探偵 山田太郎と記録者 横須賀一の物語(サンプル)

(冒頭抜粋)

「お、店員さん」

 降りかかった声に、横須賀は顔を上げた。左手側から横須賀の手元をのぞき込む人物を見、やや考えて――先日、本を探しに訪れた客だと思い至る。小柄な体に大きなサングラス、サングラスの上に見えるのは少し眉尻があがった特徴的なりりしい眉と、きっちりと撫でつけられたオールバック。たった一度の来店だったが、それらが特徴的だったので、おそらく間違いではないだろう。

「こんにちは」

 ここは図書館内だ。そのため横須賀は周りに迷惑がかかっていないかきょろきょろと見渡した後、声量を落としてとりあえずという体で挨拶をした。サングラスの人物は、相も変わらず横から見下ろすようにして横須賀を眺めている。

 そしてその手元には、本が三冊と、メモ帳一枚。

「捜し物ですか」

「あー、おう。司書に聞いたんだがあるはずって言った後見つからねーんだ。変なとこに紛れてるだろうからしばらく待ってくれって言われてな。めんどくせーから別のとこで探そうかと」

「何の本でしょうか」

 サングラスの人物の言葉に、生気のない横須賀の瞳がほんの少しだけ好奇心で煌めく。それを見返すサングラスの奥は、横須賀から見えないもののほんの少し目を見張っていた。そして、横須賀にはよく見える口角をつり上げる。

「変な伝承の本さ。民話のコーナー無し、地域のコーナーにも無し」

 本をすべて右手で抱え直し、左手でメモを横須賀に見せる。抱え直された本の背表紙とメモを見比べ、ややあって横須賀は立ち上がった。

 机に広げていた紙を鞄に仕舞い、二冊の本は重ねて席の隅に置く。

「その本なら、宗教のコーナーかもしれませんね。ご案内いたします」

「ほう」

 鞄を持って、するすると本棚の隙間を歩く。コーナー自体は分かっているが、横須賀の目的のコーナーに行く前に何度か動く視線と、コーナーにたどり着いてもするすると進む歩みはサングラスの人物とも見つけられなかった司書のものとも違う。

 横須賀が立ち止まり、指で本の背表紙をなぞるように手を動かす。そうしてから、一番上の本棚から一冊の本を抜き取った。

「こちらでよろしいでしょうか」

「おう。すげーな店員さん」

「以前見かけて、コードが違うな、って思ってたんです。タイトルまでちゃんと覚えてませんでしたが……その時は本を抱えてたのでそのまま通り過ぎてしまったんですけど、きちんと司書の方にお伝えすべきでしたね。申し訳ありません」

 深々、と横須賀が頭を下げると、失笑が返った。顔を上げた横須賀は不思議そうに首を傾げ、しかし笑っている、という事実にへらりと笑う。

「いやなに、助かった。……店員さん、さっき書いてたのは履歴書だろ?」

「あ、はい」

「俺のトコにこねえか?」

「はい?」

 きょとり、と横須賀が瞬く。目の前の人物は愉快げだ。上から見てもサングラスはまるでゴーグルのように顔を覆っていて、なんとか見えかけた隙間の奥は暗くて分からない。ぱちり、ぱちり、と理解できず横須賀はただ見返している。

 サングラスの人物が本を横須賀に差しだし、横須賀が反射で受け取る。そして礼も言わずに自身の胸ポケットから名刺を取り出し、横須賀のズボンの尻ポケットに無理矢理ねじ込んだ。

「明日十九時、履歴書はさっき書いてたのそのままでいい。判子も持ってこいよ」

「へ、え、え?」

「まってんぜ店員さん」

 名刺をねじ込んだ後、パチンとポケットを叩く。びくりと強ばった横須賀に愉快そうに目を細め、さきほど渡した本を奪い返すようにしてひっつかんだ。

「じゃあ、明日な」

 サングラスの人物はそれだけ言うと上機嫌で立ち去り、横須賀はひどく困惑したようにねじ込まれた名刺を取り出す。しわの寄った名刺を丁寧にのばせば、探偵、という文字がある。

「探偵、山田太郎……?」

 それが横須賀と山田のはじまり、だった。

(後略)


----------

(恐らく特徴の強いだろう地の文過多にもほどがある箇所抜粋)

(前略)

 二人のやりとりを聞きながら、横須賀は赤月を見る。メモをとりたいがとれないのでもどかしい。しかしもどかしくとも、とれと言われていないのだからおそらくとってはいけないのだろう。

