蒼いデミオと、ひとときの戯れ(1)
翌朝。
目を覚ますと、隣に人の気配を感じた。
毛布をかぶったさゆりが、みのりの布団の横に寝ていたのだ。
上半身を起こす。体中に包帯を巻かれていた。
そうだ。昨日、
包帯の量を鑑みるに、おそらくひどい状態だったのだろう。
立ち上がってみる。身体に不具合はないようだ。純粋な竜であるこの
「お母さん、風邪ひいちゃうよ」
さゆりの身体を揺する。深い寝息が聞こえる。きっとみのりの状態が安定するまで、ここで看病していたのだろう。
肩が出ていたので、毛布を引き上げ、かけなおした。
包帯を解いて、内側にたっぷり薬が塗布された湿布を外す。体に残った薬を洗い流すため、シャワーを浴びた。
制服に着替えて居間にかかっている時計を見上げると、針は10時を過ぎていた。
さゆりであった時のように、店を開いた。
すると、入口に幾人かの報道陣がいた。
髪を
油断した。この展開は、読めていたはずではないか。
「みのりさん、すいません、昨日の戦いのことで一言」
「身支度しますので、ちょっと待ってください」
店の中にある櫛で髪をとくと、急いで三つ編みを作る。これなら髪の傷みも目立たないはずだ。
再度店の外に出ると、記者たちが待ち構えていた。
「昨日、大変でしたね。ひどい打撲を受けられたとか」
300倍の質量差の打撃を受けて「ひどい打撲」程度で済ますとは。さすがは
と、自らの頑丈さに感心をしていると、戦いの感想などを尋ねられた。
こんな経験は初めてであったが、なんにせよ世間が竜殺しに良い関心を持ってもらえるのは、いいことである。
「昨日の戦いは大変でした。特に燃えさかる炎の中に親指を立てて突入した時は…」
などと慣れないジョークを織り交ぜてみたが、見事に滑ったようである。慣れないことは、するものではない。
「ええ、とりあえずこれ以上類焼しないように、早め早めに
そんなこと一つも思っていないのに、殊勝な物言いをしておいた。このように下手に出た方が、きっとマスコミ受けはいいのだろう。
さゆりが
「ところで、東京ではみのりさんのグッズが発売されたの、ご存じですか?」
「え、私のグッズ?」
「六本木のミクリヤ・チャームで売られてるんです。みのりさん許諾済みということで」
そういうと女性記者は、スマホの画像を見せてくれた。
見間違えるはずもない。それは御厨ビル一階のパワーストーン屋であった。
「~~~~~!」
事業仕分けの件といい、いろいろ世話になっている手前、ケチをつけるわけにはいかなかった。
翠雲老の得意げな笑い声が頭に響く。
(あのじいさんたちはっ!)
この商売っ気が、六本木という一等地に所領を有し続けられる秘訣でもあるのだろう。食えない老人たちであった。
ところで、たつみやも一応は「店」である。
魔法屋という需要のない業態ゆえ開店休業状態であるが、これでも一応、商売をしているのである。
しかしその日の午後は違っていた。クマさんの様態を見にさゆりが店を出たのと入れ替わるように、多くの客が店を訪れたのだ。
ちょうど、山の下の停留所にバスがやってくる時間であった。彼らは話題の「美少女
朝の番組で元気な姿が放送されたため、たつみやに行けば会えると思った人たちが大挙して押し寄せたのだ。
その後ろにはマスコミの姿もあった。
狭い店内は、あっという間に満杯となった。
「うわぁ、ホントにかわいい!」
「芸能人より美人だよね」
「どこの高校なの? このヘンの子じゃないよね?」
「一緒に写メ撮っていいですか??」
などと、大変なちやほやぶりであった。
そして当のみのりも、
(ふふふ、もっと私の美貌をたたえるがよいぞ)
と、とてもいい気になっていた。
もともと、自分の容貌には(胸以外)自信があったみのりだ。これまで竜の力のせいで敬遠されていたが、本来ならこれくらいもてはやされてもいいと思っていた。
だって、美人なのだから。
(なーんて、思い切れればいいんだけどね…)
