第76話・第七餃子

 金沢に名店数あれど、小立野台地(せまい!)にその名を轟かせる名店中の名店。マッタニがバイトをはじめた「第七餃子」は、美大生が入学して最初に巡礼する聖地だ。

 美大のほど近くにあるこの店は、毎日、腹を空かせた貧乏美大生と、その周辺のあまり上品でない人々とでごった返している。油でペタペタする暖簾をくぐると、餃子のにおいが渦巻く熱気に圧倒される。その熱量は、人いきれのせいもあるが、10基ばかりもあるガスコンロがフル回転していることによる。シンプルに四角い店内の中央に広々とした厨房があり、一直線の横並びになったガスコンロが、餃子を満載した鉄板に盛大な炎を送りつづける。多くの「餃子焼き職人」らは、ひっきりなしに鉄板を揺らし、油を注ぎ入れ、流し捨て、餃子の焼け具合いを確かめてはひっくり返し、皿に移しては、次から次へと客の前に運ぶ。餃子の投入から焼き上がりまでは流れ作業で、その流麗さはオートメイションの自動車工場を彷彿とさせる。そんなオープンキッチン・・・というか調理作業の模様がむき出しの厨房をコの字に囲んで、長々とカウンターが配されている。客は、25人ほどが内向きの横並びに座れるようになっており、この形状は、なるほど本当にキッチンスタジアムのようではある。が、調理の進み具合いが目前に鑑賞できるとは言っても、おしゃれというわけではなく、ただただ餃子がベルトコンベアのように移動して焼かれていく工程を見せられるだけなので、むしろ工場見学といった趣きだ。合理性と効率だけを追っかけたらこうなった、という、つまり最も粗雑な店内の構造だ。そしてこの構造のせいで、注文をした客はいよいよ待ちきれなくなり、ますます腹をすかし、よだれを湧き立たせて、ここのホワイト餃子に恋い焦がれてしまうのだった。

 さて、厨房の奥には座敷が三、四室あり、その中の一部屋では、おばちゃん(餃子包み職人)たちが日がな一日、餃子をくるくると包んでは、バットに並べている。その速さたるや、そしてその手から生み落とされる餃子の量たるや、そして次々に重ねられるバットの数たるや、ものすごい。その大量の餃子が、常時すき間なく席を埋める客と、途切れることなく後ろに行列をつくる客の胃袋に、またたく間におさまっていくわけだ。この餃子を包むおばちゃんたちが開始点だとすれば、この人物は最終点といえる。新入りのバイト生・マッタニは、厨房のいちばん端っこで、いつもフライパンを洗っている。尋常でない数の餃子が焼かれつづけるので、油まみれのフライパンも、ひっきりなしにマッタニの手元に放り込まれる。それを亀の子タワシでガシガシと磨くのが、やつの仕事らしい。

 オレは、ゴルフボール大の餃子が一皿15個で330円、という信じがたい安さ(そしてうまさ)のホワイト餃子と、150円ばかりの豚汁とを口に運びながら、あいつはえらいなあ、まったくたいしたやつだ、オレもやつのようにたくましく生きねばなあ・・・と、半ば憧れに似た想いを抱かされる。仕送りをもらって楽をしている自分を、情けないと感じざるを得ない。

 そんなある日、金沢市街のど真ん中の「片町」というかっこいい場所にある居酒屋「村さ来」の店先に、「学生アルバイト募集中!皿洗い、時給550円」の張り紙を見つけたのだった。マッタニの後ろ姿を思い浮かべ、「ようし!」とこぶしを握る。ひょいとその店に飛び込んだ。

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