第29話 米を採りにいくんだ

 クロを猫状態に。骸骨くんを荷台のブルーシートの下に。咲さんとマリーは座席に。いざダンジョンへ行かん。行きたくねえけど行くしかない......


 ダンジョンの入り口で少しの間骸骨くんに目を塞がれ、中へ。以前咲さんと来た時同様に、中のモンスターは全て倒れていた。

 真っ赤なうるさいエレベーターに乗り込み、先にマリーと猫を降ろす。

 うおおおおおとエレベーターの声を聞きながらいざ三十四階に。



 三十四階、ここは長閑な田園風景が広がっていた!

 いや語弊がある。確かにどこか懐かしい田園風景なのだけど、稲のサイズがおかしい!何だこのサイズは。

 大木のような稲に米俵ほどの稲穂が一つ。これが米なのか?


「咲さん、あれが米?」


 俺が米俵のような稲穂を指差すと、咲さんは頷き、


「ええ、あの中にたくさんのお米が入ってるのよ」


「うはあ。謎過ぎる」


「まあ、細かいことはいいのよ。手に入れば」


 そ、そうだね。もはや何も言うまい。

 ダンジョンでは突っ込んだら負けな気がしてきたよ。


 エレベーターから出たところで風景を眺めていたんだけど、危険な空気がビンビンするぞ。何が襲ってくるのかドキドキだぜ。


「勇人くん、目を閉じて少し待ってね」


 咲さんの言葉が終わらないうちに、俺は骸骨くんに目を塞がれたんだ。


「いいよ」


 咲さんの声が聞こえたので目を開け、おそるおそる田園風景を進むと、体長一メートル程のスズメが大量に地面でピクピク痙攣していた。

 何やったんだ、咲さん......


 田園風景だけにスズメか。田んぼには巨大な稲が数本刺さっているぞ。田んぼは水抜き後みたいで、泥に埋もれなくてすみそうだ。


 さて、稲を見るか。

 俺が一歩田んぼに踏み出すと、何やら揺れが。


 揺れはさらに酷くなり、俺は何かに打ち上げられた!

 柔らかいものに飛ばされたようで痛みはなかったが、飛んだ飛距離が問題だー!


 たぶん三メートル以上、上空に俺は打ち上がっている。


 しかし、誰かの腕に優しく抱きとめられる。咲さんの腕だ。文字通り腕だけだけど!


「よくも、勇人くんを」


 眼下に見える咲さんは、そう呟くと全身から黒い霧を噴出する。


 あ、あれは、黒いハエの群れ。


 黒い霧は瞬く間に俺を打ち上げたモンスターに向かっていく。

 モンスターは巨大なミミズだった。全身は見えてないが、見えている部分だけで体長五メートルを超える。


 こんな巨大なミミズであったが、黒い霧に一瞬のうちに覆われ、一秒もしないうちに霧が晴れると、跡形も無く消滅した......


――跡形も無くだ。あの巨体を。


 思い出した。俺はアレを何度も見ている。黒いモンスターだ!

 アレに生物的な本能が反応し、俺の感覚が麻痺してしまって気絶したのだ。


 あの黒い霧は俺に根源的恐怖を植え付けた。俺がこれまでみた怪奇現象のうち間違いなく別格の存在。それがあの黒い霧。正体はハエのようなモンスターの集合体。


 あれで、ダンジョンのモンスターを殲滅していたんだ。ハエの群体にもか関わらず咲さんは相手を気絶させたり、喰らい尽くしたり微調整も可能な様子。

 マリーやクロの魔法なるものがどれほど強力なのか想像つかないけど、咲さんの黒い霧は隔絶した強さじゃないのかな? 見ただけで俺に生命的恐怖を与えるんだもの。


「ありがとう、咲さん」


 未だ空中で咲さんの腕に支えられたまま俺は彼女に感謝を述べる。

 しかし、咲さんの目は黒い膜で俺を守ってくれなかったなあ。何でだ?


