第19話 今度こそ

 マリーが執拗に部屋を覗いてくるから、悶々とした気持ちのまま朝を迎えてしまった。せっかくムフフな本があるというのに何てことだ!

 い、いや制服は趣味ではない。しかしだな。ここへ来てもう一か月近く経つんだが、奴らに囲まれているためそういったことが出来ないんだよ。何がって突っ込まないでほしい。

 わかってくれ。


「どうしたのでござるか?」


 俺の部屋にすっかり居ついたクロが、わたわたする俺を見て尋ねて来る。クロのために、骸骨くんに頼んで座布団を用意してもらったが、彼はすっかり座布団がお気に召したようで部屋にいるときはずっとそこに座っている。

 座布団は緑の生地にぐるぐるマークがプリントされたもので、黒猫と妙にマッチしているから骸骨くん達のセンスは侮れない。


「い、いやまあ。人間の男にはいろいろあるんだよ」


「いろいろでござるか。ん、ケットシーにもいろいろあるでござるよ」


「そういえば、ケットシーってどうやって増えるんだ?」


 クロになら聞きやすい。魔族って人間のように子供を産むのかなあ?


「ケットシーは人間と似ているでござるよ。ただ地上の猫や近縁種とも交配できるんですぞ」


「雄雌で番いになって、子供を産むってこと?」


「そうでござる」


「近縁種ってのが気になるんだけど......どんなのいるの?」


「尻尾が二つに割れている猫又とか、真っ赤な炎で出来た毛皮を持つヘルキャットなどいろいろいるでござるよ」


「ヘルキャットとは交配できないんじゃないの! 燃えてるんだよね?」


「そこはほら、雄の威厳で我慢ですぞ。魔法で誤魔化すのもよしですじゃ」


 クロの口調が安定しねえ! まだ咲さんの恐怖を引きずってるのかよ。魔法か。見せてもらうと楽しそう。

 しかしその前にマリー達が居ない間に聞かねば。


「あ、咲さんのことは語れないんだったな。じゃあ、吸血鬼が子供を残す時ってどんなのなの?」


「吾輩、伯爵様の奥様以外見たことないゆえ、奥様は人間でして人間の子供を産むようにマリー殿が誕生しましたぞ」


 うーん。不明か。そういや親父さんに聞こうと思って訪ねたら、武装した男の逮捕を無茶振りされたんだったな。


「話は戻るでござるが、ゆうちゃん殿、ソワソワしてどうしたのでござるか?」


「あーまあ、何だ発情期というかまあ、そんなところだ」


「人間は発情期が無いと聞いたんでござるが。ああ、オークみたいな」


 オークって何だよ! 豚人間のことか?


「オークって豚人間みたいなやつか?」


「そうでござるよ。性欲がとても強くてずっと持て余してるのですぞ」


「そんなんと一緒にするな!」


「ゆうちゃん殿は持て余してたんじゃ?」


「そんなハッキリ言うな! 俺だって男だから、まあ。でもなずっと張り付かれてるんだよ。マリーと咲さんに」


「ふうむ。一人になれればよいんですかな? 二人にお相手してもらうのはどうです?」


「二人にお相手は無しだ! 何されるかわかったもんじゃないって」


「ううむ、身体が害されなければいいのです?」


「ぶっちゃけそうだよ! 一人になりさえすればいい」


「ダメですぞ。生物として一人は」


「いや、そうは言ってもだな。人間だとそれは普通なんだ」


「そういうことなら、助力いたしますぞ」


 クロの言葉が終わらないうちに、彼から煙がもくもくと噴出する。濃い霧がかかったように、辺りが見えなくなるが間もなく晴れてくる。

 煙が晴れると、緑の座布団にペタンと座っていたのは少女だった!


 黒い猫耳に、黒い尻尾、長いストレートの髪にパッツンの前髪。猫のような愛らしい大きな目が特徴の小悪魔的な顔。惜しむらくは、胸がぺったんこなことか。


 そして、


――すっぽんぽんだった......


