第4話 高校二年生 4月 妹な神様も押しかけてきて姉妹で恋人でお嫁さん
「今日から家族が増えるから。」
二年生になってすぐの日、海沙お姉ちゃんが唐突にこう宣言した。
「二人だけの家族というのもちょっと不健全な感じだし、ちょうど遥の妹になりたい子がいるから、きょうだいになってもらおうと思って。」
え? こんなに突然? 心の準備が……。
「じゃ、紹介するね。」
「遥お兄ちゃん、はじめまして!」
新しい感じの声が心のなかに浮かぶ。
「ちょっと私のこと感じ取ってみて?」
いきなりこう来ますか。
「私と同じでこの子にも実体がないから、こうするのは仕方ないでしょ?
あんまり言いたくないけど、遥のイメージ力は特に悪くはないけど、抜群というわけでもない。声だけなら比較的安定して伝えられるけどそれ以上は厳しいでしょ?
だから、まずは心を開いて素直に感じ取りなさい。」
わかったよ、海沙お姉ちゃん。
「じゃあ、行くよ?」
うーん。いまいちわからない。
「もうちょっと頑張ってみてね? 私も頑張るから。」
やっと少し流れてきた。
緑、若葉色のイメージ。
「まあまあ、かな? そんな感じでいいと思うよ?
ついでに私の名前を当ててみてね?」
そういえば海沙お姉ちゃんのときもやったな。
「この世界でのお約束みたいなものだから。
ここがクリアできないと、縁がなかった、と思うしかないんだよね。」
若葉、葉のイメージ。「は」の音はある。
そして円のイメージ。円、玉、鏡、満月。月。「つき」。
音でなく、モノでイメージしてしまう。
字は葉月、読みは「はづき」、じゃなくて「はつき」?
「はつき」ちゃんかな?
「正解。はづき、と濁るより、はつき、のほうがかわいい感じがするでしょ?
末永くよろしくね? 遥お兄ちゃん?」
こちらこそよろしくお願いします、
「遥お兄ちゃん? お兄ちゃんだから、これからは妹を『はつき』と呼び捨てにしてね?」
え? 神様を呼び捨てなんて、絶対無理だって。
「遥お兄ちゃんは妹のお願いを聞けないお兄ちゃんなんだ。へえー。」
本当にいいの? 呼び捨てで? そうしなきゃダメ?
「遥お兄ちゃんにとって、私は呼び捨てにできないくらい、関係の薄い、よそよそしい、どうでもいい女なんだ。
遥お兄ちゃん、薄情なんだね。
私が嫌いなの?」
わかったよ、葉月。
「よくできました、遥お兄ちゃん。
せっかくだし、もうちょっと私がどんな子か考えてみて。」
女の子らしい優しさを感じさせる、淡い緑色のシルエットがぼんやりと見える。
緑というより
ふわっと広がるシルエットはワンピース姿なのだろうか。
ゆるくカールした黒い髪。
黒目がちで吸い込まれそうな目元。目が大きく見える長いまつげが似合いそうだな。
隣りにいると、黒い瞳に心が吸い込まれて、落ち着く感じがする。
ふんわりと紅をさしているようで、幼さを感じさせる、ふっくらとした頬な気がする。
良く笑う、ぷっくりとした唇。
かわいい妹、といった印象。
首元まで隠されている、だけど隠しようがない胸の豊かな膨らみ。
年下の女の子というより、心身ともにしっかりした女性なのかな。
その上に揺れる、鏡のように磨かれた、丸い翡翠色の首飾りのイメージが頭に浮かぶ。
うん。
この子、かわいい。
「かわいいって言ってくれてありがとう、遥お兄ちゃん。」
どういたしまして。
海沙お姉ちゃんとは違うタイプの美人だ。
海沙お姉ちゃんは、長くて艶のある、まっすぐな黒髪。
涼しげな、それでいて意思の強さを感じさせる目元に黒い瞳。
海の雫のような青い瑠璃のピアスが揺れる耳。
すっと通った鼻筋。
赤くて大人っぽい、薄めの唇。
くっきりしたあごのライン。
気になる鎖骨と、胸元に心が吸い込まれそうな谷間。
方向性が少し違うせいか、二人の魅力は甲乙つけがたい。
「それじゃあ、遥お兄ちゃん。両手出してみて?」
こう?
俺のイメージ力だと、目の前の解像度が悪いというか、目が殆ど見えない人のような感じがする。さっき無理しすぎたのかも。普段から見慣れていない、初めての相手だと余計に疲れる。でも、強い気配はわかる。そして俺は精一杯、葉月に付き合うことにする。
葉月が俺の両手を握った気がする。
「遥お兄ちゃん、どんなふうに感じる? 思った通りに答えて?」
……海沙お姉ちゃんとは違う感じ。お姉ちゃんは、エネルギーがストレートに流れて来るけど、葉月は柔らかく、包んでくれるようなイメージを感じるな。
「遥お兄ちゃん、いい感じだよ? 私たちのエネルギーの流れは遥お兄ちゃんが感じる通りなの。
海沙お姉ちゃんはストレートに。葉月は柔らかく、癒すようにお兄ちゃんにエネルギーを注いじゃうからね。
だから、遥お兄ちゃんは葉月をいっぱい、いっぱい甘やかして、かわいがってね?」
いっぱい甘やかすの?
