ある竜殺しの日常(2)

 あきつ家に着いたのは、ランチタイムが終わった頃であった。お店の札も、準備中になっている。

 みのりが店に入った時の、親父さん、おふくろさんのリアクションは、それはもう、みのりの思った通りだった。

「背丈から顔まで、若い頃の姫様そっくりだ。」

「本当に姫様と稔の娘なのかい? あたしらの孫なのかい?」

 二人とも、比喩ではなく目をまん丸にしながら、みのりの可愛らしい顔をのぞく。

 信じられないのも無理はない。なにより、さゆりの娘というのは、まったくの嘘なのだ。

「まあ、そういうことになってるのよね」

 あおいのいい加減な返答に、しかし「姫様の事だから、そういうこともあるだろう」と、超理論で信じた安芸津夫妻であった。まったく、竜殺しドラゴンスレイヤーとは便利な人種である。

「安芸津みのりです。よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」

 こうして、孫(?)と祖父母の初対面は果たされた。

 あおいとおふくろさんが奥で何かしている間、みのりはお店の片隅で出されたお茶を飲んでいた。親父さんと世間話をしていたが、話のネタがなくなったせいか、彼も店の奥へとひっこんでしまった。

(左手だけで湯飲み持つの、なんか行儀悪いな…)

 本来の役割果たしていない右の袖は、所在なげにぶらぶらしている。

 テーブル席が四つに、カウンター席が五つ。狭すぎず広すぎず。グルメサイトで話題のお店に選ばれてから客足の途絶えない人気店となったが、店の構えはみのりが養われていた頃となんら変わらない。

 店を見回していると、ノックのあとに、引き戸が開いた。

「あおいちゃーん」

 入ってきたのは、白いビニールバッグを提げた早苗だった。

「あ、みのりちゃんだ」

「こんにちは」

 頭を下げる。

 早苗とは、一度会っている。河川敷の戦いの時に、夫の草太と一緒に消防士を説得してくれたのだ。

 しかし、さゆりから「存在」は聞いているらしいが、さゆりがどこまで話しているのか分からない。余計な事を言うのはよそう、と思った。

「ほんと、さゆりちゃんの学生時代にそっくりだよねー。写真撮っていい? 草太くんに見せたい」

「あ、はい」

 とりあえず、ピースサインを出しておく。

 さゆりの周辺の女性たちは、なぜ夫にみのりの写真を送りたがるのだろうか。「さゆりにそっくりの娘がいる!」という驚きの体験を共有したいのだろう。独身を貫いているみのりには、分からない心理である。

「みのりちゃん見てると、おばさんも学生の頃思い出すよ~」

 などと言いながら、ニコニコと笑っている。油断すれば、いつものようにほおずりしかねない。

 だが、そんな早苗の顔が、真顔に戻った。

 早苗の視点は、ぺらぺらしている右腕の袖に注がれていた。

「その腕はどうしたの?」

「あ、昨日、黄龍と戦っている時にちょっと…」

「大丈夫なの? 痛くないの?」

「え、ええ…大丈夫です」

 さゆりとのつきあいが長い早苗は、竜殺しの特異な体質をよく周知している。骨が折れようと体が損壊しようと、医者の手を借りることなく回復する事を知っている。しかしそれでも、さゆりが傷つくことを悲しんでくれる、いい友達であった。

 そして早苗は、その時と同じ目で、みのりを見ていた。

「大丈夫ですから」

 悲しみをたたえた早苗の目線に耐えきれず、みのりは思わず顔を背けてしまった。

「あ、早苗さん」

 店の奥からあおいがやってきた。その後ろには、女の子が二人ついてきていた。あおいの娘の量子りょうこ光子みつこだ。

「わあ、ソースの匂いがする!」

「たこ焼きだっ!」

「あら、匂いだけで分かったの?」

 早苗は、手に提げた袋をあおいに渡した。

「店のもので悪いけど」

「うちの子、早苗さんちのたこ焼き大好きなんだよね」

 子供二人は声を揃えて、「ありがとう」と頭を下げた。早苗はそんな二人の頭を手のひらで撫でた。

「みのりちゃんも食べてね」

「あ、ありがとうございます」

 手を振りながら、早苗は店を後にした。

「さて、こちらも家に帰りますか」


 運転席にあおい、助手席にみのり、リアシートにはチャイルドシートが二つ。

「ねえーママー、さゆりおばちゃんは~?」

「さゆりおばちゃんは、東京に行っちゃってるの」

「えー、やだー、さゆりおばちゃんと遊びたいー」

 なぜかあおいの子供に、めちゃくちゃ懐かれているさゆりであった。思えば早苗の娘のみどりにも懐かれていた。子供ごころに、さゆりの美しさが分かったのだろう。隠しきれないカリスマが、歳を重ねても衰えない魅力が、子供たちを虜にしているのだ…という脳内設定になっている。

「さゆりおばちゃんの代わりに、みのりお姉ちゃんが遊んでくれるって」

「みのりお姉ちゃんって誰?」

量子りょう光子みっこのいとこだよ」

「いとこ~?」

「従姉妹のみのりだよ。よろしくね」

 後ろを振り向いてにっこり笑うも、二人とも緊張しているのか、眉一つ動かさない。さゆりだった頃、足下を駆けずりまわっていたりょうとみっこを思いだし、少し切ない気分になってしまった。懐いていたペットに顔を忘れられると、きっとこんな気持ちになるに違いない。


 安芸津の家は、駅前から2km離れた田園内集落の中にある。乙ヶ宮はT県では発達している方だが、繁華街から少し離れれば緑豊かな田園が広がる。

 ガレージにRX-8を止めると、リアシートからりょうとみっこが飛び出した。子供からすれば狭いきついうるさいで、あおいのRX-8は評判が良くないようだ。

「意地でもミニバンは買わないって決めてるんだよね!」

 そう宣言して、あおいはサムアップした。

「最近流行ってるSUVとかはダメなの?」

「ダメダメ。クルマはクーペじゃないと。RX-8だってかなり妥協した方なんだからね」

 RX-8は、一応扉が四枚ついている。前後のドアが、音開きになり、後部座席への乗り降りが可能となる。そのためセダンともクーペともつかないボディ構造になっている。そのあやふやな部分が、あおいの妥協点であったらしい。

「家族持っちゃうと好きな車も乗れなくて大変だよ。私、本当はBMWのZ3に乗りたかったんだから」

 クルマの事はよく分からないが、そのZ3とやらも、家族と乗るには不向きな代物なのだろう。

「おかあさん、たこ焼き食べよう~」

 りょうとみっこがあおいの手を引っ張る。

「みのりちゃんも、家の中入って入って」

 子供達に引かれていくあおいの後ろを、微笑みながらみのりはついていった。


(つづく)










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