第4話

 一人自宅に戻った私は、深雪に言われたことを思い出しながら新の日記帳を手に取った。



『――とにかく今は色々と確認しながら、日記帳についても調べていきましょう?』

『確認?』

『そう、例えば……』



「複数の日付を読むとどうなるのか……か」


 確かに、今までは1日分を読んで眠ってしまっていた。

 けれど何日か分まとめて読んだとしたら……その日の夢はどうなるんだろう。


「――よしっ、読むぞ!」


 久しぶりに開けた日記帳は……どこかひやりと冷たかった。



◆―◆―◆


4月11日


最悪だ。さっそく学校を休んでしまった。

今日は各クラスの学級委員で構成された委員会の集まりがあったのに……。

竹中さんは一人で行ってくれたのだろうか。


明日謝らなくちゃ……。

……でも明日、学校に行けるのかな……。


◆―◆―◆



◆―◆―◆


4月12日


やっぱり今日も学校には行けなかった。

クラスのやつらにも竹中さんにも迷惑をかけている。

……申し訳ない。


夕方、奏多が見舞いに来てくれた。

いつもありがとう。


◆―◆―◆



◆―◆―◆


4月15日


週が明けたのに俺は今日も休んでいる。

俺が学級委員で本当によかったんだろうか。

田畑先生から電話がかかってきて、俺の分の仕事も竹中さんがやってくれていると聞いた。

迷惑ばかりかけている。

先生は気にするなって言っていたけど、やっぱり俺じゃあダメなんだよ。

明日も休むようなことになれば先生に言って他の人に学級委員を変わってもらおう。


◆―◆―◆



◆―◆―◆


4月16日


久しぶりに学校に行けた。

クラスのみんなにはいつものように風邪ってことになってたみたいだ。


竹中さんに謝ると気にしないでと笑っていた。

本当にごめんなさい。


明日から春のオリエンテーションの準備が始まる。

泊りがけのキャンプなんて……俺は参加出来るんだろうか。


◆―◆―◆



「そういえば…こんなことあったなぁ……」


 新学期早々、新が何日も休んでしまって目が回るほど忙しかったのを思い出した。

 でも、これがきっかけで声をかけてきてくれた深雪や他の友人たちと仲良くなれた。

 だから私にとってはマイナスな思い出ではなかったのだけれども……。


「新はこんな風に思ってたんだなぁ…」


 不思議な感じだ。

 あの頃の新の気持ちを、こんな形で知ることになるなんて。

 ――そしてこれからもう一度、あの頃の新に会うなんて……。


「新……」


 大好きだった彼の名前を呟くと……私は、パタンという音を立てて日記帳を閉じた。



◆◆◆



 目を開けるとそこは、数年ぶりで数日ぶりの3年2組の教室だった。

 黒板にはチョークで411と、書かれている。


(日記帳の日付と一緒……)


 ということは、新は学校には来ていないはず……。

 教室の中を見回すが、やはりそこに新の姿はなかった。


「あれ?新は?」

「今日休みらしいよ」

「えー、貸してって言われてたCD持ってきたのにー」


 少し離れたところから聞き覚えのある声が聞こえる。


(深雪、だ……)


 まだこの時は、ほとんど話したこともなかった。

 3年目の中学生活で初めて同じクラスになって……高3の今も一緒にいる、大切な親友。

 ただ、今の時点ではまだ単なるクラスメイトでしかない。


(なんか変な感じだなぁ)


「旭?どうしたの?」

「あ、ううん。なんでもないよ」


 ボーっとしていた私に後ろの席にいた陽菜が不思議そうに聞いてきた。


(陽菜も懐かしい……この前久しぶりに会ったなあ……)


 辻谷 陽菜つじたに ひなは中学3年間ずっと同じクラスだった。

 高校が別れてからはなかなか会うことができなかったけど……久しぶりの再会がまさか新のお葬式になるなんて、思ってもみなかった……。


「よーし、席につけー」


 そんな事を考えていると、田畑先生が出席簿を持って教室に入ってきた。


「今日の欠席は……鈴木だけだな」


 連絡事項を話し、先生はホームルームの終了を告げた。


「竹中」

「っ……は、はい!」


ボーっとしていた私の席の前に、いつの間にか田畑先生が立っていた。


「悪いが今日は昨日言ってた通り委員会の招集があってなー」

「そう、ですね」

「鈴木が休みだから、悪いが竹中一人で行ってもらえるか?」

「わかりました」

「よろしく頼むな」


 それだけ言うと田畑先生は教室を出て行った。


「はぁー……」


 分かってはいたけれど、憂鬱だ。


「旭―大丈夫?」

「うう……しょうがないし、頑張るよー」

「ファイト……」


 陽菜の慰めを背中に聞きながら、机の中から教科書を取り出すと1限目の準備を始めた。




「――あれ?」


 放課後の委員会を終え、教室に帰って帰宅準備をする。

 誰もいない教室はガランとしていた。


「これで本当にいいのかな……」


 今の私がしているのは、完全に過去の繰り返しだ。

 何にも変わらない、3年前に起きた出来事のまま。


(このまま家に帰って今日が終われば、新の日記帳の中身は変わらないんじゃあ……)


 全てのページを変える必要はないのかもしれない。

 でも、あの日を迎えないためには……やはり同じことを繰り返しているのではいけない気がする。


(でも、どうすれば……)


 そう思いながら手元を見ると、一冊のノートがあった。

 さっきまで行っていた委員会で話し合った内容をまとめたノートだ。


(そうだ!)