「どうですかな?」


 顔を赤らめて塞ぐ少女は、クロなのか? 声まで可愛らしい少女のものに変わってるんだけど。


「ク、クロ?」


「そうですぞ。ちゃんと人間のお相手ができますぞ!」


 パッツン少女――クロは俺の手を取り、下から真っすぐに見つめて来た。恥ずかしいのかまだ顔が少し赤い。何より、二人と違って触れた手が暖かい。


「そ、そんな未成年となんて」


 俺の苦しい言い訳に、きょとんとしたクロは、


「吾輩、これでもゆうちゃん殿の三倍は生きておりますゆえ。人間の言う未成年ではありませぬぞ」


「そ、そうか」


 やばい、ここで抱きしめたりして、柔らかいクロの感触が伝わってくるとしよう。猫耳に尻尾? 問題ない。むしろご褒美だ。

 しかし、いいのかこれは?


「ささ」


 至近距離にクロの顔が迫って来た。もう唇が触れそうだ。大きな猫のような釣り目がじっと俺を見つめている。猫耳もピコピコ動いていて、か、可愛い。


「吾輩じゃあ、ダメでござるか? 何か気に入らないのです?」


 少し涙目になってクロが俺の耳元で囁くと、一旦俺から離れ、ペタン座りすると、


「胸が小さいのがお気に召さないでござるか?」


 座ったまま、自分のおっぱいに手をやるクロ。今にも泣きだしそうな表情をしている。


「い、いやそんなことはない。気に入らないわけはないさ。た、ただいきなり過ぎてだな。人間は恋人同士でするものなんだ」


「ううむ。人間って難しいでござるな。しなきゃいいんでごさるね?」


 不穏なことをのたまってるな、この猫。いかがわしいお店に来たときの客のようだぞ。


「吾輩、ゆうちゃん殿の本で少し勉強したでござるよ」


 またにじり寄って来るクロに俺は少し後ずさる。も、もういいから! とにかく一人にしてくれればいいんだよー。


「分かった! クロのやさしさは分かったから! 元に戻ってくれていいから!」


「やはり吾輩が気に入らないのですな......」


 また涙目になるクロ。一体俺にどうしろって言うんだよー。こんな時に限っていつも邪魔する二人が登場しない。

 俺が少女を泣かせてるようなシチュエーションに我慢ができなくなって、ついクロの頭をナデナデしてしまう。猫耳にもしっかり触れて撫でてみるが、これはモフモフして気持ちいい。


「ゆうちゃん殿」


 そっと俺の胸に手を当て、俺を見上げるクロの頭を無言で撫でる俺。しばらく続けていると、気持ちいいのか、目を細め俺の胸にしな垂れかかって来た。


「もっと撫でて欲しいでござる。でも吾輩が気持ちよくなっては......」


 モフモフが気持ちよかったので、さらに俺はクロの頭を撫で続けていると彼女から寝息が聞こえてくる。

 そっと、彼女の頭を座布団に乗せて寝かせると、上から布団をかけてやる。


 クロは二人と違ってやはり体が温かくて柔らかくて一線を越えそうで怖かった。余計悶々とした気持ちが高まってしまった俺はムフフな本を手に取り、どこに行けばいいか思案する。


 トイレ? 悪くないが、トイレは共同トイレだ。部屋から外に出ないといけない。だから誰かに会う可能性が高い。

 ならば、このままここでするか。それも悪くないが、クロの寝息が聞こえてきて変な気持ちになる。


 そこで俺は、部屋の押し入れに潜り込むことにした。

 しかし問題が。


 暗い!


 いや、咲さんの目があったことを忘れていた。押し入れの扉を閉めると真っ暗だったが、問題ないバッチリ見える。何がとは言わないが。

 よし、ここならいける。


「ゆうちゃんー。お昼だよー」


 遠くから俺を呼ぶマリーの声が聞こえて来た。ち、ちくしょうめ!


※いい加減このネタ引っ張り過ぎですね。

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