第20話 経営大丈夫?
お昼をいただきながら、そういえば経営のことを全く見てないことに気が付いた! 今まで来た宿泊客は家族連れと憎きコンビニ店員のみ。後は町内会の皆さんが温泉に来てくれた。
町内会の皆さんはあれからポツポツ来てくれて助かっているが、どう考えてもそれだけのお客さんで、旅館経営が成り立っていると思えない。
以前怖くて聞けなかったが、いつまでも知らぬふりは不味いだろう。
よし、親父さんに聞いてみよう。
厨房では親父さんが相変わらず競馬新聞を手にうんうん唸っていた。オールバックのダンディな感じの親父さんに、競馬新聞と赤ペンは似合わないんだけど......
ま、まあ人の趣味にあれこれ言うまい。
「親父さん、聞きたいことが」
「何かね? 何でも聞いてくれたまえ。マリーのことかい?」
「いえ」
「勇人君。残念ながらマリーはすぐには成長しない。すまんが我慢してくれ」
「いや、そういうことじゃ」
「何かね? 咲さんかね?」
「ち、違いますって! 旅館のことですよ」
「ほう。私のあとを継ぎたいのかね? どっちがよいのかね? マリーか咲さんか?」
こ、この親父! 話が通じねえ!
「親父さん、寿命とかあるんです? 俺のほうが先に寿命きません?」
「おお。そんなことかね。君がやると言えば君が亡くなるまで任せるよ。ハハハ」
ハハハじゃねえ! ダメだこら。無視して聞こう。
「いえ遺憾ながら、俺がここに来て暫く経つんですけどお客さんが」
「そんなことかね。いいんだ。全く来ていないわけではないから」
「で、ですね。お金大丈夫なんですか?」
「おお。勇人君! 君は旅館を心配してくれていたのかね」
親父さんは安っぽいパイプ椅子から立ち上がると、俺の肩をガッシと掴んで感動を露わにした。
「そうか! そうか! 勇人君。そこまで言うなら、今日の仕入れ君に行ってもらおうではないか!」
「し、仕入れですか?」
「ああ。そうだとも。仕入れだよ。元さんという人が明日来るから、彼に仕入れ品を売るんだよ」
い、いやな予感がする。
「はあ」
「咲さんでもマリーでも連れて行ってくれたまえ。仕入れはカニだ」
「カニですって? ここ飛騨は周囲に海が無いんですけど」
「大丈夫だ。二人に聞き給え」
親父さんと話すると、毎回無茶振りが来るんだけど。とはいえ今回は旅館経営の役に立つことらしい。少なくとも「武装した男」の確保よりは。
◇◇◇◇◇
自室に戻るとクロがまだ寝ていたので、二人に見つかる前に叩き起こすことにした。
クロは猫の姿ではなく、長い黒髪で前髪パッツンの少女のままだった。ちょうどいいクロに聞いてみるか。
「起きろ、クロ」
クロを揺するが、服を着ていないからやりずらい。猫だけに服を着ないのか。こいつが教育係だったからマリーもすっぽんぽんなのかな?
「うーん。吾輩、ゆうちゃん殿のお相手するでござる」
寝ぼけているのか、寝言をのたまうクロの額にデコピンするとすぐ起きて来た。
「い、痛いでござる。お、ゆうちゃん殿」
「起きたか。行くぞ」
「イクでござるか? イクなら吾輩が」
大事な部分が長い黒髪で隠れ、ペタン座りしているクロが身を乗り出してくる。猫のような釣り目を輝かせて。
「待て! なんか勘違いしている! 最初から説明しない俺も悪かった」
「何でござるか?」
「親父さんからカニを採って来いと言われてな。クロならどこで採れるか知ってると思ってさ」
「おお。そういうことでござるか。ダンジョンの四十八階に居るでござる」
「やはり、ダンジョンか。クロだけで行ける?」
「拙者? 拙者は一人でもイケますぞ! でも一人は生物としてダメでござる」
「マリーか咲さん呼んだほうがいいか?」
「ゆうちゃん殿の安全を考慮するなら、ついてきてもらったほうがいいでござるよ」
「なるほど。クロも来る?」
「拙者もイッっていいんでござるか? ぜひぜひお願いするでござる!」
「あ、クロ。猫に戻らないの?」
「ゆうちゃん殿は猫のほうが?」
潤んだ目で俺を見上げて来るクロ。猫耳がピコピコ揺れている。ちょっとかわいい。しかし、マリーと咲さんに加えてこいつまで張り付かれるとちょっとなあ。
いいこと思いついた!
