第十六話 襲来

「ねえオズ、ボクと一緒にメイド喫茶へ行かないか」

「――メイド喫茶?」


 バスタージムの訓練室にて。模擬戦の合間にGブレードの手入れをしていたオズへルークが話しかけた。


「ちょっとルーク、オズくんにへんな趣味教えないでよ。うつったら困るでしょ!」

「うつるって、“ケモナー”のことかい? それなら心配ご無用さ。獣人ライカン以外のメイドさんもたくさんいるからね!」

「そ、そういうことじゃなくて……」


 口ごもる姉を見て、ルークはニヤニヤと笑みを浮かべた。


「ん〜? 姉さん、いったいなにを心配してるのかな〜?」

「……むっ、その笑いはなに?」


 頬をふくらませたセナは、Gブレードを手に取りルークへ矛先を向けた。


「い、いや、なんでもないよ姉さん。あはは……」


 ルークは苦笑いして両手を上げた。模擬戦の合間で少なからず気分が“ハイ”になっているはずなのだが、なぜか姉に対しては好戦的になれないルークなのであった。

 カーン―― カーン―― カーン――

 突然、鐘の音が響き渡った。


「なにかあったのか?」


 オズは眉をひそめた。同じ訓練室にいたプロバスターたちが訓練を切り上げ、慌ただしい様子で室外へ出ていく。セナがハッとして顔を向けた。


「緊急時になる鐘だと思う。なにか起こったんだ」

「……ボクたちも事情を聞きに行った方がいいかもね」

「そうだな。とりあえず受付まで行ってみよう」


 オズたちはうなずき合うと、プロバスターに続いて訓練室をあとにした。

 訓練室のある地下から一階へ上がると、大勢のバスターが集まっていた。アルスの姿も見えた。どうやらジムの中にいたようだ。


「バスターのみなさん! ゾーン外へ討伐に出ていたバスターから〈晶石共鳴器ジェード・レゾネーター〉を通じて連絡が入りました! ガイムの大群が、この街へ迫っているそうです!」


 一人の受付嬢が声を張り上げた。バスターのざわめきが大きくなる。


「大群って、どれくらいなんだよ!?」

「もしかして……〈波〉なんじゃねえのか!?」

「まて、本当に〈波〉が起こったんなら、今この街にいるバスターだけでは対処できないぞ!」

「――みなさん落ち着いてください! こうしている間にも、ガイムの大群は近づいてきています! 私たちは今すぐ行動を開始しなければなりません! バスターのみなさんは装備を整え西門へ向かってください! ジムマスターもそこにいるはずです! 彼から指示を仰いでください!」


