第65話 起動
すると、俺の隣で静かにしていたリリスが俺に声をかけてきた。
「じゃあ、僕が起こしてあげるよ」
「なに?」
リリスはメイドに歩み寄ると、メイドの手を両手で握って静かに目を閉じた。
そういえば、この妖刀はなんだかんだ言って精神支配の魔法の媒介になっていた。
つまり精神干渉が得意な妖刀だったりする。
いまも夢の中に入り込んで、さっさと起こそうとしているのだ。
数秒後、メイドは急にうなされるように苦しみもがいていた。
と思ったら目を全力で見開くと、
「だめ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!! え?」
叫び声をあげて起き上がった。
一体、リリスは夢にどんな介入の仕方をしたのかは知らないが、そうとうに嫌らしいことをしたのだけはわかった。
どうせ恐怖体験の夢で叩き起こしたのだろう。
「どうやら本当に生き返ったらしいな」
メイドは周囲を見回して、首をひねった。
「あれ……私どうして……」
どうやら、死ぬ寸前の記憶が飛んでいるらしく、秘書が説明していた。
暗殺者を倒すために、身を犠牲にして相手を抑え込み、そのせいで毒を受け、死んでしまったと。
「にしても、こうも簡単にいくものなのか? 人を生き返らせるのが……」
「それは……違います」
そう言ったのはメイド本人だった。
「違う? 何が?」
「私は人間じゃないですから……」
メイドはなぜか申し訳なさそうな表情だった。
俺は息をのんだ。
このメイドさんは何を言っているのだと。
確かに電気パルスを操作する際に、あまりに容易(たやす)くできたことは気になっていた。
自分の脳ならまだしも、他人の脳の電気パルスをシナプスを特定して操作するなんて、通常はできない。
砂浜からダイヤの粒を探し出すようなものだ。
それがなんというか、構造が単純に思えたのだ。
外見は人間のようなのに、まるで思考のための回線や意識の回線があらかじめ構築されているようなあの違和感。
脳の電気パルスを使用するのに消去法が使えた謎。
その理由が人間でないといった言葉で現実味が出てきた。
「私もさっき聞いたばかりですが、本当ですよ。彼女は魔法生物と俗に呼ばれている存在です。種族としては人間には当たらず、『完全人工魔法生命体』となります」
秘書はすでにメイドが人間でないことを知っているらしい。
俺はメイドの表情と合わせて、どうして申し訳なさそうにしているのかわかった。
もしかすると、『人間を蘇らせることができた』という偉業にケチをつけることになる事実を言ってしまったとメイドは思ったからかもしれない。
「いや、別にいいんだ。あなたが人間であるかどうかはあまり関係ない。え~と名前はなんだったかな……?」
メイドは言われるがまま名前を答えた。
「ルルミーです」
「そうか。ルルミーさんが生き返ってくれることが俺の目的だった。家の返却条件のことも話し合いしなきゃだしな」
「でも……」
「もし他の『人間』が死んでいても俺はこうして手を差し伸べることはなかったから気にしないでくれ。むしろ俺は誰かを助けないことの方が多いかもしれない。俺が助けたかったのは人間なんてありふれたものじゃなくて、ルルミー個人の命だ」
メイドは俺の言葉になぜか涙を浮かべて聞いていた。
別に大層なことを言ったつもりはない。
むしろ、家のために生き返らせたいと言う自己中心的な理論だと自覚している。
それでも俺はメイドの口からある一つの言葉が聞けて良かったと純粋に思った。
「ありがとうございます。あなたは命の恩人です」
それと同時に、こんな時でさえ俺自身にとっての利得(その恩で家を返してもらいやすくなった)と思ったことに自分でも嫌になった。
当たり前の環境で育たなかっただけで、人として普通で当たり前として思えるような思いやりが俺にはない。
この苦痛はきっと誰にもわからないだろう。
その後、しばらくしてメイドさん改め、ルルミーさんに家とその土地の返却について交渉をした。
と言っても交渉にすらならなかった。
税の支払いさえ可能ならすぐにでも無条件で返してくれるというのだ。
その場で不払いの税を支払って、ハンコのついた利権書を受け取った。
秘書さんは途中で衛兵の詰め所を出て、最後のかたをつけてくると出て行った。
おそらく暗殺者を雇った貴族に制裁を加えに行ったのだろう。
それから少しだけルルミーさんと話をして、そこで聞いたある大事な事実を伝えるために皆の待つ宿に戻った。
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