ロマンシア・システム
たつみやはお茶の時間となった。
三人でテーブルを囲み、みのりが用意してくれたお茶をたしなむ。
「そうそう、もう少しで、DSx4vの新バージョンができるから。楽しみにしててよ」
「あんた、今休暇中なんだろ。DSx4vはいいから、しっかり休みなよ」
「DSx4vは私のライフワークだからいいの。これ作ってる時が、一番楽しいのよ」
物作りが好きなところは、
「今度の大型アップデートで、専用ドローン「ファン・フレディ」とリンクが可能になるのよ」
「へえ」
「今のバージョンだとHMDやロードスターのカメラ情報がないとターゲッティングできなかったけど、新バージョンではドローンのカメラで敵を捕捉できるから、HMDやロードスターのカメラで捉えられない対象も捕捉も可能になるよ」
「すごいね!」
「でしょ。さすがみのりちゃん。分かってるね」
あおいがみのりの頭を撫でる。みのりの反応の良さが嬉しいらしい。さゆりの反応が薄いのは、興味がないからではない。この話も長くなりそうだと、思っているからだ。
「レーダーもついててるから、天候や環境、たとえば地平線の向こうにいる地上の対象も観測することができる。それと周辺の竜脈、竜気の情報も得られるよ。すごいでしょ」
「うんうん」
ヤングなだけあって、みのりもこの手の話が好きなのだろう。この好反応がいつまで続くか、さゆりは意地悪な気持ちでみのりの顔を見ていた。
「で、そのドローン…ファン・フレディだっけ? 自動で動いてくれるの?」
「そこが最大の問題なんだよね」
あおいは大げさにため息をついた。そしてクルッとノートPCを回し、さゆりとみのりに画面を見せた。
そこには、新しいDSx4vの概要図が映されていた。
図の上には
「ロマンシアは仮想戦術データ・リンクの名前。そして今回のシステム全体の名前でもあります。リンクするのはDSx4v2.0「セリナ」、ドローンの「ファン・フレディ」。そして新型HMDとロードスターのヘッドユニット。この全てがセリナを中心に結合され、情報の共有が可能になるのです。DSx4vはスタンドアローンのシステムだったけど、これまでの運用実績からネットワーク化しても問題ないということになって…」
ほら、始まった。いつもの長話だ。
最初は興味深そうに聞いてたみのりだったが、あまりにも話が長すぎて、可愛らしい笑顔も最後は愛想笑いに変わっていた。
「要するに、ファン・フレディはまだ自動で動かせないのね?」
「そう、残念ながらね。ターゲットへの追従とか、索敵や情報収集の自動化はできるけど、戦術アルゴリズムがまだ全然できてないのよ。だから、人が操縦しないといけないの」
「どうするの、それ。みのりに操縦させるの?」
あおいはぶんぶんと首を横に振った。
「実はセリナのオペレーションシステム、RX-8に組み込んでてさ」
「まさか、ついてくるつもりじゃないでしょうね?」
「もちろん、ついて行きますとも」
さゆりよりも遙かに豊かな胸を突き出し、あおいはさも当然のように言ってのけた。
「ダメに決まってるだろう。なにバカなこと言ってるんだ」
今度はさゆりが首を振る。
「どうして?」
「今日のニュースみたでしょ? シドニーがほぼ一瞬で壊滅したんだ。こっちの戦場も間違いなく
「でも、オペレーターがいないとセリナもファン・フレディも稼働しないよ?」
「みのりにやらせればいいじゃない。この子なら一日でオペレーションを覚えることができるよきっと」
「みのりちゃんも紫菫竜と戦うんでしょ? だったら」
「ダメ。あおいが行かないと動かせないなら、DSx4vも今のままでいいよ。特に不自由してないし」
「なによそれ。せっかく作ったのに」
「相手は
あおいは黙ってしまった。そしてうつむいてしまった。
あおいらしからぬ態度だ。いつものあおいなら「しょうがないなー」と譲歩しつつ、対案を出してくれるはずだ。
しかし今日は違う。何かを言うかわりに、肩をふるわせた。
「あ、あおい?」
「…じゃない」
そして、小さな声でつぶやいた。
「なに、なんて言ったの?」
顔をのぞき込もうとした瞬間、あおいは勢いよく顔をあげた。
「兄さんは! 連れていったじゃないの!」
鋭い声。その目には涙が浮かんでいた。
「なんで私は連れていってくれないの!」
思わず息をのむ。
あおいは、22年前の事を言っているのだ。
「私が兄さんよりも劣っているから? 役立たずだから?」
「誰もそんな事言ってないよ。本当に危険だから待ってろって言ったんだよ」
どうしていいか分からず、しどろもどろとなるさゆり。
「だったら、なんで新しいシステム、いらないって言うのよ!」
「もう、あの時みたいな後悔をしたくないんだ。分かるだろう?」
「私だって後悔したよ。ついていけば良かったって今でも思ってる」
あおいは、泣いていた。いつも冷静で、気の強い彼女が、泣いていたのだ。
この子が泣くのを見たのは、いつ以来だろうか。昔から、感情の起伏が少ない子だった。
そのあおいが、泣いている。
胸を突かれ、言いかけた言葉を飲み込んでしまった。
「二度と誰も死なせないようにって、沢山導具を作った。DSx4v、竜脈観測機、そしてロマンシア・システム。全部ねえさんのために作ったんじゃないの!」
