第22話 イソギンチャクさん
溺れるー!
海中でもがく俺だったが息が苦しくない。さっきのクロからのチューで水中でも平気になったんだろうか? 魔法?
「大丈夫ですぞ。息ができますゆえ」
クロの声が直接頭に響いてくる。俺もお礼を言おうと口を開いたが、海中の為ゴボゴボなるだけだった。何だよ! しゃべれないじゃないか。ゴボゴボ間抜けを見せてしまったよ......
「あ、水の中だと人間は喋れないでござるよ」
息が出来るようになったから、喋れると思ったんだよ......少し恥ずかしい。
羞恥心が幸いしてか少し気持ちが落ち着いてきた。余裕が出て来た俺は海中を見渡してみる。
海中は色とりどりの珊瑚礁が広がり、俺の目を楽しませた。残念ながら魚が見当たらなかったが非常に美しい風景を損なうことはない。ダンジョンに広がる熱帯性の海。斬新過ぎて開いた口が塞がらないぜ!
む、あまりの景色につい何でここに飛び込んだのか忘れていた。
そうだ! 二十メートルを超える巨大カニが出たから、クロに無理やり放り込まれたんだ。
じゃあカニは何処に?
見つけた。巨大だからすぐ発見できたんだが、既にマリーがカニの足を掴んでいる。
彼女は腰溜めの体勢になり、肘を畳むと、俺の方に顔を向けた。物凄くいい笑顔をしているではないか。
彼女はあれほど巨大な毛ガニをジャイアントスイングしようと言うのか!
左右のハサミに付着したイソギンチャクで身を守ろうとカニはもがくが、マリーは「せいの」の掛け声と共に、カニを砂浜の方向へ放り投げた。
あんなの投げ飛ばせるのか? しかしマリーに限って俺の思いは杞憂だったらしくあっさりと巨大なカニは投げ飛ばされる。
巨大なカニが勢いを持って投げられたから、水流が俺の方までやって来て押し流されそうになるが、クロのお陰で事無きを得た。
が、
人間よりふた回りほど大きなイソギンチャクが俺に迫る! 勢い良く投げられた為、ハサミに付着していたイソギンチャクが外れたんだろう。何でよりによって俺のほうなんだ!
このイソギンチャク、美麗な濃い青色で触手が長い。俺は昔海水水槽をやっていたことがあるんだけど、イソギンチャクはカラーによって値段が変わるんだ。長い触手のタイプは茶色、緑色、パープル、青色の順に値段が高くなる。これほど鮮やかな青色なら、さぞ高価なことだろう。
こんなことを、思い出してるのは走馬灯だろうか?
――イソギンチャクが俺にぶち当たる!
あれ、咲さんの目があるのに何故ぶつかる? 黒い膜さんー出番ですよー。
そんな疑問が頭に浮かぶも、俺の体はイソギンチャクに吸い込まれていく。
イソギンチャクの内部はブニブニしていて何とも気持ち悪い感触だったが、独特の生臭い匂いがしない。そら、海中だから臭いは伝わらない。しかし、何だかフローラルな香りが俺の鼻孔をくすぐる。
む、これは何処かで聞いたことがある。学生の時俺はキバヤ理論愛好会というところに所属していたんだけど、同級生の叶くんが海洋生物のミステリーを研究していたんだ。
彼からいい臭いのするイソギンチャクについて聞いたことがある。
そのイソギンチャクは、いい香りで人間を引き寄せ、何かしたそうだが思い出せない。
何故なら俺の意識が遠く......
目がさめると俺は高校らしき教室に立っていた。教室の隅の席に一人、ブレザーを着た女の子が座っている。
大きな目に、短く切りそろえた肩口までの黒い髪。大きな赤いヘアバンドが可愛らしい少女。華奢な割に、良い体をしている。
こ、この人は、まさか。
「み、蜜柑さんですか?」
そう、この人こそ飛騨高山ご当地アイドルの蜜柑さんに違いない! なんでブレザーなんか着てるのか分かんないけど、この顔は間違いなく蜜柑さんだ。
ブロマイドまで持っている俺が言うのだから間違いない!
