お兄ちゃんになる - 童話・絵本(最高の目覚め)

 ユウくんは、シクシク泣いていました。シクシク、シクシク。部屋の隅っこで、小さくなって泣いていました。


「どうしたの?」

 誰でしょう、ユウくんに尋ねる声がします。

「そんなに悲しいことがあったの?」

 その声に、ユウくんが泣くのを少しやめて、顔を上げると、目の前に小さな天使と悪魔がふわふわと浮いています。


 白いワンピースに、白い翼。金色の髪の上に輝く金色の輪っか。絵本に出てくる天使そのものです。

 真っ黒なぴったりした服に、黒いコウモリの羽。フォークみたいな武器を片手に持って、細い尻尾の先はスペードのマークをひっくり返したよう。頭には角も生えていて、悪魔の方も絵本に出てくる悪魔そのものです。


「もうすぐ、赤ちゃんが産まれるんだ」

 ユウくんは、天使と悪魔にそう答えました。

「おめでとう、もうすぐお兄ちゃんね」

 天使が、満面の笑みでお祝いをいいました。けれども、ユウくんの顔はドンドン暗くなっていきます。


「お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんになるんだからって、ボクにいっぱい言うんだ。お兄ちゃんになるんだから、好き嫌いしちゃダメよ。お兄ちゃんになるんだから、一人で着替えないと。お兄ちゃんになるんだから、ちゃんと片付けなさいって」

「わかるぜ、何でもかんでもお兄ちゃんになるんだから、ちゃんとしなさいだろ」

 悪魔が両腕を組んで、ウンウン言っています。



「そうだ、いいものを見せてやろう。もう少し先の、赤ちゃんが産まれた後のユウくんの様子だ」

 悪魔がそう言うと、目の前がもやもやっとして、何かが見えてきました。

 家の中で、自動車のおもちゃで遊んでいる、もう少し大きくなったユウくんの様子です。

 ブッブー、そう言いながら、楽しそうに遊んでいます。


 そこへ、赤ちゃんがハイハイでやってきました。そして、ユウくんのおもちゃをがしっと掴んで、取り上げてしまいました。

「返してよ」

 ユウくんはそう言って、赤ちゃんからおもちゃを取り返します。

 するとどうでしょう、赤ちゃんはギャーギャー泣き出してしまいました。


 赤ちゃんの泣き声を聞いて、お母さんがやってきます。

 そして、赤ちゃんを抱き上げると、ヨシヨシし出します。

「どうしたの? お兄ちゃんに意地悪されたの?」

 それを聞いて、ユウくんは黙っていられません。

「違う。○○がボクのおもちゃをとったんだ」

「遊びたいおもちゃをとられたの? 困ったお兄ちゃんですね」

 お母さんは、ユウくんの言うことなんか聞かずに、赤ちゃんをあやしています。

「ユウ、そのおもちゃ、○○に貸してあげて」

 ようやくお母さんがユウくんの方を向いたかと思えばこれです。

「でも、これはボクが遊んでて」

「ユウはお兄ちゃんなんだから、○には優しくしなきゃダメでしょ」

 お母さんにそう言われてしまうと、ユウくんはおもちゃを渡すしかありません。



 そんな様子を見せられて、ユウくんはすごく悲しくなりました。

 どうしてお兄ちゃんだと言うだけで、遊んでいたおもちゃを赤ちゃんに渡さないといけないのでしょう。

 涙がポロポロ出てきてしまいます。

 そこへ悪魔が、追い打ちをかけます。


「お兄ちゃんになったら、こんなんばっかりだぜ。何でもかんでも、お兄ちゃんなんだから。妹や弟の方が悪かったって、怒られるのはお兄ちゃんなんだ。それに、例えばユウくんが、小学校に行くようになったとしよう。『お兄ちゃんなんだから一人で準備できるわよね』、そう言われて自分でやるしかなくなる。なのに、弟や妹が小学校に行くようになっても、そんなコトは言われない。それどころか、『お兄ちゃんが手伝ってあげて』ってなるんだ」