「だって、かわいい妹でしょ?」
まあ、そういうことになるよね。よろしくね、葉月。
「あ、これ内緒だけど、お姉ちゃんに怒られたら、私がよしよししてあげるね。
だから、遥お兄ちゃんもよしよししてね?」
わかったよ。一緒に怒られてあげるよ。
「ありがとう、遥お兄ちゃん大好き!」
葉月が抱きついてくる感じがする。
俺よりちょっとだけ背が低い、中学生くらいの感じだろうか。
俺、まだ葉月のことよく知らないよね。海沙お姉ちゃんとはたくさん話したけど、葉月はさっき初めて会ったばかりだからさ。葉月のこと、いろいろ知りたいんだ。例えば、どんな好みなのかとか……。
「こら、そこ。内緒話になってないよ。お姉ちゃんのいないところでやるから内緒話でしょ。
罰として葉月を叱るときは遥も一緒ってことで。」
「お兄ちゃんだもん、当然よね。」
……なんだか横暴な妹が増えた気がする……。
「ん? 遥お兄ちゃん、何か言った?」
いや、何も言ってないよ。
「そう、じゃあいいの。これで仲良しきょうだいね。」
これから三人きょうだいか。現実では一人っ子だけど、きょうだいがいるっていいな。
「遥お兄ちゃん、おやすみなさい。また明日ね。」
「遥、おやすみ。疲れただろうし、ゆっくり眠るといいよ。」
おやすみなさい、海沙お姉ちゃん、葉月。明日もよろしくね。
◆ ◆ ◆
翌日の休み時間に自分の席でつい考え込んでしまう。
昨日の夜の出来事は夢だったんだろうか。
「海沙お姉ちゃん」という自称「神様」の自称「姉」がいるだけでも、考えてみたら異常だ。それに加えて「葉月」という、これまた自称「神様」の自称「妹」ができた。こんなことがあっていいのだろうか?
「小郡さん、複雑な顔してるけど、何かあったんですか?
まさか遠藤兄貴のエロ本を捨てられて、それで罰金取られそうで憂鬱なんですか?」
「そんなことないよ。」
「何もないなら何もないでいいですけど、小郡さんが落ち込んでると、俺も遠藤兄貴も困っちゃうんですぜ? マエストロの解説があるとエロ本を二回楽しめるのに、小郡さんがいないと一回しか楽しめないじゃないですか。」
「いや、ほんとになんでもないって。」
「マエストロがそう言うなら別にいいんですけど、マエストロが元気出してくれないと悲しむ人が居ることは覚えておいてくだせえな。」
俺、そんな変な表情してるのかな?
でも、俺が元気がないと悲しいと言ってくれる「友達」がいるというのは嬉しい。たとえそれがエロつながりであっても。
「そういえば春休みに乗り鉄してた時にけしからん連中がいたんですよ。
山あり渓谷ありの車窓を楽しんでいたら、
『お兄ちゃん、ちゅーして?』
『妹相手には無理だよ。』
『じゃあ、私からちゅーしちゃうから。』
といちゃついてるバカップルがいたんですよ。
のんびりと車窓の風景を楽しもうとしてたら、兄と妹で近親相姦。一日五往復しか通しで乗れる便がないド田舎のローカル線だし、乗客がほとんどいないから禁断のエロにふけっていたんだろうけど、実にけしからん、いやふざけた話ですぜ。思い出すだけでむかついてきますよ、ほんと。
バカどもを怒鳴りつけるのも大人げないし、一本後の列車にするとその日の目的地への到着が大幅に遅れるからこれも無理。単行、つまり一両しか無い列車で逃げ場はないし、発狂しそうになった不愉快な一時間半でしたな。」
「ああ? 何だそいつら。
外でやるなら車買って、空きが多いパーキングエリアの片隅で誰にも迷惑かからないようにいちゃつけよ。」
「遠藤先生! 俺、間違ってないですよね?」
同調者が現れたことで樺山がエキサイトしてきた。
「おう。俺だってお姉さんとは家の中でも外でもいちゃつきたい。
でも他人に迷惑をかけるのはよくない。
樺山を不愉快にした以上、そいつらはアウトだな。」
「マエストロはどう思います?」
「小郡は妹よりお姉さんだよな?」
微妙に怒るツボが異なる二人。
葉月ちゃんのことが頭をよぎる。
「遥お兄ちゃん。私のことは呼び捨てにしなさい、って言ったよね?」
心のなかで声がする。
葉月、本当にいるんだ。
妹よりお姉さんと主張する遠藤に同意したら、俺は葉月を裏切ることになる。
そんなことは許されない。
どうする? どう切り抜ければいい?
そうだ、遠藤の別のセリフに一部同意すればいいんだ。
「近親相姦じゃなければいいと思う。
そもそも義理だったら問題ないし、それに、盛り上がるための一環としてのきょうだいプレイだったら、これまた背徳的な感じがしていいんじゃない?」
「マエストロらしい解釈、ありがとうございます!
そうですよね、実の兄と妹だったら犯罪ですよ。
あれは実の兄と妹でなくて、義理、もしくはそういうプレイだと思い込むことにします! そうでなければ俺のハートが耐えられません!
