をしてる方が楽』とか言ってるけどね、実際のところ、仕事のほとんどを僕に押しつけてるから」
フィリップが苦言を漏らすが、シエルはそれを無視して話しはじめる。
「そうそう、あなたたち、生徒会に興味ある?」
「生徒会、ですか?」
こてんと首を傾けるユーリ。男装していても、やはりこういう仕草は可愛らしい。シエルもそれを見て微笑むと、
「私を含めて、三年生の役員は今年度いっぱいで生徒会を抜けるわ。だから、新しく役員を選出する必要があるの。……ふぅ、興味があったらやってみない? 本当は立候補制なのだけど、私やフィリップの推薦があれば優先的に選出されるわ」
「まあ、僕も君たち二人なら大歓迎だよ」
アカデミアは五年制だが、四年生になると各国のバスタージムへ現地実習に飛ばされるのだ。実質、三年生が最上級生である。
余談だが、一部の四年生と五年生は学園都市フロンティア内に残る。教官を目指す学生はアカデミアで、研究者を目指す学生は研究機関〈バベル〉で研修を受けるからだ。シエルは研究者気質だから、バベルでの実習を希望する気がする。
「ユーリ、どうする?」
シエルの頼みとあらば、生徒会役員をやってもいいかな、と思うオズである。個人的に闇属性
「生徒会ですか……。そんな凄そうな仕事、おれにできるんでしょうか……?」
自信なさげな様子のユーリ。自分に自信をもてないのは、ユーリの悪い癖だ。
「来年からはフィリップが会長だから、面倒な仕事は彼に丸投げすれば問題ないわ」
「は、はは……」
フィリップは力なく笑った。普段からシエル会長に振り回されているのが
「ふぅ、生徒会に入れば得することが多いわよ。教師からの受けはいいし、購買や食堂で買い物するときは割り引きが
シエルの本音が出た。オズがフィリップへ視線を送ると、彼は苦笑を浮かべ肩をすくめた。
「な、なるほど! 生徒会に入れば、ガイム=クランク開発に力を入れられますねっ!」
ユーリが目を輝かせる。実のところ、ガ研部員の中で最も熱心にガイム=クランクを開発しているのはユーリであったりする。シエルの手伝いを嬉々として行うほどである。ものづくりがユーリの性に合っていたのだろう。
シエルとユーリはガイム=クランク談義を交わしはじめる。当然、フィリップとオズは話についていけない。
「ユーリちゃん、会長に似なければいいんだけど……」
「たしかに。危険な試作品を量産されたらたまりませんね」
オズとフィリップはそう言って、二人を遠巻きに見ていたのだった。
やがて、シエルとフィリップは仕事があるからと去っていった。
オズとユーリは料理を選びはじめる。肉料理からデザートまで、よりどりみどりであった。
そうしていると、また新たな来客が訪れた。
「オズ君、ユーリちゃん、探しましたよ!」
「あ、ミオさん」
ドレス姿のミオだった。露出が多いドレスで、胸元に思わず目が行ってしまう。そんなオズを見て、ミオは「ふふ」と微笑んだ。
「今日は事務の仕事、ないんですね?」
ボーッとするオズに代わり、ユーリが尋ねた。ミオは残念そうに、
「実は、外部から来たお客様を案内する仕事があるんです。今はちょうど休憩中なんですよ。仕事がなかったら、もっとオシャレできたんですけど……」
これ以上オシャレしたら、どうなってしまうんだろう……と思うオズであった。
「あ、そう言えば、テラスでルーク君が酔いつぶれてましたよ」
「マジですか。ルークのやつ、お酒弱かったもんな……。ちょっと介抱してきます」
テラスへと向かうオズ。その背中へミオが声をかける。
「料理はユーリちゃんと選んでおきますね。さ、行きましょうユーリちゃん。――あ、戻ってきたら一緒にダンス踊ってくださいね!」
「え、ちょっと、」
ミオの強引な様子に戸惑うユーリ。
「(本当はこんなこと不本意なんだけど……しょうがないわよね。彼女、なにか誤解してるみたいだったし……)」
「……?」
小さく独り言をつぶやくミオに、ユーリは首を傾げたのだった。
人混みをかき分けながら、オズはテラスへ向かう。