「そうだ。クロ。俺の肩に乗っかっていてくれよ。それなら俺も安心だし」
「ゆうちゃん殿は人間でしたか。拙者、お守りいたす」
ボムっと白い煙があがって、クロは黒猫の姿に戻る。そのままフワリと浮き上がると、俺の肩にそっと乗っかった。
不思議なことに重さは全く感じない。浮いているのか?
「クロは飛べるのか?」
「魔法で飛行できるのですぞ。ゆうちゃん殿も魔法使いたいのです?」
「え? 使えるの?」
「練習すれば、使えますぞ。咲さんの目がありますゆえ」
まじか! 俺魔法使えるのか。どんなことが出来るのか全く分からないけど。
部屋を出るとちょうどマリーがフンフン鼻歌を歌いながら歩いていたので、カニのことを話したら、飛び上がって「行く行くー」とついてきた。
ちょろい奴め。
「あ、そういえばマリー。クロに聞いたんだけど四十八階らしいんだ。三十階より深いところだけど」
「大丈夫だよー。骸骨くんとクロがいたら」
どういう方法で連絡を取ったのか分からないが、骸骨くんたちは一分ほどで俺たちのところへやって来た。
「骸骨くん、いつもすまん」
問題ないとジェスチャーで伝えて来る骸骨くんたち。彼らだけが癒し系だ。クロはもはや......悶々とするだけで癒しにならんのだ。
いっそのことスッキリさせてもらおうかと思うのだが、未知の生物だから何が起こるか分からんぞ。そう思うから何とか俺はとどまっている......
軽トラに乗り込んだ俺たちは、ダンジョンに向かおうとするが、途中でマリーがホームセンターに寄りたいと申し出てきた。
はて?
「ホームセンターにね。服屋さんできたんだよー」
クルクル回転するマリーのワンピースの裾がヒラヒラと揺れる。彼女はいつもワンピースだけど、他の服はないんだろうか?
マリーの言う通り、今月初めにしまむんというディスカウントな服屋? が出来たんだ。
季節は夏から秋に変わっていたので、ちょうど夏物の処分セール中のようだ。マリーは店に入るとトコトコと真っすぐに進んでいく。目的の物があるのかなー。
見失わないようにマリーに追従していくと、処分セール中の水着コーナーだった。
「水着買うのか?」
「うんー。ゆうちゃんがさ、裸がイヤっていうから」
「ん? 何故水着?」
「カニ採りに行くんでしょー。海の中だよー」
何だってー! ダンジョンに海があるのか。すげえなダンジョン。
マリーは黒色のシンプルなビキニと、黄色に水玉模様のフリルがついた水着と迷っていたから両方買うように勧めた。
ついでに俺の水着も買うことに。俺の水着? カーキ色の膝上まであるやつにしたよ。
再び軽トラックに乗り込み、やってまいりました飛騨高山ダンジョン。
入場すると、暗闇の中にビッシリ前みた爬虫類がひしめいていた......マリーや骸骨くんが倒してくれて進んでいくと、明るい広場に出て巨大鶏がコケコケ言っていたがマリーが噛みついて終了。
うるさいエレベータに乗り込み四十八階へ。
エレベーターから出ると、そこは
――ビーチサイドだった......
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