「ボク、お兄ちゃんになんてなりたくない」

「そうだろ」


 パシッ。どこから取り出したのか、天使がハリセンで悪魔を叩きます。

「もうっ、なんてことしてるのよっ」

 悪魔は、天使に叩かれたところを撫でています。そんなに痛かったのでしょうか。

 天使は、お兄ちゃんになりたくないと泣くユウくんの目の前に飛んできました。

「ユウくん大丈夫。お父さんもお母さんも、ユウくんのこと大好きだから」

 ほらと、今度は天使が何かを見せてくれます。



 見えてきたのは、今より少し若いお母さんです。そして、お母さんのお腹は、赤ちゃんがいる今よりも大きくなっていました。

 お母さんは、ソファーに座って、大きくなったお腹を優しく撫でています。

「ユウ、元気で生まれてきてね」

 どうやら、ユウくんがお母さんのお腹にいるときの様子です。


 そこへ、紙袋を持ったお父さんがやってきました。

「見てくれ、絶対にユウに似合うと思うんだ」

 そう言って取り出したのは、赤ちゃんの服です。

「もう、あなたったら、気が早いんだから」

 そんな風に笑うお母さんは、すごく幸せそうです。



「ねえ、お父さんとお母さんがユウくんに会いたくって、ユウくんが産まれてきたのよ」

 天使が見せてくれた二人の様子は、すごく幸せそうで、すごくユウくんを待っていてくれていました。

 けれどと、ユウくんは最近の二人の様子を思い出します。

「お母さんも、お父さんも、もうすぐ赤ちゃんが産まれるんだってばっかで。赤ちゃん赤ちゃんって、僕はもういらなくなっちゃったんだ」


 そんな様子を見ていた悪魔が、天使の後ろでお腹を抱えて笑いをこらえています。

 天使は振り返ってギュッと悪魔を睨みつけると、すぐに笑顔を作って、ユウくんに話しかけます。

「そんなことはないわ。今だって二人はユウくんのことが大好きよ」

 こんな風にねと、また違う様子を見せてくれます。



 寝ているユウくんの側に、お母さんがいます。

 ユウくんの熱を測って、暗い表情になります。どうやら、ユウくんは病気で寝ているようです。

 寝ていたユウくんが目を覚ましました。

「おきた? 汗びっしょりね、着替えましょうか。おかゆさんは、食べられる」

 病気のユウくんは、うなずいています。


 お母さんは、ユウくんの体を拭いたり、おかゆを食べさせたり、水枕を替えたり、看病をしてくれています。

 途中、少し大きくなった赤ちゃんが顔を出しましたが、「病気がうつるから」と、お母さんがどこかへ連れて行きました。

 お母さんも戻ってこないのではないかと思いましたが、お母さんはすぐに一人で戻ってきてくれました。


 お母さんだけでなく、お父さんの様子も見せてくれます。

 お父さんが会社の帰りに、ユウくんのためにアイスを買ってくれました。

 いつもは、帰ってくると、疲れたとソファーにだらっとなるお父さんですが、真っ先にユウくんの様子を見に来てくれました。



「ね。お父さんもお母さんも、ユウくんのこと大切に思ってくれているでしょう」

「うん」

 天使の言葉に、ユウくんは返事をしましたが、元気がありません。

 天使は、うーんと、人差し指を顎に当てて、少し考えます。

「そうだ、ユウくん起きてみて。それでわかるから」



 ユウくんがお昼寝から目覚めると、目の前にお母さんの顔がありました。

 ユウくんの頭を、お母さんが優しく撫でてくれています。

「ユウ、起きたのね。怖い夢でも見ていたの?」

 ユウくんは、ギュッとお母さんに抱きつきました。

「お母さん、大好きだよ」

 お母さんも、優しく抱き返してくれます。

「お母さんもユウのこと大好きよ」

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