脱出ゲーム - ミステリー(最後の3分間)

 ブーッと短いブザーが鳴る。

 出口の上に取り付けられた残り時間をカウントダウンする時計を見れば、残り3分を切っていた。

 これが最後のチャンスなのに……、有紀ゆきは今までになく焦っていた。


 ドアに取り付けられた4桁の暗証キー、そこに正しいパスワードを入力できれば、扉が開き、外に出られる。

 部屋中を探し、パスワードのヒントを見つけ、そこから正しい答えを導く。

 制限時間は各部屋20分。それを3部屋繰り返し、最後の部屋を出ることができれば、クリアだ。


 制限時間をオーバーするとどうなるか。有毒ガスが部屋に流されて終了、という設定だ。

 実際は、通常の照明が消え、警告音が鳴り、警告の赤ランプが点滅する。

 その後、警告ランプも消えて真っ暗になったところで、プシューという長めのエアー音。それでゲームオーバーだ。

 一呼吸置けば、照明が戻り、アナウンスととスタッフに誘導され、別の出口から外へ出る。


 もし、実際に閉じ込められたのなら、4桁だけなのだから総当たりという手もあるが、他の参加者への迷惑にもなるため、禁止されている。

 なお、答えがわかっても、ペアで入場したパートナー以外へ、パスワードを教えることも禁止されている。



 有紀がこのゲームに参加するのは、これで5回目だ。

 これだけ何度も参加するには理由がある。

 脱出成功者への記念品が、ここでしか手に入らない、有紀が大好きなキャラクターのぬいぐるみなのだ。

 コラボ期間は今日まで。一度ゲームオーバーになると、時間的に今日再入場するのは難しい。

 お目当てのぬいぐるみを手に入れるには、最後のチャンスなのだ。


 ようやく辿り着いた、最後の部屋。

 ヒントは全てでは無いものの、おおよそは手に入れられたはずだ。手に入れている。ヒントは別に全て手に入れられずとも、重要な物さえ手に入れば、答えを導き出すことができる。

 重要な物を見落としていれば、詰んでいるのだが。

 もう一度、きちんと見直そう。そう思って、手に入れたヒントを見返す。


 『パスワードは「ドア」』

 なんともあっさりしたヒントだ。パスワードを教えてくれている。

 だが、これを4桁の数字に変換しなければならない。


 『「よる」は「1511」』

 『「みち」は「4108」』

 『「ガス」は「1447」』

 この辺りは、先ほどの「ドア」を数字に変換するためのヒントだろう。どれも2文字が4桁の数字に対応している。

 しかし、その規則がわからない。わからないから、「ドア」を変換することができない。

 「よる」が「8593」だったのなら、五十音表で変換できたのだが、さすがにそこまで簡単ではない。


 『○さけ○つわ○○

  ひき○のね○○ろ

  もゆこおな○り○

  せ○え○らたぬに

  ○○てや○れ○ほ

  ○し○まうそ○○』

 最初はもっと穴抜けが多かった。ヒントを集めて、ここまで埋めたのだ。

 おそらく、数字に変換するためのものなのだろうと予測はつくが、どうにもわからない。


「さけ、つわ、ひき、のね」

 呟いてみるが、ピンとくるものはない。

 ブーッ、ブーッ。今度は2回ブザーが鳴る。

 残り時間の表示も1分を切り、点滅を始めた。

 焦らせて、思考力を奪いにくる。


 落ち着け、落ち着けと有紀は自分に言い聞かせる。

 こういう時は、視点を変えてみるのも良かったのだったか。

「あっ」

 見えた気がした。

 慌てて、穴抜けを埋めていく。うん、ピッタリだ。

 高校生の時に、覚えておいて良かった。


 変換のヒントと全部確認している余裕はない。

 「よる」だけ確認し、考えていることが合っていそうだと、安心する。

 ならば後は、「ドア」を変換するだけだ。


 大急ぎで、出口へ向かい、導き出した4桁を入力する。

 その時、照明が落ちた。赤が点滅し、警告音が鳴り響く。間に合わなかった。


 ゲームオーバーの演出が終わり、照明が戻る。

 出口のところで呆然とする有紀の元にスタッフが一人、急ぎ足でやってきた。

「お客さまは、ギリギリ間に合っておりましたので、こちらからどうぞ」

 そう言って、出口を開ける。

 有紀の入力で、ロックが解除されていたのか、すんなりとドアが開いた。

「いいんですか?」

「はい。おめでとうございます」

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