それにしても、あの二匹は実に犯罪的ですな!」
「近親相姦ごっこ、か。悪くないな。
俺もお姉さんの彼女ができたら義理の姉と弟ごっこをしてみるか。
樺山、おまえの敵は俺が取る。」
「お願いします! 遠藤先生!」
「そうだ、エロ本も家族ものを手に入れてみるか。
ナイスアイディアをくれた小郡には、あとで褒美にエロ本を一冊、タダで貸してやろう。」
◆ ◆ ◆
布団に入る時間になった。今晩も葉月が混ざるんだよね。
「じゃ、三人きょうだいになったわけだし、きょうだいの絆を強めないとね。
やはり、心を通わせるにはエロだよね。」
え? 何でそう来るの?
「そりゃあそうでしょ。心を通わせるにはエロいことをするのが一番なんだから。気持ちいい、幸せ、大好き。質の高いエロがあると、そんな感情が流れ込んでくるんだよ? こんなに素晴らしいことなんて、そうそうないんだから。」
海沙お姉ちゃんがこうやって「エロ」を連呼するとこっちが恥ずかしくなってくる。
でも、葉月とは昨日知り合ったばかりなんだよ? そんな、いきなりなんて変だよ。
「葉月、あんた、遥に好意もってるよね?」
「もちろんだよ?」
「遥とエロいことするの問題ないよね?」
「問題ないよ?」
「何で?」
「私は遥お兄ちゃんの妹であるだけじゃなく、遥お兄ちゃんとは恋人同士になる運命なのです。人間相手では浮気は許されませんが、神様は人間とは別腹、その上、合意の上であれば神様の相手は何柱いても問題ありません!
もちろん、遥お兄ちゃんが私のことが嫌い、といえば泣きながら遥お兄ちゃんの前から消えますが、遥お兄ちゃんはそんなことしないよね?」
……しないよ。
「よかった。私も遥お兄ちゃんを大切にするから、遥お兄ちゃんも私をいっぱい、恋人のように愛してね?」
展開が急すぎて状況がよくわからないけど、頑張るね。
「遥、今日読んだエロ本のあらすじを思い出してみて。」
えー? 知り合ったばかりの妹の前でするの?
「姉の私がやる、といったらやるの。葉月も異論ある?」
「もちろん、ないよ。」
「それに葉月と仲良くなるためのいいチャンスなんだから、遥も文句言わない。
いい、葉月? 遥はこうやって強く言われないと何も出来ない子だから、ガンガン攻めること。」
「はい、わかりましたー!」
はぁ。やらないといけないのか。
葉月が来てから、海沙お姉ちゃんが一段と横暴、じゃなかった、体育会系になった気がする。
タイトルは、「夜の畳」だったっけ。
女子寮の大浴場に潜入した若い下着泥棒の話だったよな。たまたま大浴場に柔道の達人がいて、その子に泥棒が捕まった。泥棒は技の練習台としてみんなの前で柔道の技でボコボコにされるんだけど、泥棒はそのお姉さんの体に欲情してしまい、当然のことながら股間の膨らみがばれてしまう。抵抗できないくらい弱ったところで女子寮の皆さんに尋問され、罰として女子寮のお姉さん方の前で恥ずかしい思いをさせられ、パンツを没収されて解放されたんだっけ。
「遥は下着ドロなんてつまらないことはしないよね?」
「やっぱり、やるなら私達のお風呂の覗きだよねー。」
海沙お姉ちゃんはいつものノリなんだけど、葉月も似たようなキャラだったとは。だから海沙お姉ちゃんは葉月を呼んだのね。
「そして覗きはバレるのがお約束。逃げる途中にこけて頭を打って気絶する遥、間抜けでかわいらしいよね。」
「言ってくれたらいつでも私達が相手してあげるのにね。」
「どうしようかなー。こういう変態さんは、やっぱり、全裸にして縛り上げちゃおうか。」
「そうそう。ガムテープは可哀想だからロープか縄跳びかな。」
「縄跳びとはまたマニアックな! 葉月やるじゃないか!」
「えへへ。お姉ちゃんに褒められた。」
一人増えても相変わらずいつものノリだ。
「もちろん変態遥をこの後に私達がお仕置きしちゃうんだよね。
大浴場だから服着てない子もいるよね。」
「バスタオル姿だといまいち興ざめかな。」
あのぉ。どうして捕まるのは俺なんですか?
「遥は私達にどんな姿でいてほしい?」
質問スルーされた。
……バスローブ姿?
「悪くないチョイスだな。」
「本当はもっとえっちな下着着てほしかったりして?」
「遥、遠慮しなくていいんだよ?」
「お兄ちゃんはすぐにはだけるバスローブがいいの?」
「葉月、甘い。バスローブの紐で遊んで欲しいんだ。」
「遥お兄ちゃん、縛られるのが好きなんだ。ほんと、えっちなお兄ちゃんだね。
でも、すでにぐるぐる巻きだから、一捻りしたいな。」
「どうするの?」
「私のバスローブに遥お兄ちゃんを入れて、それで前を縛っちゃうの。
遥お兄ちゃんの裸の背中に私の裸がくっついちゃうけど、遥お兄ちゃんは縛られているから興奮しても何もできないんだよ。おっぱいがあたって欲情してても、我慢するしかないんだよ?
そして、私が遥お兄ちゃんを撫でながら、後ろから舌の届く範囲をペロペロしちゃうの。
裸で身動きがとれない遥お兄ちゃんに私の攻めに耐えてもらうのが、私からのお仕置きかな。」
背中や首筋を舌で攻められるの、ぞくぞくしそう。
でも、葉月、本当にこんなキャラなの?