 受付嬢の声に、ざわめいていたバスターたちは落ち着きを取り戻し、行動を始めた。オズたちもプロバスターにならって行動を開始する。


「――オズ君! まってください!」

「あ、ミオさん」


 人混みをかき分け、ミオが近づいてくる。


「……行くんですか? 今回の任務はとても危険なものになると思います。予備生であるオズ君たちは、戦う必要はないんですよ?」


 ミオは言いづらそうに口を開いた。当然かもしれない。街の危機を前にして“逃げろ”と言っているようなものだ。


「行きます。……逆に、行かない理由が見つかりません」

「……そうですか。なら私は止めません。ただ、これだけは約束してください。絶対に、帰ってくるって」

「はい。必ず帰ってきます。そしたらまた、一緒にお酒でも飲みましょう!」


 オズの冗談めかした言葉に、ミオは微笑んだ。



 * * *



 日は落ち始め、世界は夜に沈もうとしている。西門では火属性や光属性の輝術オーラによって、空に灯りが打ち上げられていた。

 そこには大勢のバスターが集結していた。この街のバスターと、突然変異体ミュータントの調査のために滞在しているバスターの、おそらくすべてが集まっていた。

 オズ、セナ、ルーク、アルスの四人は、同じバスター予備生ということで固まって配置につく。

 バスター以外にも、白衣を着た年配の人々が見られた。彼らは治療班らしく、主に引退したバスターで構成されるようだ。その中には孤児院の院長の姿もあった。

 アルスが気まずい雰囲気を漂わせる。孤児院を飛び出した身であるから、なにかしら思うところがあるのだろう。


 オズは地面が揺れていることに気づいた。――地響きだ。ガイムの大群が徐々にこの街へ押し寄せてくる証にほかならない。

 街の外へオズは目を凝らした。宝石の鈍いきらめきが、闇の向こうでまたたく。

 やがて、無機質な怪物の叫び声が鼓膜をかすかに揺らす。だんだんと、無数のガイムの輪郭がたしかなものとして浮かび上がってくる。


「これが……〈波〉」


 オズはつぶやく。これだけのガイムを倒すことができるのだろうか。


「まだ〈波〉とは言いきれないよ。大規模なガイムの群れかもしれない」


 セナが気を休めるように言った。


「そうなのか?」

「うん。でも、もしこれが〈波〉なら、この街のバスターの人数だといつか限界がくると思う。その場合は、街の外からの援軍が来るまでもちこたえることが、わたしたちの役割じゃないかな」

「そうか、援軍が来るのか……」


 少し安堵する。人数が増えればこの大軍にも立ち向かえそうだ。


「戦い方としては、親玉の突然変異体ミュータントを倒していくのが常道だよ。統制をはずれたガイムは、そんなに強くないはずだから」

「なるほど」


 オズはGブレードを握りしめた。

 しかし、予備生はプロバスターのサポートに回る手はずだ。以前の遠征では、突然変異体ミュータントの統制によって強化されたガイム相手に辛勝をおさめたレベル。前線に出ても足手まといである。


「やれやれ、遅くなっちまった……」


 背後から聞き覚えのある声がして振り向く。そこには――


「バルダ? ……って、その派手な格好はなんだよ!?」

「おいおい、それは言っちゃだめだぜ。好きで着てるんじゃねえんだから」


 突然この場に現れたバルダは、オズの言葉に苦笑いを浮かべていた。オズが驚いたのは、バルダがGスーツを装備していたからである。しかも、そのGスーツは金色に輝いていた。今まで見たどのGスーツより派手だ。


「来てくれたかバルダ。これでひとまず安心できそうだな」


 気づけば、ジムマスターのガロンもやってきていた。その熊顔はホッとした表情だ。


「よお。遅くなっちまってわるいな。Gスーツこれ、どこにしまったかわかんなくてよ。なんせ久しぶりのことだからな」


 バルダがガロンへ冗談っぽく笑い返す。二人は知り合いらしい。


「ちょっとまて! いったいどういうことだ? なんでバルダがGスーツを着て、ここにいるんだよ?」


 バルダはニヤリと子どもくさい笑みを浮かべると。


「そういえば言ってなかったな。俺はもともと、ガイムバスターだったんだぜ?」

「――えぇっ!? なんで言ってくれなかったんだよ? いきなりそんなこと言われたら驚くだろ! なぁみんな? ――って、あれ?」


 そこまで言って気づく。セナとルークもまったく驚いていない。


「えっと、じつはわたし知ってた。バルダさんはオズくんのことをびっくりさせたいんだろうなって思って、あえて言わなかったんだけど……」

「あ、もちろんボクも知ってたよ。うん」


 続いて、オズはアルスの顔も見る。彼の憮然とした表情からはなにを考えているかよくわからなかったが、このことは知っていたに違いない。知らなかったのはオズだけのようだ。


「なんだバルダ、言ってなかったのか?」


 ガロンが呆れたようにバルダを見る。バルダは頭をかきながら答えた。


「いやぁ、今度の定期指導会で驚かせようと思ってな」

「定期指導会?」


 オズが尋ねると、ガロンはやれやれと肩をすくめた。


「そうだ。バルダはバスターを引退した身だが、定期的にジムへ稽古をつけに訪れていた。なにしろ、バルダはAランクバスターだったからな。レベルは50。間違いなく、世界でも指折りのバスターだ」

