第75話・マッタニ

 彫刻科の新入生、すなわち同窓の面々は、四浪が1人、三浪が2人、一、二浪が5人、そして現役通過は7人というバランスだ。同期の半数以上が、年上というわけだ。居並ぶ顔を見渡したところ、愚鈍そうなやつや真面目そうなやつはいても、ぶっ飛んだ芸術家はいそうにない。ましてや天才となると、オレくらいのものか。どいつもこいつも、競争相手として見栄えがしない。コツコツ型の小市民が集まるのが田舎美大というものだと知った。まあ、想定内だが。

 そのとき、不意に話しかけられた。

「じぶん同い年やろ。よろしくたのむわ」

 脳天のどの器官から発声しているのか、笛のような甲高い声だ。先刻の自己紹介によれば、たしか松谷という男だ。マッタニ、と読む。

「仲よーしょなー」

 マッタニはオレと同じ現役組で、行動・言動・脳の造りがどこまでも吉本流儀な、コテコテ関西人だ。一重で切れ長の目は細すぎ、まぶたのすき間からちゃんと外界が見えているのか心配になってくる。が、横方向には視野がよく利くらしく、油断がならない。つき合ってからわかっていくことだが、利にさとく、ゼニ勘定に強い。なのにどこか抜けていて、憎めないやつだ。優しさの裏返しのドライっぷりも気持ちのいい男で、オレたちはすぐにウマが合った。

 マッタニは、同い年なのにはるかに早熟で、人生経験で常にオレの数歩先をいっている。いつもタバコを横くわえにふかし、「モンキー」というスーツケースにおさまりそうなミニバイクにまたがって颯爽と(・・・いや、かなり滑稽に)登校し、時給が高いとウワサの人気ギョーザ店でさっそくバイトをはじめ、ヤニくさい部屋で仕送りなしの自活をしている。そして、小さなコタツの机面をひっくり返して麻雀牌をガラガラとかきまぜながら、「セックスは100回はしたで」とうそぶくのだった。オレは、やつのそんな細すぎる目を見て、う、む、むー・・・とうなるしかなかった。

 オレの下宿部屋には、コタツやストーブ、エアコンをはじめとする暖房器具が一切ない。生活用品を極限までしぼったはいいが、シンプルが過ぎたようだ。北陸の春を甘く見ていた。寒すぎる夜には、毛布にくるまってカキピーをポリポリとかじるしかない。温風を送ってくれる装置がない以上、辛いものでも食べて基礎代謝を上げ、内側から熱を出すくらいのことしかできない。温かい食べ物をつくろうにも、キッチンがない。人肌でぬくもろうにも、触れ合ってくれる彼女など夢のまた夢。ついでに言っておけば、この部屋にはテレビもなく、電話も共用。ましてやパソコンなど、近い未来にゲイツかジョブズが出現するのを待つしかない。つまり、夜になるとすることがない。こんな部屋でひとりきりで過ごしていると、精神崩壊の・・・いや、生命の危機というところにまで問題が及んでくる。

 そんなわけで、コタツ、電気ストーブ・・・機械的なぬくもりに満ちたマッタニの部屋は、オレにとって第二のねぐらとなりつつある。

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