「それじゃ、私もバスローブ着て前から襲っちゃうか。
まずは前を開けて私のおっぱいを見てもらわないとね。
興奮しても覗きの罰として下はさわってあげないからね。
苦しくて助けて欲しくてもお姉ちゃんは前から迫りまーす。
両手で頭を固定して、逃げられない状況でディープキスで、叫び声をあげられなくするの。
激しいキスの刺激で抵抗する気力がなくなった遥の肌に、つーっ、って手の爪を這わせるのも捨てがたいな。
犯罪者には優しく撫でるのではなく、爪の固い刺激のほうがふさわしい。
私の足で遥の足をさわさわするのもいいかもね。もちろん、足の裏とか足の爪とか、普段は使わないところで手荒に攻める。
二着のバスローブの中で変態のぞき魔の遥が美女二人のサンドイッチになってるなんて、いい絵だよね。
わざわざ覗かなくても、私も葉月も、遥をいっぱいかわいがってあげるのに、それでも覗いちゃうのが男の子なのかな?
変態遥は私達に挟まれて二人がかりの強い刺激で気絶するまで悶えるんだよね。」
「そこは私達の腕の見せ所だよね? 遥の意識を飛ばしたほうが勝ちってことで。でも、二人が同時に攻めている間に失神したら引き分け。海沙お姉ちゃん、こんなのどうかな?」
……あのぉ。葉月ちゃん、ずっと思ってるけど、きょうだいになったばかりの俺にこんな話を延々とするのって、よくないような……。
それに、こんな性格だったの?
「遥お兄ちゃん。私を、葉月、って呼び捨てにするよう言ったよね? 人の話聞いてた?」
呼び捨てにしなかったの、ごめんね、葉月。
「それに、遥お兄ちゃんについては海沙お姉ちゃんからいっぱい話は聞かされていたんだ。遥は女の人から愛情をいっぱい、いっぱい注いで欲しいんだよね? だから葉月は妹として遥お兄ちゃんの欲望を受け入れたいと思うの。
嫌がってる振りはしても、本当は徹底的にかわいがって欲しい、心が底なし沼な遥お兄ちゃん。だから遥お兄ちゃんのためにえっちなことをいっぱいしちゃうんだから。
私だって遥お兄ちゃんに甘えるのが大好きだよ? 甘いえっちがたまらなく好きなんだよ?」
「遥。葉月が嫌いか?」
そんなことはないよ。
「だったら葉月にも心を開きなさい。
葉月が酷いことをしたら私が葉月を叱るから。
私に逆らうつもりがないのなら葉月のいうことも聞きなさい。」
はい、海沙お姉ちゃん。
「よし。素直な男の子ってかわいいな。
葉月? 遥のブラックホールのような心を葉月の優しさで満たしてあげなさい。」
「不束者ですが、葉月、頑張ります!」
「遥が最も喜ぶのは遥が私達に激しく愛されている時なんだから。」
「今日はもう遅いし順番にキスして寝よう?」
「私が遥を先に味わうから葉月はその後ゆっくり遥で楽しみな。」
「はい、海沙お姉ちゃん!」
葉月にキスされながら寝るのはなんだか心が落ち着く。悪くないかも。
◆ ◆ ◆
「どうだった? お姉さんが多いほうがいいかと思ったんだが、どうよ? 小郡はお姉さんにお仕置きされたい願望があると思ったから、ダブルでいけると思ったんだろうけどなー。」
朝一番、遠藤が得意そうな顔で言う。
「下着ドロなんて犯罪に共感できないから感情移入は無理だな。それに、心の交流が一切ないのは致命的。こんなんで興奮できるのはよほどの人だけだよ。」
「おいおい小郡、いつも思うけど苦情が多すぎるぞ? 体が気持よかったら心は二の次が普通だと思うけどな。だからそういうお店が繁盛するわけで。
おっと、忘れてた。小郡は激甘な設定が好きなんだっけ。そうだ、樺山のと交換してくれ。樺山、どう思う?」
激甘でないといけないのは海沙お姉ちゃんの影響なんだろうけど、これってそんなに異常性癖なのかな? 体の関係がなくても十分楽しいのに。
「マエストロはひねりが効きすぎてますが、これは異常すぎるものに毒されているんですよ。ここはやはり一周回って初心に戻るべきだと思います。俺にとってこれはクリティカルヒットな作品だったので、マエストロでも楽しめると思いますぜ。」
◆ ◆ ◆
家に帰って樺山が熱く勧めた「賞味期限はまだまだよ!」を読む。何だこのタイトル。
普段は隙を見せない、落ち着いたクールな姉。予定よりかなり早く家に戻った高校生の「みーくん」は、姉の部屋からテンションが高い鼻歌が聞こえてくることに気づく。少しだけ開いたドアから中を覗き見る弟。なんと、黒がベースで白のフリルがついているロリータドレスを着た姉が、鏡の前でくるりと回ってスカートの裾を持ち上げ、首をかしげて、上機嫌でポーズを決めている。「にゃん♪」と猫っぽい動きをしたので改めてよく見たら、頭に猫耳カチューシャまでつけていた。あまりの衝撃でみーくんはガタンと音をたてる。
見られていたことに気づく姉は取り乱し、半泣きになってその場に座り込みながら「オバサンなのにロリータドレスなんて似合わないでしょ?」「今の私を見なかったことにして!」と錯乱して言い出す。みーくんは「そんなことないよ! お姉ちゃん、かわいいよ!」と真っ赤になってフォローするが、姉は「じゃあ、証明してみせてよ!」と弟に迫る。
弟は怯んで壁まで後退するが、そこで姉は弟のスボンが盛り上がっていることに気づく。「本当にかわいいと思ってくれたんだね。」そう言った姉は、後ろから弟を抱きしめ、「きょうだいだから、ここまでだよ」と耳にキスしてお話はおしまい。
「きょうだいだからこそ、最後までいかなきゃだめでしょ!」
海沙お姉ちゃんが吠える。
エロ本のネタがいつもタイムリーな感じがするけど、何か細工してるの?
