あなたに、もう一度会いたくて(2)
みのりは、山の上の竜見屋敷に来ていた。
ここは、このあたりでは一番高い場所である。それゆえに、竜見一族は城塞兼居城としてこの地に居を構えたのだ。
右腕を失い、竜気を失いつつあるこのレプリカのボディを引きずってまで山頂に来たのは、Now-Manとあおいのロマンシア・システムだけでは状況が把握できなくなったからだ。
北の山々を望む庭に、先客がいた、市から委託され、この屋敷の管理人を勤めている老夫婦だ。
「あぁ、これは姫様の姫様」
老婆の方が深々と頭を下げた。その夫もそれにならう。みのりも軽く会釈を返したが、老夫婦はなかなか頭をあげないようとしない。
竜見一族の、さゆりへの忠誠心は非常に高い。とりわけ、この老夫婦はまさに忠臣であった。さゆりが小さい頃から遊び相手になってくれた、じいやとばあやである。
この老夫婦は、みのりがさゆりの娘という与太話を、疑いもなく信じてくれている。もちろん、みのりがさゆりの本当の娘だとは、信じてはいないだろう。だが、さゆりが言ったのだから、それは真実だと思っているのだ。
もしくは、みのりの姿に、なにか郷愁のようなものを感じているのかもしれない。
「北の空が真っ黒になってますよ。あの中で、姫様が…」
ばあやが、心配そうな顔をみのりに向けた。みのりもまた、老夫婦と同じく北の空をみやった。
隕石によって千切られた雲。流星の軌跡を記した隕石雲が幾条も空に刻まれている。これ以上増えないということは、紫菫竜の戦い方が変わったということだろう。
その下。東西に広がる山の向こうから、黒煙があがっている。
まるで噴火のようだ。黒煙は、時折稲妻を
その中に、巨大な花が咲いていた。
茎はなく、花だけが煙の中に浮かんでいるように見える。
あれが、
みのりは、思い出す。夜の海での、
巨大な
花は、紫菫竜の本質なのだろう。だが、今の紫菫竜は、あのときの姿とも違ってみえる。
HMDをかけた。DSx4vのHMDは、竜の力を注ぎ込めば無限に望遠するレンズに変わる。
さゆりを信じると言った。だから、何が見えても助けにはいかないと決めている。
だが、それは紫菫竜との戦いにおいての話だ。
「ひどい、胸騒ぎがする。地の底からの
じいやが呻いた。
もしかしたら、みのりと同じものを感じているのかも知れない。彼とて、竜見の血を引く者。竜と戦う力は宿さないが、竜の血脈を受け継ぐ
だが、胸騒ぎの原因は、あの大きな花ではない。その上に立つ、菫色の竜ではない。
(やはり、くるのか)
思い出していた。
覚悟を、決めなければならない。
みのりは、胸元の左手を、ぎゅっと握りしめた。
渦巻く黒煙の中に咲いた
紫菫竜を中心に渦巻く、無数の光る花びら。束になっていくつもの奔流となり、紫菫竜を取り巻いている。
さゆりは鏡を前に突き出し、紫菫竜の動きをうかがう。紫色の光を放つ花びらは、一見すれば美しい。だがその輝きは、さゆりへの敵意の表れである。
(しかけてみるか)
紫菫竜の足下を狙って
彼女の周りを巡っていた光の花びらが一斉にさゆりに襲いかかった。
さゆりの視界が花びらの群れで埋まる。すさまじい数の弾幕だ。鏡で障壁を生み出すが、花びらが含む魔力は高く、チリチリと焦げるような音とともに、障壁が食い破られていく。
(さすがは
(これは、みのりとの特訓が生きそうだ)
障壁を展開しつつ、後ろにステップ。上空を舞う紫菫竜に
『逃がさないわ!』
紫菫竜は再度弾幕を張る。それらが束となって、さゆりの後ろに回り込んできた。
「ちっ!」
さゆりは左手を振り、鏡を背に向けた。
「わかってるね!」
「おうさ!」
鏡は素早く結界を張る。光の束を弾き返すと同時に、さゆりは右手に握ったヴォーパル・ウェポンを振るった。
刀身が紫菫竜がいる数百メートル先まで伸びる。
紫菫竜は左腕を光らせ、ヴォーパル・ウェポンに似た光の剣を生み出した。