蜜柑さんは立ち上がると、魅力的な笑みを浮かべて、俺を手招きする。
フラフラと吸い寄せられるように、蜜柑さんの元へ歩いて行く俺を彼女は突然抱きしめて来る。
蜜柑さんからフローラルな香りがするー。至近距離まで迫った蜜柑さんの顔。俺が顔を寄せると彼女は目をつぶり、唇を「んっ」と突き出して来る。可愛い!
これは、チューしていいんだよね?
突然美味しいシチュエーションだけど、もう蜜柑さんから漂う香りに我慢出来ん!
口を蜜柑さんに寄せ、まさに触れ合うその時、
――蜜柑さんが、頭から真っ二つに裂けた。
うわああああ!
余りのショックに俺の意識が遠くなっていく。
◇◇◇◇◇
気がつくと、砂浜だった。
心配そうなマリーと黒髪ぱっつんモードのクロの顔が見えるが、近い。
わざと目を閉じたままで様子を伺うと、「次は吾輩が」「えー、猫のくせにー」とか聞こえる。
不穏な空気をヒシヒシと感じた俺は、すぐ起き上がくべく顔をあげると、唇に暖かいものが触れた。
その正体はクロの唇だった!
何してんだこいつら。落ち落ち気絶も出来ねえ。
「起きたでござる!」
「もうーいいとこだったのにー」
これから何するつもりだったのか聞けない。だってマリーの目が赤く輝いてるから......
「吸ってないだろうな?」
ジーッとマリーを見つめると、彼女は頰を膨らませて「まだ!」とご不満な様子。
「何があったのか教えてくれないか?」
クロが言うには、俺は青色のイソギンチャクに捕らえられたそうだ。
イソギンチャクは俺と遊びたかっただけだったようだが、動転したマリーに真っ二つにされたそうだ。咲さんの目は相手に攻撃意思が無いと働かないのかなあ。
しかし、遊びたかったと。俺も蜜柑さんと遊びたかったよ!
「蜜柑さん......」
「誰それー?」
残酷なマリーよ、お前が蜜柑さんを語るなー! 俺は亡くなってしまった蜜柑さんを偲びつつ、ビーチを去ることにした。
叶くん、確かに居たよ。夢のようなイソギンチャクが。
あ? カニ? それは骸骨くんが運びましたよ。
◇◇◇◇◇
もうすぐ冬なのに一夏の思い出を胸に俺たちは宿へ帰宅する。帰る頃には陽も落ち始めて一日の終わりを告げようとしていた。
軽トラックから降りた俺はカニを骸骨くんに任せ、行きにホームセンターで買ったあるものを取り出す。
そうそう、ダンジョンを出る前、クロに猫へ戻るよう指示している。猫耳に尻尾が生えた人間が一般人に見えたらマズイだろう。何より奴は服を持ってない! ビキニで猫耳尻尾とか外に出れないだろう......もうすぐ冬だし。
蜜柑さんの事で傷心していた俺は、護衛の礼をクロに渡すのも嫌だったが、仕方ない。せっかく買ったんだしな。
俺は宿に入ってから肩に乗るクロに声をかける。
「クロ、気が進まないが今日護ってくれたお礼だ」
「吾輩に!?」
クロは俺の肩から飛び降りて、黒い尻尾をフリフリ俺を待つ。
ビニール袋から、クロへの礼を出し彼女に渡す俺。二足で立ち上がり、前足ではっしと俺の礼を受け取ると、クロの顔が曇る。
「何でござるか?これ?」
「ん、高級ネコ缶だ。一番高いのだぞ」
そう、クロが前足で掴んでいるのは高級ネコ缶だ。猫大好き、ネコ缶!
渋々といった風に俺がクロに説明すると、彼女はガックリうな垂れた。
何故?
「吾輩、猫と違いますゆえ」
「何食べるの?」
「魚とか好きでござるよ」
「猫と同じじゃないか!」
「あう......」
クロが余りにもショックを受けていたから、可哀そうになって来た俺は、
「クロ、一緒に寝るか?」
「いいんでござるか!」
パアッと明るくなり、尻尾を振り乱すクロに俺は釘を刺す。
「ただし、猫のままな」
「分かったでござる!」
この晩何事も無かったので、俺はすっかり忘れていた。重大な事を......
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