「遥の成長を考えて最も適切なネタを手配するのが当然でしょ?」
やっぱり、そうだったんだ。
「遥お兄ちゃんはロリータドレス嫌い?」
そんなことないよ、葉月。
「わかった。今晩はロリータドレス姿で現れるね。
どんなドレスが好きか、ネットで画像をいろいろ調べてみてね。」
こう言われたら、調べない訳にはいかない。
いつものように、まずは画像検索。いい服があったら、それを売っているお店の他の商品も見る。いろいろと見てると、自分の好みがわかってくる気がする。
かわいらしい服って、いいな。
◆ ◆ ◆
布団の中に入る。
今晩はロリータドレスの二人といちゃいちゃだ。
「遥お兄ちゃん、今日も一日お疲れさん!
あのね、今日はフリルいっぱいで女の子らしさ満開のワンピース着たいと思うんだけど、どんな色がいい? お嫁さんみたいな白? とにかくかわいらしいピンク? それとも、大人っぽい黒?」
……白……かな?
「もう、お兄ちゃん、物事ははっきり言わないとだめです!
『お嫁さんみたいな白いワンピースを着た、葉月が見たいです!』
これくらい言ってくれないとお兄ちゃん失格だよ?」
昔の海沙お姉ちゃんはこういう言い方をよくしていたな、とふと懐かしくなる。
葉月も海沙お姉ちゃんの真似してるのかな?
葉月にお嫁さんみたいな白いワンピースを着てほしいな。
「お嫁さん葉月のドレス姿、たっぷり楽しんでね?」
声だけだった葉月の姿が目に浮かぶ。昨日のエロの成果だろうか、葉月がよく見えるようになってきた。エロで心が繋がったんだな。海沙お姉ちゃんもここまで考えていたのかな。
白いレースやフリルがいっぱいの膝下丈のワンピースだ。スカートには何段かレース飾りがあり、ふわっと広がっている。胸ぐりが大きく空いている、鎖骨を見せつつ翡翠色の円い首飾りを引き立てるデザインだ。いわゆるバレリーナネックだな。あと、ウエストのあたりを一周、薄い翡翠色というかミントグリーンのリボンが巻いてある。
よく見たら白いレースで縁取られた白のヘッドドレスにも同じ翡翠色のリボンの編み込みがあって、ゆるくアップにした黒髪とよく合っている。何気に白に翡翠色って合うんだな。ああ、あれか。ロリータドレスを調べているついでにウェディングドレスや結婚式のブーケも引っかかったけど、白い花と薄い緑色の葉が入ってるタイプがあったな。清楚で上品な感じがするんだよね。
ドレスは白い布に白いレースだから飾りの詳細は全てわからないけど、スカート以外にも首周りや裾にレースがあしらわれているのはわかる。袖は脇を隠す程度の長さで、肌触りが良さそうな、肘を隠すくらいの長さの少し光沢のある白い手袋をつけている。ミニスカとニーソで彩る太ももの絶対領域の代わりに、二の腕の絶対領域を見せつけて妹らしさを強調する。思わず抱きしめたくなる雰囲気だ。左手に小さめの白と緑のブーケまで持っているじゃないか。本当にお嫁さんみたいなドレスだ。
葉月がくるりと回って見せる。細いうなじが見えて、妹なのに色っぽさを感じる。
「私、似合ってる?」
似合ってるよ。
「かわいい?」
すごくかわいいよ。
あーあ。可愛いドレス、いいなぁ。
「もしかして嫉妬しちゃった?」
べ、別にそんなこと……。
「まあ、今はそういうことにしておいてあげる。
ねえ? かわいい格好をした私に見とれちゃった?」
うん。
「女の子は、こうやってかわいい格好したら、すごく優しい気分になるの。
そして好きな人にいっぱい抱きしめてほしくなるの。
かわいい私を抱きしめてくれる?」
もちろん。
「ほんわかした気分になってきた?」
うん。
「抱きしめてる方も優しい気分になってくるでしょ。」
うん。
「抱きしめられてる私もすっごく優しい気分。
私のこと、大切にしたくなっちゃった?」
うん。
「ずっと私と一緒にいたい?」
うん。
「もしかして、妹の私のこと、お嫁さんにしたくなっちゃった?」
……うん。
「一昨日に妹になったばかりなのに?」
……うん。
「それじゃあ、大好きなお嫁さんと、誓いのちゅー、しよ?」
有無を言わさず葉月が俺の頭を抱えてキスをしてくる。
すべすべな素材の手袋で顔を触られるのが心地いい気がする。
結婚式の誓いのキスって花嫁に無理やり唇を奪われるものだっけ?
