エピローグ2 ~ミノルとみのり~

目映まばゆい光がちる中で、自分はこの世界から消えるのだということを自覚した。


ダイヤモンドの鱗に覆われていた身体は一度爆縮し、すさまじい圧力を伴って光の球に変わった。

山をも砕く光の竜息ブレスが上半身だけとなった金剛竜ダイヤモンド・ドラゴンの身体の内側からあふれ、すさまじいエネルギーを伴って放射される。

この光の中では、何者をも生きられない。自分すらも。くわえていた輝銀竜の身体は、銀色クロームの泡となって霧散した。


形をうしない、大気と同化しつつある中で、言語化できる思考が残されている。

竜の魂ドラゴンスピリットは身体を失ってもすぐには滅さないらしい。それは「さゆり」という身体を失い、みのりとして転世した事でも理解できる。


だがそれも、やがて虚無の中に消えていくのだろう。さゆりがみのりに生まれ変わる輪廻の連環は、輝銀竜が倒された事によって終わりを迎えた。


もう、新しいみのりは生まれない。生まれなくて済むのだ。


それでもなお、みのりがさわやかな気分でいられたのは、課せられた宿命を果たしたからだろう。


だが…。


できることなら…。


いや、そんなことを思ってはならないのだ。


もっとさゆりのそばにいたかった。


そんなことを考えてはならないのだ。


みのりがいなくなったことを、さゆりはどう思うだろう。


私のような女の子がいたことを、ときどき思い出してくれるかな…。


『ミノリ、聞こえるか』


光の果てから、鏡の声がした。


いつものような、甲高い声ではない。

無機的な、中性的なものではない。

穏やかで落ち着いた男性のもののように聞こえた。

その声には、理性的な響きがあった。

だがその声は、鏡から発せられているものだと、みのりはなぜかわかった。


竜気が溢れる空間の中で融和した思念によって、同じ魔法生物アーティファクト同士の交感があったのかもしれない。


声はぼんやりと、輪郭をもちはじめた。


遠い記憶がよみがえる。


声が結像する。


そして夢に見た、夢でしか会えない、愛しい人の姿となった。


「稔…」


つぶやく。


それには答えず、愛しい人は言う。


『オレは二つ役目があった。一つは輝銀竜に負けたサユリをミノリとして転世させ、輝銀竜に勝利すること。もう一つは、輝銀竜に勝利した時、全ての竜気を封印することだ』


『そしてオレは今、二つ目の役目を果たす』


みのりの中に溢れる竜気が集まっていく。紫菫竜ヴァイオレット・ドラゴンのもの、輝銀竜のもの、そしてさゆりの中にあった金剛竜のもの。


竜王たちの竜気が渦を巻き、みのりの中に入っていく。


『ミノリ、キミは竜を封じる者として、これからも生きていくんだ』


『そして寂しがり屋のあいつ《サユリ》と一緒にいてほしい』


『そしてミノリ、君もずっと、笑顔でいてくれ』


…。


『楽しかったよ。オレを作ってくれてありがとう』


「彼」はそう言うと、微笑みながらひかりの中へ消えていった。




…。

みのりは、竜王達が争覇した竜胆湖りんどうこほとりに立っていた。


竜王たちの戦いで全てが灰燼に帰した地上にあって、青空を写す湖面がまるで何もなかったかのようにたゆたう。


みのりの足下には、鏡面を失い、ひびだらけになっていた鏡が転がっていた。


「ありがとう。ミノル」


ゆっくりと、木の枠を撫でる。ぼろぼろと表面が崩れていく。

複雑な図形を伴う魔方陣によってかけられた、永久に壊れないとされた不破化インビンシブルの魔法が解けていた。


右手をかざし、想いを込める。みのりの右手から光があふれ、それに共鳴するかのように木枠が輝く。


拾い上げる。ズシッとした重みが右腕にかかる。

ストラップを肩にかけ、鏡を背中にくくりつけた。


「帰ろう。たつみやに」


焼けた大地の上を、みのりはゆっくりと歩き始めた。


日差しが暖かい、春の日のことであった。


(エピローグ2 おわり)


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竜殺しの熟女とニセモノのムスメ 細茅ゆき @crabVarna

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