第38話 ドロー俺のターン

 空には不気味に輝く血の色をした月。目の前に広がるのは、草木一本生えぬ荒涼とした赤茶けた大地。


――世界が塗り替えられた。


 地平線まで見える大地には、見渡す限り赤茶けた大地以外無い。

 これはひょっとして流行りの異世界転移か?

 いや、俺に限ってそんな。


――紅い閃光が俺の目を眩ませる。思わず目を閉じると、遠くから獣の咆哮が聞こえる。


 ハッと目を見開き、音の方向を仰ぎ見ると、巨大な紅い龍が宙に浮いている。

 次は青い光と共に、蒼き龍が出現する。


 紅と蒼の龍はお互いに威嚇しあうと、お互いに大きく息を吸い込んだ。

 一方は紅い炎が開いた口に、もう一方は蒼き炎が。


――滅びのバーストファイア


 対するは、


――滅する蒼きストリーム


 何故か俺の頭の中にこの二つの言葉が入って来た。


 この二匹の龍の声が頭の中に響いたのだろうか?


 お互いの致命の一撃が交差する!

 俺は凄まじい閃光と轟音に思わず目を閉じ、耳を塞ぎ、その場にしゃがみこんだ。


 二匹の龍はどうなった?

 傷付きながらも、未だ空中で存命している。

 そこへ、青いローブをまとい、捻れた杖を握った魔法使い風の人間らしき人物が、颯爽と顕現する。


「このチャンス、生かす!」


――エターナルフォース


 魔法使いの杖から、黒い稲妻がほとばしり二匹の龍に炸裂する!

 崩れ落ちる二匹の龍。


 そして、世界がガラガラと音を立てて崩れていく。




 気がつくと俺の部屋だった。い、今のは一体?


「ゆうちゃん殿、勝ったでござる」


 よろよろと猫が部屋に入って来た。


「な、何してたんだ?」


「ダンジョン深層のカードゲームみたいなものでござる。吾輩が勝ったです」


「俺まで巻き込んで何してんだ、全く」


「吾輩が勝ったゆえ、屋台には吾輩が行くでござる」


「そのことなんだが」


 その時、俺の言葉を遮る声が遠くから聞こえて来た。

 声と共に部屋に来たのはマリーだった。何やら頰を膨らませてご立腹の様子。


「クロー、わたしと咲さんの対戦中に割り込んで勝ちはないでしょー」


「勝てば良いんです」


 よくわからんが、クロはマナーの悪い勝ち方をしたってことか?

 それは良くないな。


「勝負はちゃんとルールを守らないとな」


 俺は腕を組みうんうんと頷くと、猫クロは項垂れて、マリーはバンザイしている。


「ただな、今回は俺一人と言っただろう?」


「そ、そう言えばそんなことを、でも一人くらい構わないでござる」


「どうしてもと言うなら、俺にも考えがある」


「なになにー?」


 マリーと猫クロは期待の篭った目で俺を見つめてくる。


「骸骨くんとやるわ」


「えええ!」

「見た目が人間じゃないですゆえ」


 二人の抗議に俺は骸骨くんが人化出来ることを教えてあげた。

 マリーは知っていたみたいだけど。

 そんな訳で、骸骨くんと屋台をすることになったのだ!

 問題は彼らが着る服だけど、明日に買いに行こう。二人のサイズがわからないけど、大きいのをしもむらで買えばいいだろ。



◇◇◇◇◇



 そう思っておりました。結果は、肩に猫が乗っかり、背中にはジャケットのプリントに見えるがコウモリがとまっている。隣には咲さん。

 寒い時機だから、咲さんも厚めのブルゾンを羽織っている。

 結局屋台には見た目咲さんと俺だけだが、全員がくっ付いて来た形になってしまった......骸骨くん達は人化してせっかくだから物産展を楽しんでもらってる。


 焼き鳥を焼いているとコンロの火で体が暖かくなってくる。


 もうすぐ本格的な冬が到来すると、雪かきとかしなくちゃなあ。何より温泉宿はこれからシーズンになるから、お客さんが来るかも?

 そもそも俺の目的は、温泉宿にお客さんを呼び込むことだったのだ!

 多少はお客さんは来てくれるようになったが、まだ目的は果たしていない。これから何とか頑張らないとね!