「分かってるよ」
「この22年間、兄さんに負けない
「知ってる」
「だったら連れていってよ! わたし、絶対、ねえさんの役に立つから!」
「無理だ。
「だったら、私死んでもいい! 姉さんのために死んでもいい!」
「あんたを守れずに死なせたら、あたし、今度こそ自分の事が許せなくなる」
長い沈黙の後、あおいは黙って出ていった。
しばし沈黙が場を支配した。
それを打ち破ったのはみのりだった。
「あおいさんは私が護るから。ね、おかあさん。あれじゃ、かわいそうだよ」
「この話はおしまい。あおいは連れていかない。そう決めた」
「だけど…」
「さっきも言っただろう? もうイヤなんだ。知ってる人が目の前で殺されるの」
みのりは真一文字に口を結んだ。お互いの目を見ながら、しばらく沈黙が続いた。
「紫菫竜の力は、地球から近いところのある流星を呼び寄せること」
先に破ったのは、みのりであった。
「隕石自体はたんなる岩にすぎないの。だから私もおかあさんも、直撃を受けても平気」
「なんであんたがそんな事知ってるんだよ」
「ママと一緒に紫菫竜と戦ったから」
「ママ?」
「安芸津さゆりは、紫菫竜と戦ったんだよ」
こんな時に、一番聞きたい名前ではなかった。
さゆりであって、
「勝ったの?」
「勝ったよ。紫菫竜の力だと、金剛竜の鱗は徹甲できないから」
「でも、あの紫菫竜は果たしてあんたとあんたのママが戦ったのと同じとは限らないじゃん」
「それは」
「事実、あんたの世界 と竜の出現パターンは違っていたんだろう?」
「なんでそれを」
「蒼竜が出たときに「まさか」と言ったでしょ、あんた」
はっとして、みのりは口を押さえた。
「最初は竜が出たことに驚いたのかと思ったけど、その後の反応を見れば想像がつく。あんたの世界では、あのタイミングで蒼竜は出てこなかった。だからみのりは、「まさか」と言ったのよ。違う」
「…」
みのりは黙ってしまった。言い返すことができないのだろう。
みのりを本当の娘にしておきたかった。だからあえて考えようとしなかったのだが、一方で様々な彼女の存在理由について様々な仮説を立てていた。こういう思考実験をしてしまうのが、さゆりという女のめんどくさいところであった。
みのりは一人で、さゆりのいる世界に逃げてきたのだ。逃げてきた理由は様々に考えられるが、トリガーは本当の
なんらかの戦いで
「竜殺しにできないことはない。なにがあっても驚かない」と、草太は言った。みのりの
このような仮説を立てていけば、みのりの本当の
みのりの
紫菫竜の出現で仮説は覆るかと思ったが、どうやらさゆりの予想はドンピシャだったらしい。
「黙っていてごめんなさい。
フッと笑いながら、さゆりはいつものようにゴシゴシとみのりの頭を撫でた。
「怒っているわけじゃないんだ。ただ、みのりの時と今は違う可能性があるという事を言いたかっただけだ。それとあおいを連れて行けない論拠を示したかっただけよ」
これでみのりは納得してくれるだろう。さゆりの子だけあって、賢い子なのだ。
「それにしても、あおいだ。あいつがいないといろいろと困るな」
あおいは責任感が強い女だ。感情で仕事を投げ出すような女ではない。仮に同行を許さなかったとしても、彼女が請け負った官庁や市との折衝は引き続きやってくれるだろうし、導具のメンテナンスもしてくれるはずだ。
だからこそ、申し訳ないとも思う。
「人間の後悔なんて、その人にならないと分からないもんさ。それがアオイには、22年前の戦いに置いていかれたことなんだろう」
そう言ったのは鏡であった。
「だけど、あの時あおいはまだ中学生だったし」
「そういう味噌っかす扱いがイヤだったのだろう。背伸びがしたい年齢だろうし」
「鏡のくせに、年頃の娘の感情を代弁するな」
「鏡だからこそ、分かることもあるということだ」
鏡が言うことも分からないではない。22年前、自分も行きたいと、大粒の涙を流してすがったあおいの顔は、今でもよく覚えている。
(絶対、おねえちゃんの役に立つから!)
22年前も同じような事言われたような気がする。
しかし連れて行かなかったのは、結果的には正解だったのだ。今回の判断も、さゆりは正しいと思っている。
「それと、これまでの様々な導具を開発してきたのも、心のどこかで兄を越えようという気持ちからかもしれない。そのモチベーションを親愛なる
口には出さないが、稔よりも
導具鍛冶はわずかながら竜の力を持つ。その力がオーバーテクノロジーを可能にし、竜殺しのための導具を作り上げる。
安芸津の家も、その血の源流は竜見宗家にある。元を辿れば、導具鍛冶も竜殺しなのだ。
あおいは竜の力がひときわ強い。そこにクレーバーな頭脳とエンジニアとしての天賦が合わさり最強に見えるのだ。
「その言葉を、アオイの前で言ってあげればいいんだよ」
「だけど、戦場には連れていけないよ」
さゆりは首を横に振った。
「大切な妹だもの。あおいは」
そしてあおいも、大切な姉だと思ってくれていることも、分かっていた。
(つづく)
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