葉月は本当はお嫁さんじゃないのに、キスをしているとつい俺のお嫁さんだと思ってしまう。
それに出会ってまだ三日目なのに。こんなので本当にいいの?
「でも、嫌じゃないでしょ?」
キスを続ければ続けるほど不思議と葉月が愛おしくなっていく。
口の中を陵辱されるような濃厚なキス。
何かを流し込まれている気がする。
そして、それがとても心地いい。
こういうのって、いいよな。
お嫁さんって、いいよな。
「おい、葉月? あんた何やってるんだ?」
この声は海沙お姉ちゃんだ。
「いい? 遥は、私と葉月、両方のものなんだからね。
抜け駆けするなんて、葉月、後でお仕置きな。」
「遥お兄ちゃん、葉月を見捨てないよね?」
わかった、一緒に怒られるよ。約束だもんね。
「葉月、遥に何したか言いな。」
「……お嫁さんごっこ。」
「うわー。葉月そんな趣味あったのか。その上、やけに手が早いな。
遥もまんざらじゃないんだ。私達をきょうだいで、恋人でその上お嫁さんにしたいのね。随分とマニアックな変態性癖だな。
でも、遥がそうしたいというなら、私達は当然受け入れるけどね。
よし、遥。私もお嫁さんにしてくれるよね?
私もロリータドレスを着ようかな。
葉月と違う色にしようと思うけど何色がいい?」
ピンクか黒か……。
「白と黒だと葬式っぽいからピンクにするか。
まさか、お姉ちゃんにピンクが似合わないなんて、言わないよね?」
似合うと思うよ?
それに、紅白だとおめでたいよね。
「遥、よくわかってるじゃない。
よし。こんな感じにしてみたけど、どう思う?」
海沙お姉ちゃんが姿を現す。
葉月よりはボリューム控えめに見える淡いピンク色のドレス。まず目につくのは胸の大きな蝶結びの飾り。ドレスと同じような生地で、胸のあたりの幅の3分の2といったところか。胸の飾りが持ち上げられていることで、女性らしさの象徴である、胸の膨らみがアピールされている。鎖骨がしっかり見える深めのラウンドネックは胸を強調するリボンの位置と絶妙なバランスを保っている。
頭には顔の幅よりちょっと細いくらいの、ピンク色の大きな蝶結びのカチューシャ。
幅は胸の飾りと同じくらいかな。結び目が寝ているのではなく立っているので、蝶結びの飾りが縦に二つ並ぶことになる。
よく見たらウェストに大きな蝶結びがもう一つあった。背中側についているからわかりにくかったけど、ウェストの両側まではみだしている大きさだから前から見てもわかる。リボンでウェストを締めているような錯覚がして、女の子らしさをアピールしている。振袖の帯の飾りも派手だけど、締めている位置は着物の帯より下だし、ドレスの飾りも蝶結びだ。
膝上丈のスカートはそこまで広がってるように見えないけど、実は布がたっぷり使われているタックスカートだ。立ち姿はすっきりして見えるけど、くるりと回ったら、軽くふんわりと広がりそうで、見た目以上のボリュームだな。
袖は二の腕を半分ちょっと隠す感じで、レースが袖口を縁取っている。袖口近くの腕の外側に、それぞれ指一本くらいの太さのピンクのリボンで蝶結び。ここまで蝶結びが多いと、裸にリボンを巻いて蝶結びして「プレゼントはア・タ・シ♪」と誘惑するネタを嫌が応にも連想してしまう。
お嫁さんを連想させる葉月に、プレゼントを連想させる海沙お姉ちゃん。
葉月はひたすらかわいらしい感じだけど、海沙お姉ちゃんは大人っぽい中に庇護欲をかきたてられる感じがする。
海沙お姉ちゃんも葉月も、二人ともきれいだよ。
ロリータドレスを着た二人の魅力に引き寄せられてしまう。
「遥は葉月とキスしたんだっけ? ということは、次は私の番ね。
さあ、お嫁さんの海沙お姉ちゃんにキスしなさい。」
海沙お姉ちゃん、自らお嫁さん宣言しちゃうんだ。
キスをすると海沙お姉ちゃんの強い愛情が体に直接流し込まれる気がする。
「これで遥にはお嫁さん二人か。遥の世界だと重婚は無理だけど、私達神様は別腹だからねー。人間のお嫁さんができると、お嫁さんは三人になっちゃうね。
ハーレム、楽しいでしょ?」
別に結婚してるわけじゃ……。
「ねえ? 遥お兄ちゃん? 私達がお嫁さんじゃ、いや?」
そんなことはないけど。
「服に見とれるのもいいけど、服より私達のほうが好きだよね?」
「やっぱり遥お兄ちゃん、私達みたいな服にしたかった?」
で、でも、俺、男だし……。
「遥お兄ちゃん、私達の服がどんな感じが詳しくわからないから、自分が着た時の雰囲気が実感できないでしょ? 遥が本当はこういうの着たいのはわかってるけど、今はごめんね。」
そ、そんなことないし!