実際には、そこまで天狗になれないみのりであった。
それは彼女が見た目通りの18歳の少女ではなく、決して明るいとは言えない人生を歩み続けた40歳の女だからであろう。
「ところで、このお店は何を売ってるのですか」
そんな時、このような当然の質問が飛んできた。
「私の「力」が商品です!」
みのりは、平らな胸を張った。
「え、力って?」
「
みのり以外の全員が、きょとんとしている。
それはそうだ。棚に並べられてるいわくありげなアイテムは、売り物ではないと言われたのだから。
「ええと…例えば、そこのお兄さん」
「はい?」
「ちょっと腕を出してもらえます?」
みのりに名指しされた、垢抜けない格好をしているお兄さんは、言われるままに袖をまくった。
その間に、みのりは棚に陳列されていた壺を持ち出した。中に入っているのは、緑竜の毒をあびたクマさんに塗られていた薬だ。
「ここに、この薬を塗ると…」
壺の中から粘度の高い液体をすくうと、薄くお兄さんの腕に塗り込めた。
その直後であった。
「うわあああああ!」
お兄さんの悲鳴と、店内の人々の悲鳴がシンクロした。
お兄さんの腕の皮が、膏薬と共にボロボロと崩れていくではないか。
しかしみのりは「あわてない、あわてない」と、どよめくお客をなだめる。
「うわあああああ!」
再度お兄さんが驚愕の声をあげた。
「お肌つるっつる!」
そう、膏薬を塗ったところが、キレイなすべすべ赤ちゃん肌になっていたのであった。
「新陳代謝が急速に進んで、古い角質がとれて、キレイな肌になるのです。もちろん、顔にも塗れますよ?」
本当は解毒の膏薬であるが、こういう使い方もできるのだ。実はみのり(さゆり)もこの方法で、年齢に負けない肌を維持していたのである。内緒だよ。
「他にはなにかないのですか?」
「んーと、じゃあこの葉っぱ」
膏薬の横に置かれていた瓶の中から、一枚の葉を取り出す。
「その葉っぱがどうなるんですか」
みのりは指先でくるっと葉っぱを回す。葉っぱはわずかな光を放った。
「おねえさん、そのペットボトルに、この葉を入れて、一分たったら飲んでください」
烏龍茶のペットボトルを腰から提げていた女性に、持っていた葉を渡す。
葉を入れると、ペットボトルの中身が光った。葉はそのまま、烏龍茶の中に溶けていった。
あの烏龍茶を飲んだらどうなるのだろう。店内の人たちや、その後ろに控えるマスコミの注目を浴びながら、女性は烏龍茶を飲んだ。
直後、女性は大量の汗をかき始めた。だが、その表情は晴れやかなものになっていく。
「どうですか? 体、スッキリしたんじゃないですか?」
「はい。とてもスッキリ」
大量に流された汗は、体中の老廃物を排出しているのだった。
「そう。この葉っぱを飲み物に入れることで、最強のデトックス効果のある飲み物ができちゃうのです」
これもクマさんに昨日飲ませた毒消しなのだが、ウソは言ってない。ちなみに使っている薬草は、さきほどの膏薬と一緒である。
「竜の力は、人間にとっては刺激が強いのです。でもうまく使えば、このように身体を中からキレイに、健康にすることができるんです!」
ほぼ完璧な美貌を持つ自分が言うのだから、美容の話は心に刺さるはずだ。それに健康にいいと言われれば信じてしまうのが、死を認識できる人間の心理というものだ。
「わたし、その塗り薬ください!」
「オレはデトックスの葉っぱを」
「皆さんが塗っても効果はありませんよ。ちゃんと竜殺しが塗らないと。あと葉っぱは、
処置料は思いつきで膏薬は五千円、デトックスの水は二千円とした。
鏡の前に置いた籠の中に、お札と効果が次々に放り込まれる。
「うわぁ、なにこれ」
そこにさゆりが戻ってきた。
見たことない盛況ぶりに、さゆりは目を丸くしていた。
「あ、お母さん、大盛況だよ!」
みのりはピースサインを返した。
(つづく)
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