「ううん。怪我が無さそうでよかった」


 咲さんはそう俺に応えるものの、暗い顔でふさいでいる。


「咲さん、どうしたんだ? 何か良くないことが?」


「ううん。今回は気絶してないよね。勇人くん」


「あ、ああ。今まで助けてくれてたのに気絶してごめん」


「いいの。ついに見られちゃったかあ。人間は黒い霧を見たら、気絶するの。だから、安心してたんだけどなあ」


「見られたくなかったってこと?」


「うん、だってハエを出すような女なんて勇人くん嫌でしょ」


「い、今は平気だよ!」


 ごめん、嘘だ! ハエ怖い! 倒れそうだよ! でも、咲さんの泣きそうな顔を見てると、そんなこと言えないよ。

 しかし、そろそろ地面に降ろしてくれないかなあ。この体勢で会話してると間抜け過ぎる。


「ホントに? こんな女でもいいの?」


「あ、ああ。個性的で悪くないと、お、思うよ」


「嬉しい!」


 咲さんの頭が飛んで来て、チューされた。怖い! 怖いって!

 これはラブコメでは無い、ホラーだ。

 腕に空中で支えられ、生首が飛んで来てキスされてんだぞ。気絶しなかった俺を褒めてくれ。

 三人の中で一番性格が人間に近い咲さんが、一番ホラーとは何という皮肉だ。


「さ、咲さん、降ろして......」


「あ、ごめんね。私昔から抜けてるところあって」


 ようやく降ろしてもらった俺は一息つけた。ふう。全く大変な目にあったぜ。しかし、咲さんの頭が肩に乗っている。俺は無言で彼女の頭を両手で持ち、彼女の首に乗せてあげた。


「ありがとう。勇人くん」


「いえいえ」


 ため息をつきそうになる俺の肩を、骸骨くんがポンポンと叩いて慰めてくれる。うう。骸骨くんー! 怖かったよー! とか、咲さんの前で言えないって。


「じゃあ、米俵に見えるけどあれ採って帰ろうか」


「うん。帰りましょう」


 稲穂の下まで歩いた時、何かヌメヌメしたものが頭を濡らす。

 ヌメヌメは俺の全身を包んでいくと、身体がポカポカと心地良くなってくる。


 何だこれー。癒し系の何かかな。


 呑気に構えていると、ポカポカが服の下にまで入ってくる。

 ますます心地よくなってくる俺。まるで、寝心地の良い布団の中に入っているかのようだ。

 うふふふ。少し気が遠くなってきた......



 目覚めると、咲さんの顔がドアップだった。また気絶したのか俺。でも、咲さんの顔が熱っぽく頰を赤く染めている。

 そのまま唇を奪われ、舌で口を開けられると、何時もの変な感触じゃなく暖かい舌が入ってくる。

 さ、咲さん。何処でそんなテクニックを。俺はキスだけでヘロヘロになりそうな気分にされてしまう。


 咲さんの手がいつの間にか下半身に伸び、あれがあれで気持ちよくなってくる。

 ダメです! 咲さんー!


 彼女は俺にピッタリ抱きついて来て、首筋に舌を這わせてくると、俺に咲さんの身体の暖かさと柔らかさが伝わってくる。

 俺は欲望が抑えられなくなり、柔らかいあれに手を伸ばす。


 咲さんの優しい動きだった手がズボンの下に入ってきた。

 咲さん! もう我慢出来ません!


 咲さんの口にキスをしようときたら、


――世界が壊れた。


 咲さんがガラガラ崩れていき、目の前にまた咲さんが。

 抱き締められたけど、今度は冷たい。


 ん?


「ごめんね。勇人くん。邪魔しちゃって。でも、勇人くん見てたら私」


「ん? 何がどうなって、咲さん、さっきまで暖かかったのに」


「嬉しい! 私で想像してたんだね。でも悔しいよ」


「何のこと? 咲さん?」


「勇人くん、スライムで楽しんでたのに、私、悔しくて......」


「何のことか分からないぞ。咲さん」


「快楽を楽しむスライムと勇人くんがさっきまで遊んでんだけど、邪魔しちやったの。ごめんね」


「さっきの咲さんはスライム? 道理で都合良すぎる展開だと」


「ふーん。どんな展開だったの?」


「い、言えない! あれは俺の妄想にスライムが応えたってことなんだよな?」


「うん。それでどんなのだったの?」


「だから言えないってばー!」


 俺は米俵を担いでいる骸骨くんの後ろに隠れ、咲さんを牽制する。


「もう」


 咲さんは聞くのを諦めてくれたようで、俺たちは帰路につく。

 スライムさん、イソギンチャクさん。俺は君たちのことを忘れない。

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