「人間の彼女ができたら着せてもらってね。自分で買ってもいいけど、最初は女の子にいろいろ教えてもらったほうがいいかな。お金もかからないし。
遥は私達お嫁さん二人を抱きしめる。私達は両側から遥の頬をキス。
海沙お姉ちゃんに体を押し付けられると、遥は興奮するでしょ?」
うん。
「私のおっぱいもなかなかのものでしょ?」
「おい葉月。私の前でそれは禁句だ。」
海沙お姉ちゃん、きれいな形してるのに、大きさは意外と気にしてるみたいだ。
「海沙お姉ちゃん、ごめんね。」
「でも遥、キスの前にやることあるよね?」
え?
「私の服を楽しまないの?
せっかくボリュームたっぷりのスカートにしてみたのに、それを楽しまないなんて女心がわからない人でなしだな。」
海沙お姉ちゃん、失礼します。
そう言いながら、海沙お姉ちゃんの前に立つ。
左手を海沙お姉ちゃんの背中に添え、蝶結びの飾りをいじってみる。
そして、ちょっとかがんで、右手で海沙お姉ちゃんのスカートの中に手を入れる。
ドレスの上から背中をなでなで。スカートの中で太もも沿いに手を這わせてお尻をなでなで。
……お尻をなでなで……?
あれ? パンツのライン、どこだ?
海沙お姉ちゃんがニャッと笑う。
「遥にとって、海沙お姉ちゃんは魅力ある子猫ちゃんかにゃ?」
…………………………………………………………………………………………。
絶句した。
海沙お姉ちゃんがちょっと上目づかいで俺を見つめてくる。
いつもの海沙お姉ちゃんとのギャップの激しさに言葉を失う。
「だめ、かにゃん?」
ちょっと唇を尖らせながら小首をかしげる海沙お姉ちゃんを見て、どこかに飛んでいった心が戻ってきた。
そうか、立った状態の頭のリボンを猫耳に見立ててるのね。やっとわかったよ。
いい、全然いいよ!
俺の顎が上下にガクガクゆれる。
「よかったにゃん!」
嬉しそうに俺に飛びかかり、抱きしめ軽くキスした後、「にゃー」と言いながら丸めた手を俺の胸にあてて軽くもみもみする。
こんな甘えた仕草の海沙お姉ちゃんは初めてだ。胸のドキドキが止まらない。
「せっかくだからペロペロするにゃん!」
海沙お姉ちゃんが両手を俺の肩に乗せて、舌を大きく出して俺の頬をなめる。
「海沙お姉ちゃんも遥お兄ちゃんも大興奮ですねー。」
葉月が白々しく横槍を入れてるけど、今は海沙お姉にゃんだ。
ごめんね、葉月。あとで埋め合わせはするから。
「押し倒すにゃー。」
海沙お姉にゃんが俺を押し倒し、お姉にゃんの顔を俺の顔にすりすりしてくる。
押し倒す際、丁寧にスカートを広げていたよね。
海沙お姉にゃんはパンツはいていないから、直接お股をぐりぐり押し付けてるの?
「お嫁さんなのにゃー。」
照れ隠しなのかな? 猫みたいに握った片方の手を折り曲げ、顔にこすりつけている。顔を洗う仕草だ。
海沙お姉にゃんの体を優しく撫でることで海沙お姉にゃんをお嫁さんとして受け入れることを伝える。
「顎の下を撫でるにゃー。」
顎を上げて喉を見せつける海沙お姉にゃん。優しく撫でると嬉しそうな、うっとりしたような表情で、のどを鳴らす。
「にゃ、にゃーお。」
喜んでもらえたようでよかった。
「あのー。海沙お姉ちゃん。一緒にキスするんじゃなかったの?」
海沙お姉にゃんが俺の上からどいて横に来る。
両手に花って、いいものだな。これだと二人に平等に愛情を注げる。
「ねえ、遥は私達のこと、大好きかにゃ?」
大好き。
「ちゃんと言ってにゃ?」
遥は海沙お姉にゃんと葉月が大好きです。
「魅力的に思ってるにゃ?」
すごく魅力的です。
「ずっと一緒にいたいかにゃん?」
いたいな。
「二人ともお嫁さんかにゃ?」
……うん。
「よし。ちゃんと言えたからご褒美。遥が寝るまで海沙お姉にゃんと……」
「葉月が遥お兄ちゃんに抱きしめられちゃうね。
おやすみ、遥お兄ちゃん。」
海沙お姉にゃんの猫っぽい仕草、なんとも言えないにゃん。
今日は葉月の目線が少し、いや、ものすごく冷たい気がするけど、葉月も大好きだよ?
おやすみなさい、海沙お姉にゃん、葉月……。
◆ ◆ ◆
「小郡、どうだった?」
「悔しいけど、あれはクリティカルヒットだった。ここまで楽しめると思わなかった。」
「お? おおっ? マジ? ついに俺が小郡に勝ったのか?
小郡はロリータドレスが好きだったのか。本当に甘いのが好きなんだな。」
「遠藤先輩、ついに勝利したんですか?」
「おうよ。それも、樺山が勧めた漫画で、だ。」
「俺、ついにマエストロに並ぶことができたんですよね…………!
