第52話 覚悟

 横からディビナの声が聞こえてきた。


「コウセイさん! どうしたんですか? こんなこと止めてください!!」


 モニカもそれに頷く。


「お兄ちゃん! こんなこともうやめて!!」


 メアリスが怯えた表情から一転して真剣な瞳を宿す。


「こうなったらもう仕方ありません。私が彼を……殺します」


 そう言って黒い木の棒を俺へと向けた。


 そのまま地面を叩くと、黒い魔法陣が浮かんだ。


 地面から突如として黒い腕のようなものが出現し、俺を拘束しようと迫ってくる。

 それを妖刀が近づいて来るものから順に切り落とす。


 無限に出てくる黒い腕を斬り続ける状態の中……、


 俺の光による攻撃索敵のためのセンサーが何かをとらえた。しかし、俺は妖刀で黒い腕から逃れるのに手いっぱいで迎撃することができなかった。

 物質支配の能力が……使えない?


 俺は気づいた瞬間、妖刀を持っていた右腕を切り落とされていた。


「ぐあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 激痛が腕からせりあがってくる。


 俺はすぐ目の前で、剣を振り下ろした者を見つめた。

 その剣には、蔦(つた)がグルグルに巻き付いていた。

 これは明らかに能力対策だ。


 姿も見せずに接近できる能力を持つものが、俺の腕を切断したのだ。


 それこそが、泣きながらかすかに微笑んだモニカだった。



 切られたその瞬間、頭のモヤが晴れたような気分になった。



 地面に突き刺さった妖刀と俺の右腕は、そのまま動くことはなかった。


『あ~あ、主様。せっかく「堕ちた」のに、ここまでのようだね。支配中に能力のほとんどが使えなかったのはちょっと予定外だったけど……』


「なに……言ってるんだ」


『聞いてなかったのかい?』


「……何を?」


『以前、忠告したよね。僕は君の能力で支配できる刀じゃないって』


「ああ、聞いた」


『じゃあ、なんで……主様(ぬしさま)は僕の持ち主みたいな顔をして、僕を今まで使っているつもりになっていたんだい?』


「なっ……、お前!」


 俺は記憶には残っている今までの出来事と、この悪夢のような状況を振り返っていた。

 確かにこの妖刀は、俺の能力の支配下には置けない。

 そして何よりも……


『そうさ……、答え合わせだ。僕は誰の手によってつくられたのでしょうか? ヒントはいらないよね?』


 見下したような、嘲笑ったような声でそう冷たい声が脳内を駆け巡った。


 そして、一つの答えが浮かび上がった。


 この刀を用意して、俺を殺すように指示を出していた人間。


 そんな奴は一人しかいない。


 ――マルファーリスか……。


『ピンポンピンポン。大正解だよ!』


 しかしいつから……。

 妖刀は精神を支配すると言うが、あまりにも迂闊だった。

 武器というのはそれを所持していれば持ち主になれる。そう思ってしまっていた。

 主様……なんて上っ面の言葉だけでずっと信じ込んでいた。


 知らず知らずのうちに自分の懐に危険を招き寄せていた。


「くそっ」


 あのマルファーリスが死んでも、その負の遺産がまだ残っていたのだ。

 しかし、精神を侵食されていたのはいつからなのだろうか?

 気付いた時にはもう俺はメアリスを殺すだけの殺戮者になっていた。


 いや、そもそも……マルファーリスは本当にこの世界から消えたのか?

 俺の能力で精神支配を排除できていなかったこの状況。

 電気パルスを操る能力は、パッシブではないから、意識して精神支配を解除しないといけない。


 そして、俺は現に今、巧妙に精神を支配されていた。

 俺の心臓の治癒の魔法の時のことを思い返せば、刀が自分勝手に魔法を使えないことはもう知っている。


 なら……答えは一つだ。


 妖刀を介して俺の意思ではなく、誰かの意思で精神系の魔法を行使していた。

 それも一人しかいないだろう。

 あのロリババア!!!!!!!




『これまた正解……これはちょっと予想外かな』


 そのけらけらと笑う声だけが脳内に響く。


 だが、世界から消した人間が、どうやって精神魔法まで使ってこんなことをできるんだ……。


 まあいい。一つ確認しないとだな。


 じゃあ、さっき『王の間』で聞こえていたモニカたちの会話も幻覚みたいなものか……。それとも声だけ入れ替えられていたのか……。


『それはどうかな? 本当はそう思っているのかもしれないよ?』


 俺はその妖刀の言葉を否定することができなかった。


 あれが彼女たちのつくられた偽物の気持ちだったと言ってもらえるのを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。だが、それを否定してくれるものは誰もいなかった。


 俺はさっき腕を切られた時に見たモニカのあの涙をまた信じられるのだろうか……。


 今目の前で泣いているディビナやモニカは心の中で本当はどう思っているのだろうか?

 そんな不安とともに俺は意識が薄れていった。


 目を覚ますとそこにはディビナとモニカ、ついでにフィーがいた。


「あ、起きました」

「お兄ちゃん? 大丈夫ですか? 意識は戻りました?」

「いや~、ほんとどうなるかと思ったっスよ~」


 モキュはいないようだった。



「ここは?」


「王城の医務室ですよ」


 俺はぽつりとこう言った。


「……悪かったな」


「いいんですよ、別に。気にしてません」


 ディビナは首を振った。

 モニカも頷いた。


「お兄ちゃんが悪いんじゃないですから……」


「ああ、そう……だな」


 俺は思ってもいないことを言うと、一つ頷いた。


「それにディビナちゃんはすごいです。あんなこともできるなんて」


 どうやら剣を加工していた植物の蔦のことらしい。


「いいえ、妖刀に気付いたのはモニカちゃんですから」

「そうですか? ここまでずっとお兄ちゃんの戦い方を見ていたからかもしれません。いつもと違って刀一辺倒だったので。男の騎士の方が私に、『精神支配の核があるかもしれない』って言ったのもきっかけだったので」


「そうか……」


 なんか、殺そうとした奴らにまで助けられてしまったのか。


 とりあえず、城の奴に事情を説明して、これからのことも話さないとな。


 俺はそう思ってもう一度眠ることにした。

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