途中、きらびやかな衣装で着飾った男女の一団を見かけた。帝国貴族会のメンバーだ。顧問のズエンを筆頭に、部長のライナーやレックスなど、主要メンバーが勢揃いしていた。貴族たちで固まって談笑したり、ダンスを踊っている。その様子からは、なにやら怪しげなものを感じた。
目をつけられたら面倒なことになる。オズは足早に彼らから離れた。
テラスに出ると人の数がぐっと減った。身を寄せ合う
こんなところでルークは酔いつぶれているのか? などと考えながらルークを探すが、それらしき影は一向に見つからない。もしかしたら、もうここにはいないのかもしれない。一緒にいるはずのゴンが心配だ。
しばらく探し回って、疲れたオズはテラスの柵に寄りかかり、一息つく。見上げると、きれいな星空が広がっていた。何気なくそれを眺めると、たまたま隣にいた生徒が
「……っ!?」
その生徒は、オズと目が合うと驚いた様子だった。ウェーブのかかった長髪の女子生徒で、暗くて顔はよく見えないがおそらく美人だ。ドレスが彼女のスタイルのよさを際立たせている。身に
にぶいオズでも、この場所が恋人同士の人気スポットであることはわかっていた。目の前の女子生徒も、だれか相手がいて、その人を待っているのかもしれない。こんなに綺麗な子なら相手がいて当然だ。しかし、そうなればオズがここにいると邪魔だろう。驚いたような様子を見せたのも、暗に「なんで私の近くに来るの。今からカレが来るのに」とわずらわしく思ったからに違いない。
オズはその場を去ろうとする。しかし……
「なによ……無視ってわけ?」
ここのところ聴きなじんだ声が耳に入り、オズは驚いて振り返った。
「え、おまえ……エリカ?」
暗がりの中、女子生徒を凝視する。――髪の毛を下ろし、ウェーブをかけたエリカだった。いつもはツインテールであるから、一目見ただけではわからなかったのだ。彼女がモノホンのお姫様であったことを思い出し、オズはひとり納得する。
というか、これは反則だろう。普段とイメージが違いすぎる。いい意味でギャップを感じてしまう。
「マジかよ……いつもより綺麗すぎて、気づかなかった」
オズの言葉に一瞬嬉しそうな表情を浮かべるも、すぐにキッとにらみつけてくる。
「綺麗? ……そうやって、あたしのことをからかうのね! 本気でそんなこと思ってないクセに!」
エリカが大きな声を出したことで、周りにいたカップルたちから視線が集まる。オズは慌てて、
「いや、わざわざウソつくわけないだろ? ていうか、なんで怒ってるんだ……?」
自分がなにかしでかしたのではないかと不安になるオズ。しかし、その「なんで怒ってるんだ?」のセリフが、火に油を注ぐことになった。
「知ってるんだから! アンタがセナと来たことくらい!」
「――はっ? それがなんだっていうんだ? おまえこそ、ハインと来たんじゃないのか?」
エリカの表情の変化は一目瞭然だった。打ちのめされたような顔をし、目尻に涙が溜まっていく。
「もう知らない! アンタの顔なんか見たくないっ! この変態やろう!」
「――ぶっ!?」
エリカがもっていたグラスの中身を、オズの顔面にぶちまけたのだ。そして身を
「おい、待て!」
オズも追いかけエリカの肩を掴もうとする。
しかし、突如身の危険を感じてオズは飛び退いた。
――シュンッ!
オズの鼻先を、剣の一撃が通りすぎる。
「姫に汚らわしい手で触れるな……!」
騎士のハインだった。手に持つのは、皇国騎士が正装の際に帯剣する剣である。彼の目に浮かぶのは深い憎悪。あまりにも強い負の感情に、オズは思わず動きを止めてしまった。
ハインは追撃などせず、エリカの後を追っていった。
オズは彼らを追いかけるどころか、どうしてか、身動きをとることさえできなかった。
「くそ、いったいなんなんだよ……!」
なにが起こったのかわからない。胸を締めつける不快感が、オズには理解できなかった。オズがかろうじて理解できたのは、どうやら自分がエリカを傷つけてしまったらしい、という事実だけだった。
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