 お、そんなことを考えているとお客さんだ。


「いらっしゃいませー」


「焼き鳥、4280円分下さい」


 うわあ。お客さんはあの女性コンビニ店員だった。連れの女性も何処かで見たことある。


「あ、こんにちは」


 咲さんがコンビニ店員の連れに挨拶している。


「こんにちは。この前の下着はどうでしたか?」


「喜んで着けてましたよ」


 咲さんと連れの女性の会話で気が付いた。この人はショッピングセンターの下着屋の店員さんだ。

 咲さん、喜んでのところで俺を見ないでくれないだろうか。俺が喜んでたと思われるじゃないか。

 いや、あの時は確かにそうだったけど今はちゃんと男に戻ってる訳で。


「焼き鳥を4280円は無理です」


 俺の言葉にコンビニ店員は、


「冗談ですよー。十本下さいな」


「ありがとうございます」


 俺は焼き鳥を十本咲さんに用意してもらい、コンビニ店員に手渡す。


「何か騒がしくないですか?」


「確かに言われてみれば」


 コンビニ店員さんの言葉に、周囲を見渡すと、人だかりがこちらに近づいて来る。何事だ?


 どうやら、二人の男女に取材が行われているようで注目を集めているようだ。芸能人かな? 黄色い声があがっているぞー。

 誰だろうと見てみると、袴姿と着物姿の男女。二人とも長身で精悍な顔をした男と切れ長の目をしたカッコイイ美女は、服装もあってよく目立っていた。


 あ、あれ。


――骸骨くんだ。


 骸骨くんが人化した姿の二人。男はライチ、女はラニ。

 ううむ、あんなに注目を集めるとは。そして、取材をしてるいい体をした美女は飛騨高山ご当地アイドルの蜜柑さんじゃないか! み、蜜柑さんはああ見えて、俺の大学時代の友人叶くんなんだ。

 事実を知るまでは憧れていたけど、今ではどちらかといえば会いたくない人である。しかし、こちらに向かってるのは何でなんだー。


「あ、ここで出店していたんですね!」


 蜜柑さんが先導し、ライチとラニもそれに続く。


「この温泉宿、私も泊まったことがあるんですよー。いい宿でした」


「我らは勇人殿がいる温泉宿で働いておるのだ」


 ライチの言葉に蜜柑さんは納得したようにうんうん頷き、人好きのする笑顔を浮かべる。


「ライチさんとラニさんの好きなタイプってどんな方なんですか?」


「それがしは、具足がよく似合う女子がよいな」


「具足ですか......パンストみたいなものでしょうか。ラニさんはいかがですか?」


「猫を肩に乗せてるような益荒男がよいの」


 猫を肩にかー。ん、蜜柑さんがこっち見てる。

 そういえば、肩に猫クロが乗ってるな。


「例えば、この方とかー?」


 蜜柑さんが俺に指をさすと、ラニはぽっと頬を少し朱に染めて頷く。


「この方、温泉宿の宣伝担当なんですよ!せっかくですからどうぞ」


 蜜柑さんに無茶振りされたー!

 でも、宣伝するいい機会だぜ。


「4280円です」


 こらー、コンビニ店員。独り言のつもりかもしれないが、その言葉みんな音を拾ってる!


「4280円......当温泉宿は明日から一ヶ月間、飛騨高山への感謝キャンペーンとして一泊朝晩食事付き、お一人様4280円で宿をご提供します」


「おおー。お問合せはこちらまで」


 蜜柑さんが、大げさに盛り上げてくれて何とか事なきを得た。

 まあ一泊4280円は全く問題無い。


 この後無事屋台をやりきった俺たちは宿に撤収する。

 しかし、思ってもみなかったことが宿に起こるのだ!


 何と、この日の晩から宿泊依頼の電話がポツポツと入り出したんだー!どうやら、骸骨目当てで予約したい若い女性客から電話が入っているらしい。

 クソ猫は何の役にも立たなかったが、俺の癒しだった骸骨くんが客を呼び込むシンボルとなっていたんだ。

 この人気はなかなかのもので、稀に取材が来るほどなんだよ。


 過去と違い、お客さんを驚かせて帰らせることも無くなっていた俺たちの宿はそれなりに繁盛しはじめる。


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