感動で涙が止まらなさそうですっ! これからもマエストロの背中を目指します!」
「で、どのへんがよかったんだ?」
「キャラクターは最高だった。残念なのは寸止めで終わっちゃったところかな。」
「そりゃあ、しょうがないだろ。あれ、18禁じゃないんだから。」
「え?」
「でも、盛り上がったんだろ? なあ、最後どうしたんだ?」
「しょうがないから、話を付け足して、それを楽しむことにしたよ。猫耳お姉ちゃんに普段とはぜんぜん違う事をやらせるんだ。」
「小郡先輩、ぜひあらすじを書いてください!」
「それくらい自分でやれよ。」
「そんな殺生な。俺たち兄弟ですよね?」
「い・や・だ。」
「ちっ。
マエストロがそこまで言うのでしたら、これはマエストロからの試練だと思って、不肖樺山、マエストロをぎゃふんと言わせるために全力で頑張ることにします!
おっと、言い忘れるところだった。
遠藤先輩! あの漫画はいかがなものかと思いましたよ。」
樺山が不服そうな顔をさらに不服そうにする。
「どれだ?」
「玄関に現れた見ず知らずの
「エロ漫画ってそういうもんだろ?」
「いきなり義姉ができる、その設定がないと話が始まらないのはわかりますぜ。だけど、そのまま襲われるなんて、ありえないですよ。
男女逆転してみてくださいな。『俺は今日からお前の
樺山にしてはめずらしく常識的な意見だ。
「言われてみたら一理あるな。でも、お姉さんが抱いてくれるというなら、据え膳食わぬは男の恥、ってやつだ。」
「そりゃそうですけど、俺にだって相手を選ぶ権利もあるんですよ。少なくても、はじめてが尻軽女、なんてまっぴらごめんですよ。
そうだ、小郡先生のご高説を伺うのを忘れていましたな。
小郡先生からはきっと的確なコメントを頂けるはずですぜ。
マエストロ、俺達の話、聞いていましたか?」
「聞いてたけど?」
「なら話は早い。マエストロはどう思いますか?」
俺は妹として急に現れた葉月のことを思い浮かべながら、ゆっくり話しだす。白いウェディングドレス風のロリータドレス姿がちらちらと目に浮かぶ。ピンクのロリータドレス姿の海沙お姉にゃんもセットで思い出してしまう。あれは反則だよ。
「俺だったらまずその女の素性を確認するな。偽物、特に犯罪者だったら話にならない。義姉だと主張するのは自由だが、まずは俺との関係を証明してほしい。」
「漫画だと尺の都合でカットされるのは仕方ないけど、確かにそうだな。」
遠藤が納得した顔で頷く。
「それに、いきなり押し倒す、そんなのも論外だ。」
「遠藤先輩、俺の言った通りでしょ?」
「だって、心が通い合っていない相手と体の関係って、考えられないし。
まずは相手を理解するところから始めないと。
義姉が俺と仲良くなりたいというなら、それを拒絶するわけにはいかない。特に、相手が受け付けられない人ならともかく、いい関係を築きたい相手なら、歩み寄る努力をしないと。
たとえば、最初は体をくっつけて隣りに座ったり、相手の体を触ったり。」
「小郡、まさかスイッチ入った?」
「相手が心を開いてくれて、自分が嫌じゃなかったら、どんどん積極的にしていきたいな。気まずい思いもしたくないし。」
だんだん自分が饒舌になってくるのがわかる。
「おいおい。やりすぎたら逆に気まずくなる、って思わないのか?」
「だって、お互いの同意の上だよ? いつでもやめられるわけだし。だから問題ないよね。
その結果、恋人のようなスキンシップをとったり、舌を絡めたり、服を脱がせたり、裸で抱き合ったり。心が通い合うなら全然問題ないと思うんだよね。体だけの関係だったら受け付けられないな。」
「マエストロ、もしかして義姉がいるんですか? やけにリアリティがある話で、ノヴィスな私めには雲の上の話にしか聞こえませんでしたよ。」
「樺山は妹いるんだっけ?」
「いますよ。だから姉に憧れてるんだけど、優しいお姉ちゃんが現れてくれないかな。マエストロ、姉がいるなら譲ってくださいよ。」
「いないから無理だって。」
姉も妹もいるんだけどね。
彼女というか、お嫁さんごっこをした仲なんだけどね。
人間じゃないけど。
それに、大切な姉妹を樺山に差し出すなんてことは、絶対にありえない。
「小郡は無趣味に見えて実はエロ妄想が趣味なんだろうな。」
「遠藤先輩? その言い方はマエストロに失礼だと思いますよ? 誰も到達したことのないような高みを目指すための日々の鍛錬を、エロ妄想なんて無粋な言い方で片付けるのはいかがなものかと思いますぜ。昨日もロリータドレスの姉と一線超えてしまったようですし。」
おいおい、鎮火するふりして火に油を注がないでよ。
それに一瞬ドキッとしてしまったじゃないか。樺山の言う「姉」は漫画の姉だよね? 海沙お姉ちゃんじゃないよね?
「こいつの彼女が務まる変態なんているのかな? 否、実は姉がいるからこそこの境地に辿りつけたのかな? もしかして年上のいとこ?」
「遠藤先輩、マエストロに毒されすぎると、まともな男女交際ができなくなってしまいますよ。
「ああ。だが、小郡の的確な意見には引っ越しバイトの先輩方も一目置いてるんだ。だから、そっちから流れてくる本のハズレ率が低いのと、バイトで俺が酷い扱いを受けないのは小郡のおかげなんだからな? これでも感謝してるんだぜ?」
やっぱり俺はエロ本評論家か? 実にひどい言われようだ。
とはいえ、理由は何であっても、人に頼りにされるのは気持ちいいことだ。
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