 多分横須賀がこの場所にいるのは話を聞くためというより、見るためだ。山田はその大きなサングラスが理由かどうかはわからないが、あまり見ることは得意じゃない、らしい。整理の時も、見つけるのがお前の仕事だ、と横須賀は言われていた。

 改めて見ると、赤月は随分と身だしなみに気を使う女性のようだ。肩胛骨にかかる長さの赤茶色の髪は自然な色というよりは染めているようだが、痛んだ様子はない。おそらくふれればするりと通るだろう柔らかい髪の毛先はゆるく巻きが掛かっており、サイドの髪はいたずらに顔に掛からないように編み込んで後ろで結ばれている。この中で一番背が高い――といってもそもそも横須賀は190を越えているのでこの中でなくてもどこでも随分高い方であるが――横須賀だけが立って座ったままの二人を見下ろしているので、その編み込んだ髪を結ぶ髪飾りが青と白のストライプであることは分かった。

 前髪は眉より少し長くしたものを、おそらくワックスかなにかで流しているのだろう。向かって左側の髪はサイドの髪と一緒に編み込まれおでこがでているが、真ん中より少し右側の髪は斜めに流れて表情を作っている。横須賀のように分け目を作っても両サイドが少し眉尻にかかるような髪型とは違いきっちりとしていて、形のよい眉は隠れることがない。

 それ故にひどく悲しそうにさがった眉や、平時ならおそらくもっと溌剌としているだろうに悲しげにゆがんだ瞳の目尻に浮かぶ涙は決して隠れることなく、憐憫を誘うようでもあった。つるりとした白いおでこ、それから悲しみで赤くなった頬。すっと通った鼻筋はおでこと同じく白い。今は右手に隠れてしまっている嗚咽を漏らす唇はピンクがかった赤。おそらくそれにはなんだかややこしい名前がたくさんあるだろうが、横須賀はそういったことにはてんで疎く違いがわからないので真っ赤ではなくかといって暗すぎるわけでもないほんのりピンク、くらいしか読みとれない。

 手は細くて長い指。マニキュアはほんのりつけていると分かる程度の桜色。女性らしい手、としてあげられるイメージに随分近いと言える。

 ほっそりとした首筋のラインから下を見る。襟元は女性の着る服によくあるデザインで、少し空いていて鎖骨が見える。その上には小指の爪ほどの小さな緑の石。石の周りには銀の飾り枠があり、そこから細い銀のチェーンがつながって、首元を飾っている。

 きっちりとアイロンの効いた薄い青と白のストライプシャツは長袖より少し短い。七分袖だっけ、と横須賀は考えるが、正直半袖より長く長袖より短いものは全部七分袖かなとか考える程度のざっくりとした知識だ。細い左手首を、細いピンク色のベルトが飾っている。内側に文字盤を向けているのかベルトしか見えないが、アクセサリーにしては飾りがなさすぎるので間違いではないと思われる。大腿部の上に置かれた左手は拳を作っており、ベルトのバックルはテーブルと拳の影でわからない。ベルトはきっちりとラインを作る黒。ズボンは白色で、Gパンではなく伸縮しやすいタイプのようだ。

 赤月が座ってる状態で読みとれるのはそれくらいだ。上から見ているとはいえ、足下まではわからない。赤月の持ってきた鞄は細いベルトのショルダーバッグで、色ははっきりとした赤色。悲しみにうかぶ涙を拭うためにハンカチを取り出したものの、小さなサイドのポケットから取り出したので鞄の中は見えなかった。

 山田に賢明に語りかける赤月をゆっくりと観察した横須賀は、今度はちらりと山田を見た。山田は横須賀と違って随分小さく150センチある程度の身長で、座っている状態だがおそらく赤月より小さい。山田との差をざっとみても、赤月は160はあるだろう。

 ワックスできっちりと撫でつけたオールバックの下の眉はほとんど動かない。ゴーグル型のサングラスで目元がわからないのも相まって、口元だけが表情を伝えている。大きく持ち上げられる口角とは反対に、顎は小さい。その下の細い首と、一応程度にアイロンが掛かった襟に、白いシャツの下から透けて見えるのはベストの黒色。赤いネクタイはすらりとした首元を苦しめない程度に締まっている。

 ふ、と、山田がこちらを見たような気がして横須賀は視線を逸らした。赤月をもう一度見る。山田が小さく笑ったような空気を揺らす音がした。

(後略)


(2016/12/20)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る