色あせた写真 - SF?(2枚の画像)

「また、見てるんだ」

「ああ、うん」

 背後から掛けられた声に、ジョージは気の入っていない返事をした。声の主は分かっている、相方のアンナだ。

 だが、わざわざ声を掛けたのならば、何か用があるのだろうと、手に持っていた写真を置き、座席を少し回転させて振り返る。


 アンナは、ジョージが振り返るとは思っておらず、背後からその手元を覗き込もうと、そっと距離を詰めているところだった。

 そこにジョージの予想外の行動があり、思わず一歩下がってしまう。その拍子に、両手に持っていたマグカップの中の、黒い液体が大きく波打ったが、どうにか溢れずにすんだ。


「おっと」

 言ったのはジョージだったか、アンナだったか。二人ともかもしれないし、二人とも思っただけかもしれない。

 何はともあれ、マグカップの中身が無事だったことに安堵し、アンナは一方をジョージに差し出した。空いた手で、近くの椅子を引き寄せ、ジョージと向かい合う形で座る。


「もう、20年なんだね」

 アンナの視線は、机の上の何十枚という色あせた写真に注がれている。写っているのは、全て別の子だ。

 まだ幼い子どもから、そろそろ大人扱いを考えなければならない年代まで。彼らは全員、誘拐事件の被害者だ。

 20年探し続けて、見つけることが叶わずにいる。


 ジョージは、差し入れの飲料を一口飲み、少しだけ間を置いてから、応えた。

「ああ。一日でも早く家族の元へと探し続けて、いつの間にか、20年だ」

 机の上に小さな山を築いている写真を、目で撫でる。

 子を奪われた親の悲しみ、いつまでも見つけることができないでいる自分達への怒りは、嫌と言うほど聞いた。分かっているんだ、もうこれ以上責めないでくれと。

 突如、親から引き離された子ども達は、どれだけ心細い思いをしているのだろうかと、心を痛めた。


 被害者の写真を見る度、己のふがいなさを思い知らされる。けれども、時折こうしてゆっくりと、一枚一枚丁寧に見る時間を取ることは、やめられなかった。



『緊急連絡。緊急連絡。コード2984A0551Tの被害者を発見、直ちに現場へ急行せよ。場所は、BN3408W11859。繰り返す、』

 通信の繰り返しを聞く前に、二人は机の空いた場所にマグカップを置き、部屋を飛び出していた。告げられた事件のコードは、まさに話していた誘拐事件に割り当てられたものだった。


 車に乗り込み、まずは空港へ向かう。車内の二人の心は、最近では考えられないほどに躍っていた。

「まさか、地上だったとは」

「これだけ探しても、見つからなかったのも納得」

 指定された場所は、もう何代も前に放棄した地上の一地点を示していた。空大陸をいくら探したところで、見つからないはずだ。


 現場に近付けば、わざわざ地図を確認せずともすぐに分かった。

 二人が乗った小型艇とは異なる、中型の円盤状の医療船が、既に数台集まってきていた。それだけでもう、複数人が無事に発見されたのであろう事が分かる。

 過去の遺産の建造物が邪魔をして、医療船は地上に降りることができない。そのため、地上の人を収容するために、重力制御装置を使うのだが、ちょうど一隻が使用しており、見た目には黄色いビームを地上に向けて出しているようになっていた。

 向かうべき現場は、そのビームの下だ。


 少し離れた場所に降り、二人は早る心のままに、黄色いビームを目印に駆ける。

 けれども、いざその現場が見えた時、二人の足は止まった。


「ねえ、これって」

「ああ」

 アンナが全てを言う前に、ジョージは相槌を打った。全てを言わなくとも、言いたいことは分かった。それ以上、言わせるわけにはいかなかった。

 二人の目の前では、親子が引き離されていた。どちらも訳が分かっていない状態だが、子どもは知らない大人への恐怖もあり、嫌だと泣いている。


 それは、充分にあり得ることだったのだ。

 誘拐された子ども達が無事に生きていて、複数人が同じところにいて、20年も経っていたのなら。

 けれども、空の上では登録されていないものは、全て無いものとして扱われる。

 彼らは今でも、ある夫婦の子どもでしかない。配偶者は全く関係の無い他人で、子どもは存在すらしていない。


 真っ当に空の上の基準を適用すれば、医療船に存在しないものを乗せるわけにはいかず、誘拐事件の被害者は親の元に返さなければならない。

 被害者を保護せず放置はできない。

 ならば、現場ではこれで仕方がない。


「ジョージ、アンナ。ようやく来たか。人数が多いんだ、手伝ってくれ」

 同僚が、手を振り合図をしている。

 アンナは大きく一度深呼吸すると、歩き出した。

「行きましょう。今はこれが仕事だから」

「終わったら、愚痴を聞くから、こっちのも聞いてくれ」

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