「――えぇっ!? マジで!?」


 バルダは得意げな顔だ。“花屋のダンディなおっさん”というイメージしかないオズには信じがたい事実だった。


「っと、今は調子にのってる場合じゃなかったな。とにかく、今回は俺も戦うぞ」


 バルダは笑みをひそめ、厳しい表情で参戦を表明する。その言葉を聞きつけ、周りはざわめいた。


「おい、聞いたか? あのバルダ・リトヘンデが戦うそうだぞ」

「マジかよ。それならなんとかなるかもしんねえな」


 口々にそんな言葉が聞こえてくる。バスターたちは、だれしもがバルダの存在に心強さを覚えているようだ。


「それでだ。情報によると、やつらは遠距離からの輝術オーラをすべて無効化するようだ。輝術オーラを食らわせようと思ったら、かなり近づかなければならない」

「なるほどな。だから今は、ここで待ち受けるしかないってわけか」

「ああ。城壁を背に、ガイムどもを迎え撃つ。今回は近接系バスターの負担が多くなりそうだ。――バルダ、たのむぞ」

「おう、まかせろ」


 ガロンへ、ぐっと拳を見せるバルダ。

 そうしている間にも地響きは大きくなる。街の外へ目を向けると、ガイムの叫び声とともに群れの姿がはっきり見えるようになってきた。


「ジムマスター! あと三分ほどで、群れの先頭がこの場に到達します!」


 バスターの一人が駆け寄り報告する。ガロンはうなずくと、バスターたちへ向き直る。


「全員、聞こえるか! 今この街には、かつてない危機が迫っている! 城壁がいくら強固といえど、ガイムどもに食い破られ、街になだれ込まれれば、ボスト・シティは終わりだ! いいか! この街の命運は、俺たちバスターの手にかかっている!」


 オズはごくりとつばを飲み込んだ。これからあの軍勢と戦うことに、いまだ実感が湧かない。


「もう情報は行きとどいてると思うが、やつらは遠距離からの輝術オーラを遮断する! 輝術オーラは接近してから撃つか、サポートのために使用しろ! 突然変異体ミュータントを発見した場合は、俺たち上級バスターが叩く! ただちにその場で〈火花の輝術オーラ〉を打ち上げ、俺たちに知らせろ! そして最後に! 決して一人で戦おうとするな! チームごとにガイムを相手取れ! ――以上だ! 総員、持ち場につけ!」

「「「おう!!」」」


 バスターたちはそれぞれ移動すると、Gブレードを構え、身体活性ブースト輝術オーラを口々に唱え始めた。


「「「GUOOOOOOOO!!」」」


 つんざくようなガイムの叫び声が響き渡る。ガイムの群れは、すぐそこまで迫っていた。

 浮き足立つオズの肩へ、ポンと大きな手がのせられた。


「お前たち予備生は後ろでサポートに徹してろ。なあに、こいつらなんて俺がサクッと倒してやるよ。Aランクバスターの証明――〈超越輝術エニグマ〉でな」

「あ、ああ」


 オズはなんと言っていいかわからず、あいまいにうなずく。バルダはニッと笑みを浮かべ、バスターたちの先頭へ歩いていった。

 バルダの背を見送るオズ。その背はとても大きく、見るものを安心させるような不思議な力があった。


 バルダは足を進め、ガロンの隣に立った。ガイムの群れはすでに目前である。


「俺が先手をきるぞ」

「ああ、まかせた。存分にやってくれ」

「――まずは、様子見ってところだな」


 バルダは腰からGブレードを引き抜く。そして、言霊スペルを紡いだ。


「《ほとばしれ。電光石火ライジン》」


 バルダの体が、閃光を発して消える。

 次の瞬間。

 群れの先頭を走る数十体のガイムが粉々に吹き飛び、叫び声を上げる間もなく消滅した。再びまばゆい閃光がきらめき、その次の瞬間には幾体ものガイムが吹き飛ぶ。

 閃光が走るたび、ガイムが消滅していく。怪物たちは鳴き声を発することもできず、たった一人のバスターによって屠られていった。


「す、すげえ……。あれが、Aランクバスターの実力……」


 一人のバスターがポツリとつぶやいた。

 Aランクバスターにいたる条件、それは〈超越輝術エニグマ〉の習得である。輝術オーラの極致。限られた人間にしか到達することのできない奇跡の実現。

 バルダが手にした力は――〈電光石火ライジン〉。効果は瞬間移動。雷属性の輝術オーラを極めた彼は、音を置き去りに移動する術を手に入れた。

 瞬時に移動したバルダは目にもとまらぬスピードで敵を斬りつけ、周囲のガイムを全滅させる。彼が瞬間移動するごとに、ダース単位のガイムがこの世から姿を消していた。


「「「GYAOOOOOOO!!」」」


 しかし、バルダの驚異的な力をもってしても、すべてのガイムを駆逐することは叶わない。彼が討ち漏らしたガイムの残党が、城壁を背に待ち構えるバスターたちへ迫る。


「俺たちも行くぞ! バルダに続け!」


 ジムマスターが叫び、ガイムへ向かって走り始める。街のバスターたちがそれに続いた。

 ほのかな暗がりの中、ガイムの群れとボスト・シティのバスターが激突する。

 ――街を守る戦いが、始まった。

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