第41話 咲さん

――咲


 最近勇人くんと骸骨さんのお陰で宿にお客さんが来るようになったの。

 たまに腕が外れちゃうけど、勇人くんの機転で今の所問題になってないわ。いつも勇人くんに助けてもらってばかりで、人間社会って難しいなあと思う。


 今日もお客さんが来てくれたから、ゴミが沢山でたの。骸骨さんに集めてもらって、さあ仕事! 仕事!


 私は少し身体に力を込めると、可愛い黒の霧が私の全身から噴出する。

 黒の霧がゴミを覆うと、全てエネルギーに変換して取り込んでくれる。彼らが取り込んだエネルギーは私の体に取り込まれるのよ。


 確か、人間の偉い科学者がある公式を発見したって勉強したの。物質の体積の二乗がエネルギーになるって。

 黒の霧はこれを行なってくれるんだよ。全部を変換することも出来るし、一部だけ残すことも出来る。


 でも、物質のエネルギー変換は私の栄養になるけど、美味しくはないのね。勇人くん達と食べてる食事もそう。あれも私にとってはゴミと同じなの。

 ただ、物質がエネルギーに変わるだけ。


 美味しい食べ物......それは人間の感情なの。特に強い感情ほど美味しいの。

 いままで怒り、慟哭、怨み、妬みといった強い感情を何度も食べたんだけど、強いほど美味しかったわ。

 でも、勇人くんと会って私はもっと美味しいものを食べたの。

 注意して、ほんの少し、ほんの少しだけ舌で舐めるように、勇人くんの感情に影響を与えないように慎重に食べたの。

 彼の私に対する好意という感情は、ほんの少し舐めただけだけど、これまで食べた中で別格の美味しさだったの!


 私はこれまで怖がられたことはあっても、好意を持たれたことがない。だから、もっと勇人くんに好きになって貰いたくて、人間の事勉強したんだ。

 理解しようとするんだけど、人間の女の子の気持ちってやっぱり難しいなあ。



 そんなある日、勇人くんがクロから逃げて来た時に彼の胸に触れて、人間がやるように唇を合わせて、彼の口内に黒の霧を流し込んだの。

 その時、私が食べた感情は「興奮?」というものだったと思う。人間の男女の気持ちが高まった時に来る感情だそうだ。

 この感情を食べた時、私の冷たい体が熱くなったの!

 体の体温は上がってないはずなんだけど、体が火照ったように熱く感じたんだ。これは何だろう? 人間の感じる興奮を私が感じたんだろうか?


 その時以来、この感情が食べたくて勇人くんに何度か人間がやるように迫ったの。私は人間のように彼を愛せないけれど、彼のことを私は大好き!

 いつか人間のように彼を愛せたら良いなーと思ってるけど、一体どうすればいいんだろう。私がクロみたいに生身の体なら、彼に愛されることが出来るんだろうか?



 勇人くんが女の子になった時、私はまた新しい味を覚えたんだ。

 恥じらい? 羞恥? そんな感情を食べたの。

 勇人くんが女の子になって、私の黒い霧を見て漏らしちゃった時の感情は甘酸っぱくて美味しかった。

 勇人くんは「ごめんね」と言ってたけど、私、実は少し嬉しかったんだ。

 あの感情をまた食べたいなーと思って、勇人くんを下着屋さんに連れて行って、下着を着て貰ったら予想通りあの甘酸っぱい感情を食べることが出来たんだー。


 あ、そうそう。実は私ね、勇人くんを女の子にする魔法使えるんだよ。

 今度コッソリ使っちゃおうかなー。勇人くん怒るかな?


 勇人くんは魔族に対しても、人間同士のような好意や気遣いの感情があるからみんな惹かれるんだろうね。私は感情を舐めて、やっと人間の優しさがどんな味かわかったんだよ。これが優しさなんだね。

 マリーもクロもきっと私と同じ。勇人くんの自然体に惹かれたんだろうなあ。悔しいけど、マリーもクロも私より人間に近い。人間と愛し合うことも出来る。

 私もなんとか出来ないかなあ。魔法をもう一度勉強しようかな。



 あ、そうだ。牛乳飲んだ勇人くんの感情はいつもより強くて美味しかったなあ。あの牛乳何処で手に入るんだろ?

 ちょうどマリーがいたから聞いてみよう。


「マリー、あの牛乳何処で手に入るの?」


「んー、なんの牛乳ー?」


「マリーと勇人くんがこの前飲んできたやつよ」


「あー、うっしーの牛乳かな」


「うっしーって、あのふもふも言ってる変なの?」


「うんうん。あのおっぱいしか能がないうっしー」


「そうか、三十九階だったかな」


「うんー」


「ありがとうー、マリー」


 よし、三十九階に行こう!



◇◇◇◇◇



 三十九階の牧場を探していると、見つけた! おっぱいだけのうっしー。


「うっしーさんー、こんちには」


「ふんふんふんもー?」


 言葉喋って......私、ふもふもじゃわからないや。


「うっしーさん、牛乳くださいな」


「うっしーの牛乳は採るの大変も?」


「大丈夫!」


 私は黒の霧を出すと、うっしーから牛乳たけ奪い取った。


「ふんもおおおおおお!」


 うっしーさんの絶叫が響いたけど、聞かなかった事にして、私は宿に戻ったんだ。

 さて、どうやって勇人くんに飲んでもらおうかなあ。

 

 そうだ! ちょうど勇人くんが一息ついて休憩だったから誘おうっと。


「勇人くん。休憩にカフェオレでも飲まない?」


「ん。ありがとう咲さん。いただくよ」


「どうぞー」


 私はマグカップに淹れたカフェオレをテーブルに置くと、彼は椅子に座り一息つく。このカフェオレは......ふふ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る