第60話 パンツ

 次の日の朝、俺たちは城を飛び立った。



 とはいえ、その出発までの時間さえもいろいろ起こり、筆舌に尽くしがたいものがある。



 ――出発の数時間前。



 俺はこのぎこちない雰囲気の中で王の間へと足を運んでいた。

 もちろん、4人と1匹が一緒だ。

 俺の隣に妖刀のリリス、その逆隣りにモニカ、後ろからディビナとフィーだった。

 

 なぜぎこちない雰囲気なのか?


 変な圧迫感を感じていると言い換えてもいいかもしれない。

 ぎくしゃく?ともなんか違う。


 これを感じているのは俺だけではないだろう。

 空気を読む術に長(た)けていない俺ですらこの異様な雰囲気を他の4人の女の子から感じるのだ。



 我慢しきれなくなったと言う顔でモニカが気になっていたことを切り出した。


「その……リリスちゃん? どうしてそんなお兄ちゃんにベタベタくっついているのですか?」


「どうして? 主様はボクのパパだからだよ?」


「む~~~~~」


 モニカは頬を膨らませていた。


 俺はそんな姿を見てなんとなく気付いた。

 モニカは妹で一番俺と距離感が近かった。

 でも今はその距離感が子どもであるリリスの方が近いのだ。


「ボクは主様の子どもだから、ね?」


 とはいえ、俺の腕をつかんでいるリリスのやっていることは、別に子どもなら誰でもすることではないはずだ。

 その論理が著しく破たんしている理屈に嫉妬心を燃やすのもモニカの頭がどこか少し抜けているからかもしれない。


「ディビナちゃんはいいのですか?」

 

 ディビナはというと終始笑顔だった。


「構いませんよ。ええ、ほんとに。これっぽっちも気にしていません……」


 だが、逆にこの取り繕った笑みが怖い。

 愛想笑いの下に何が隠れているのか分からないのだ。


 ふと俺はフィーの方へ視線を向けた。


 いつもの明るい表情をしていたのだが……。

 なんていうか、何らかの決心を決めたという雰囲気だけがわかった。

 こっちはこっちでホントに怖いな……。


 モニカはただ小さい子がすることに腹を立てることはしないが、妹であるプライドは捨てられなかったらしい。

 リリスに張り合うことにしたようだ。


「じゃ、じゃあ、私もっ!」


 俺の左腕をモニカは両手でぎゅっとつかんだ。


「お、おい……歩きにくいんだが」


 俺は俺で、他に考えることがあって大変なのだ。


 それは、ダンジョンで拾ったパンツの件だった。


 どうやって機能あんなことのあった魔王メアリスに返却すべきか?

 何度かシュミレーションしてみたのだが、上手い言い訳が見つからない。

 だいたいパンツを拾ったって何だよ……って話だ。


 そもそも、なぜメアリスはあんなところにパンツを落としていたのか?

 よくわからないから、どの言い訳が正しいのか分からない。

 まあ、ここまで来たら当たって砕けるしかないか。


 王の間に行くと、そこにいたのは魔王メアリスと顔見知りの騎士が二人だけだった。


 メアリスが声をかけないことに男の騎士レドルは困惑して、先に俺たちへと声をかけてくる。


「おお、来たか。もう出発するのか?」


「そうだ。少しの間だったが、世話になったな。それで……」


 俺はポケットから二つの布切れを取りだした。

 そのままメアリスの前まで階段をのぼって歩いていく。


「……どうしましたか?」


 ようやく声を出したメアリスは、昨日の醜態を恥ずかしがるように俺から視線をそらした。


「いや、そのなんだ……これを返そうと思ってな」


「これは……?」


 俺が手に持っているのは二枚のパンツだった。


「その、ダンジョンの最下層で拾ってな。何かの暗号?と思ってそのまま持ち帰ってしまったんだ。受け取ってくれ……」


 正直、人前でパンツを渡す言い訳をしながら女の子にそれを受け取ってもらう光景は、顔から火が出るほど恥ずかしいものだった。


「そうでしたか……でも」


 俺はメアリスの表情を見て、まさか受け取りを拒否されるのかと一瞬頭によぎる。


 が、そうではなかった。

 メアリスはちゃんと手に持ったパンツの一枚をゆっくりと手に取った。


「これは私のですが、こっちは違います……」


 俺は一瞬何を言われたのか分からなかった。


「え~と、こっちは……?」


「私のものではないですね……」 


 俺の手に残ったパンツと、メアリスの受け取ったパンツの2枚をよく見比べて見ると、少し色が違うことに気づいた。

 手に残った方は少しだけベージュの色が混ざっている。

 そして形から、残った方が村の上流で川をせき止めていたダンジョンから拾ったものだと気づいた。


「それじゃあ……別の誰か?」


「はい」


「え~とちなみに聞いていいかな? なんであんなところに落ちてたんだ?」


「それは落ちていたのではなくて、置いてあったのです。ダンジョンというのは支配権が明確に決まっていて、最下層の中心点に魔王の肌着を置くのが一番効率が良かったのです。当時はまだ私の魔法は支配数が足りずに弱いままでした。それを補うための苦肉の策で、下着を置くことにしたのです」


「そ、そうか……」


「まさか、最下層にまで来れる人がいるとはだれも思いませんし……。無くなった時は驚きましたけど。どこか別の場所に置いたのではないかと探しましたし、レドルさんに疑いをかけた時期もありましたし……」

 

 それを聞いた男の騎士は、うんうんと頷いた。


「それはすまなかったな……」


 どうやら、ダンジョンを出入りしていた唯一の男に疑いがかかったようだ。

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