 日記帳にはと書いてあったから、きっと休んだ原因は風邪ではないのだろう。

 なら、寝込んではいないのかもしれない。

 ――もし本当に寝込んでいた時の為に、1枚の手紙を書いてノートに挟んでおくことにした。

 そして私は、職員室にいるであろう田畑先生の元に向かって走った。




「――またここに、来れたね……」


 あのあと、職員室にいる田畑先生に話をすると、すんなり新の住所を教えてもらえた。

 そのまま行ってもよかったんだけど、今の私が新の家を知っているのは不自然に思われるかもしれない。

 ――不審に思われることは、できるだけ避けたい。

 ただ、ついでにこれも渡しておいてくれって田畑先生の授業の宿題プリントまで預かってしまったけれど……。


 ―― ピンポーン ――


 チャイムを鳴らすと、プッ……という音に続いてくぐもった声が聞こえた。


「はい……?」

「あ、あの……竹中です!」

「え……?」

「同じクラスの!竹中です!」

「ちょ、え、あ……ちょっと待ってて!」


 慌てた声と重なるように、ガタンッという何かが倒れたような音が聞こえたけれど……大丈夫だろうか……。


 ―― ガチャ ――


 少し待つと、目の前のドアが開いた。


「……こんにちは」

「……どうも」

「…………」

「…………」


 …………会話が続かない。

 それもそうだ。

 新にとって私はまだ、初めて同じクラスになった女の子でしかないのだから。

 ――なのに、家まで来るとか……下手すれば不審人物扱いされてもおかしくない……。


「あの……どうしたの?」

「あ、えっと……風邪はもう大丈夫?」

「…………うん、だいぶマシ」


 風邪、という言葉に一瞬驚いた表情をしたけれど、すぐにそれを隠すように新は返事をする。


「……あの、ね!田畑先生に家教えてもらったんだ!」

「田畑せんせーに?」

「今日委員会あったでしょ?もしかしたら鈴木君休んじゃった事気にしてるんじゃないかなーって思って」

「…………」

「だから、もしよければなんだけど――はい!」


 そう言って差し出したノートを新は……少し悲しそうな顔をしながら受け取った。


「迷惑かけてごめんね……」

「そんな……誰にだって体調悪い時はあるよ!だからそんなこと気にしないで!」

「うん……」


 受け取ったノートをパラパラとめくると……ありがとう、と呟いて新は目をそらした。


「…………」

「…………」

「あ、明日は、学校来れそう?」


 沈黙に耐え切れず、思わず言ってしまった言葉に後悔する。

 明日も来週も新が学校に来れないことを、私は知っていたのに……。


「どう、かな……行けたらいいんだけど……」

「む、無理はしないでね!」

「ありがと」

「…………」

「…………」


 漂う重い空気。

 さっきの失言をどうにかしようと必死に考えるけど――何も浮かばない。

 頭をひねって必死に考えて思いついたのは……田畑先生に渡された一枚のプリントの存在だった。


「そ、そうだ!私田畑先生からこれ預かってたんだ」

「……数学の、プリント?」

「宿題、だって……」

「……そっか」

「…………」

「…………」


再び私たちを、沈黙が襲う。


「――それじゃあ私、帰るね……。あの……お大事に、してね」

「あ、うん……。わざわざありがとう」


 結局、私は……新の前から逃げる事しかできなかった。

 ノートを手にした新に背を向けると、私は新の家を出た。


(あああ……なんであんなこと言っちゃったんだろう……)


 後悔が私を襲う。

 新だって学校に行きたいに決まっているのに。

 しかも、そのことを日記帳を見て知っていたのに……。


「私って……本当にバカだ……」


 目頭が熱くなって、こぼれそうな涙を拭おうとしたとき……私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「――竹中さん!!」

「っ……え、鈴木君!?」


 新の声に思わず振り返ると、慌てたように玄関から出てきた新の姿が見えた。


「これ!ありがとう!嬉しかった!」


(新……)


「明日は無理かもしれないけど、来週は絶対学校行くから!そしたらまたよろしくね!」

「……うん!待ってるね!」


 そう言う私に新は大きく手を振ると、照れくさそうに頭を掻いて家の中に戻って行った。

 ホッとした私は、新の姿を何度も何度も思い返しながら、自宅への帰り道を軽やかな足取りで歩いた。




 そして私は……醒めることのないまま、夢の中で翌日を迎えた。

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