イインチョーと土永くん - ラブコメ(シチュエーションラブコメ)

 掃除なんてやってられっか。

 今日はホウキをスティックに、登校中に見つけたカップ酒のキャップをパック代わりに、アイスホッケーごっこだ。

 今週は芸術棟の廊下当番。一階は女子、二階は男子で別れたから、小うるさく言うやつらもいない。


「行っけーっ! シューートッ!」

 ホウキを構え、思いっきり打つ。はずだった。

「こらーっ、男子ちゃんと掃除しなさい!」

 俺のシュートが決まるってところで、イインチョーの声が廊下に響く。


 廊下の両端に階段がある。俺らのいる方とは違う方から、イインチョーが登ってきた。

「やっべ、早坂はやさかじゃん」

「後は任せた」

 さっきまで一緒になって遊んでいた二人は、俺にホウキを押しつけると、さっさと階段を駆け降りて逃げていく。


 両腕で、計三本のホウキを抱える形になったわけだが、悲しいかな、掃除用具入れはずんずん迫ってくるイインチョーの向こう側だ。

 俺は、なすすべもなく、イインチョーが前を通り過ぎ、階段を確認して、逃げられたとぼやくのをただ見ていた。


 一連の動作を終え、イインチョーは俺に向き合う。自然に、背筋がピシッとなる。

土永つちながくん、掃除は終わったの?」

「いえ」

 イインチョーの問いに、俺は首を横に振った。


「仕方ないな、ほら」

 そう言って、イインチョーは右手を差し出してきたが、俺には何を求められているのかわからない。

「ああ、もう。ホウキを貸しなさい」

 慌てて、三本まとめてイインチョーに差し出す。

「違う、二本だけ。あと一本は、土永くんが掃除するのに使うんだから」

 苛立った口調で、俺から二本だけホウキを受け取った。


「あと、それね。没収」

 イインチョーの右手はホウキで埋まっているから、左手で廊下の一部を指した。

 そこにあったのは、カップ酒のキャップだ。

 逆らわず、拾ってイインチョーに渡す。


「じゃあ、土永くんはこっちから真ん中に向かって掃いて。私は逆から掃くから」

「手伝ってくれんの?」

「手分けした方が早いでしょ。掃除なんてさっさと終わらせてから、遊べばいいのに」

 なんだかんだ言いつつも、イインチョーは面倒見がいい。



 掃除道具を戻して、終了。

 芸術棟の廊下は、短いし、机や椅子がないから、掃除は楽なモノ。

 短いから、一階も二階も両方で、手分けしてやることになるんだけど。


「男子、降りてきてないよね」

 今日は二階を男子に任せている。適当にやって、さっさと降りてくるかと思ってたけど、確かにまだだ。

「うーん、私が見てくるから、二人は部活に行ってて」

朱里あかりちゃんは真面目だよね」

「別に、男子なんて放っとけばいいのに」

 言われて、苦笑いを返す。仕方ない、放っておけない性格なのだ。


 それじゃあ、また明日と見送って、階段を上がる。

「行っけーっ! シューートッ!」

 上がった所で聞こえたのは、土永くんの元気な声。うん、遊んでるんだね。

「こらーっ、男子ちゃんと掃除しなさい!」

 反射的に、そう声を張り上げていた。


 私の姿を確認し、二人は箒を押しつけて、階下へ逃亡する。

 あっちゃー、登る階段を間違えた。

 確保したいけど、廊下は走っちゃダメ。

 早歩きでようやく階段に辿り着いたけど、まあ逃げられているよね。


 箒を押しつけられ、どうにも動けなくなってる土永くんに向き合う。

土永つちながくん、掃除は終わったの?」

「いえ」

 首を横に振る。遊んでいただけって事ね。


「仕方ないな、ほら」

 右手を差し出すも、ぽかんとしてる。通じてないか。

「ああ、もう。箒を貸しなさい」

 三本も持ってたって、掃除できないんだから。

 で、三本一気に差し出してくるわけね。

「違う、二本だけ。あと一本は、土永くんが掃除するのに使うんだから」

 三本のうち、二本だけを受け取った。掃除はしてもらわないとね。


 それから、私はしっかり、土永くんの足下に転がる物体を見つけていた。

 直径五センチくらいの、円形の物だ。何かはわからないけれど、遊び道具には違いないだろう。

「あと、それね。没収」

 土永くんは、おとなしく拾ってよこした。

 なんだろう、どこかで見たことがあるような気はするけど。まあ、ゴミって事でいいかな。


「じゃあ、土永くんはこっちから真ん中に向かって掃いて。私は逆から掃くから」

「手伝ってくれんの?」

「手分けした方が早いでしょ。掃除なんてさっさと終わらせてから、遊べばいいのに」

 土永くんは良くふざけてるけど、ちゃんと見てればしっかり働く。今日だって、逃げ出さなかったし。



 勉強もできて、しっかり者のイインチョー。

 色んな学校から集まってきた一年の一学期に、先生の推薦で学級委員長をやった。実際に委員長だったのはその時だけだけど、なんかずっとイインチョーって呼んでる。

 最初に定着したせいで、いまさら他の呼び方にするのはこっぱずかしいし。


 いつも、周りに誰かいるイインチョー。

 俺みたいにパッとしない、勉強もスポーツもいまいちなやつは、イインチョーの視界に入らない。

 なんかふざけて、注目してもらわないとさ。

 イインチョーの周りの女子は俺のこと白い目で見るけど、こうでもしないとイインチョーはこっちを見てくれないから。


 だから、今日もふざけるネタを探す。

 イインチョーにあきれられてたって、これしかないんだわ。



 何かと、ふざけてばかりの土永くん。

 いつの間にか、彼の姿を探してる。また何か変なことをしていないか、それが気になるだけ。

 そう、それだけ。他意はない。ないったらない。

 ちゃんと見ておかないと、悪ふざけから大怪我になったりするじゃない。


 いつまでも、私のことをイインチョーと呼ぶ、土永くん。

 私にはちゃんと、早坂朱里って名前があるんだけどな。

 初めの頃は、委員長って呼ぶ人も多かったけど、今じゃちゃんと「早坂さん」とか「朱里ちゃん」って、他の人は呼んでくれるのに。

 土永くんだけはいつまでもイインチョー。私の名前を知ってるのか、怪しいくらい。


 あっ、またなんかやってる。

 「真面目だね」って言われるけど、土永くんと話すきっかけって、これくらいしかないから。

 土永くんが何かするのを見かけて、ちょっと嬉しくなる。そんな自分が、いないいない。

 大事になるといけないから、注意しなきゃいけないだけ。

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