二つの光剣は中で交わった。キイイインと甲高い音がすると、それぞれの刀身が斥力によって吹き飛んだ。
「まだまだっ!」
さゆりは一歩踏み込んでヴォーパル・ウェポンで斬りつけた。花びらの上に降りた紫菫竜は身を翻して斬撃をかわすと、再度弾幕を生み出す。
「お母さん! 接近したほうがいい!」
「わかってる!」
さゆりは鏡を構えて突撃。背中に光の翼を生み出し、通常の数倍の速度で加速する。
あっという間に紫菫竜との間合いが縮まった。
「ここだっ!」
ヴォーパル・ウェポンを振り下ろす。だが、紫菫竜は左手の光刃でそれを受け止めた。
『あなた、これで斬るしか能がないの?』
嘲笑するような、呆れるような、とにかくさゆりを見下すように紫菫竜は言葉を吐いた。
だが。
紫菫竜の背後で爆発が起きた。光波爆発。さゆりは斬撃と同時に魔法を放っていたのだ。
斬撃は囮だったのだ。
体勢を崩した紫菫竜に鏡を叩きつける。紫菫竜が膝から崩れ落ちた。
「もらったよ!」
うずくまる紫菫竜の頭上からヴォーパル・ウェポンで斬りつける。
しかし。
紫菫竜は顔をあげると、口を大きく開いた。
「まずい! サユリ!」
ドンという大きな音と共に周囲の空気が震えはじめた。
急いで障壁を張ったが、紫菫竜の歌はそれを簡単に食い破った。
「キャアアアアアア!」
さゆりは耐えきれずに甲高い悲鳴をあげた。
音圧がさゆりの身体を吹き飛ばす。花びらの上を勢いよく転がっていく。顔から外れたHMDが、一瞬にして粉々になってしまった。
空気の振動で身体がバラバラにされそうだ。魔方陣で
「サユリ! オレを紫菫竜に向けるんだっ!」
歌の中に、かすかに鏡の声が聞こえた。
言われた通り、鏡を前に向ける。
「結界を張れっ!」
障壁がサユリを包み込む。空気が遮断され、音による振動は収まった。
「長くは持たないぞ」
「うん」
結界の外縁が歌を受けてピシピシとひび割れていく。
輝銀竜の核爆発すらキャンセルできる鏡の障壁なのに、紫菫竜の歌はそれを食い破る。
この歌が、核爆発よりも強力ということか。地球中の竜脈を食らって復活した紫菫竜だ。そのような非常識なこともあり得るかもしれない。
しかし、その結論には違和感があった。
障壁によって減衰した紫菫竜の歌を聴いてみる。
そのほとんどが高音であった。
「私が光波爆発を使ったら結界を消して」
「どうするつもりだ」
「どうって。ヤツの歌を止めるんだよ!」
光波爆発がさゆりの前方で炸裂した。しかも一発ではない。十発同時に炸裂した。
鏡が結界をオフにした。
だが、もう歌は聞こえない。
「そういうことか!」
「いくよ!」
光波爆発を盾にしてさゆりは走る。
さらに
「考えたな、サユリ」
高音は指向性が強い。そして音は空気がなければ伝わらない。光波爆発で空気を吹き飛ばせば、歌はさゆりに届かないのだ。
爆炎の向こうから、光の弾幕が襲ってきた。マシンガンのような間断ない連射。鏡で受け止めつつ前進。
「今度はこっちからいくよ」
さゆりも大きく口を開いた。口腔内に白い光が満ちていく。
今度は、紫菫竜が障壁を張る番だった。
だが、紫菫竜の薄い結界ごときで防げる光のブレスではなかった。
金剛竜は、最強なのだ。
さゆりの口から放たれた光は紫菫竜の障壁を貫き、紫菫竜の左腕を吹き飛ばした。
再度、紫菫竜は膝から崩れた。
『やってくれたわね』
紫菫竜は顔だけ、さゆりに向けた。
切断された左腕が、すぐさま回復した。それだけ、紫菫竜の中に貯め込まれた竜気が多いということだろう。
ゆっくりと、紫菫竜は立ち上がる。
思ったより、ダメージを受けてないようにも見える。
だが、さゆりにしてみれば、初めての「有効打」だ。
(強いけど、負ける相手じゃない)
そう、思う事ができた。
戦いは仕切り直しとなった。
さゆりと紫菫竜は、間合いをとって、構え直した。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます