第60話・撮影

 校内での撮影がはじまった。

「時間のとれるひとはできるだけ集まってー」

 監督・キシから号令がかかり、使用許可をもらった会議室にモブ集結。全員で大激論するシーンや、支配者階級に威圧されるシーン、天然キャラが売りの女子が怒りに打ち震えて片手で鉛筆をへし折ったり、わめき散らす男が両脇を拘束されて排除されるシーンなんかが撮られる。そんな中、主人公(オレ)は、テストの答案用紙でひたすら紙飛行機を折って、カメラに向かって飛ばしつづける。シュール(!)な世界の断片を集める作業だ。それを編集班が、美術科的センスでもってコラージュしていくわけだ。

 映像はおしなべて無機質かつ抑制的。この乾きっぷりは、「音楽だけで」という試みになじませるためと、最後の炸裂のためにメリハリを利かせようという制作意図、そしてなによりも、芝居経験ゼロな演者たちのヘボ演技の必然の産物といえる。

 はじめのうちは距離を置き気味だったクラスメイトたちも、この頃では結構たのしんでやっている。キシは、集まってくれた誰もがなるべく画面上にフェアに映り込むように心を砕いている。しかも、美しい女子は見栄えがするようにより美しく、太っちょやチビな人物はその際立ったキャラが生きるように、また逆に、極端な性格の者はそのキャラ前提を裏切るように撮影したりして、放埒に遊んだりもする。その場で「こうすれば?」という意見が出れば、柔軟に取り入れ、組み込むこともやぶさかではない。フリーな構成が許される映画作法を用いているので、口うるさいゲージツ家同士が集まっても、問題なく対処できるのだった。

 撮影は快調で、参加する誰もがノリノリになってきた。わが「深夜教室酒盛り部(違法団体)」の女子連中などは、「白痴みたいにふるまってくれ」と監督に要求されると、あべさだのような真っ赤な古着物を持参し、誰もいない早朝の駅前一等地の路上を裸足でしなしなと舞いはじめる。朝焼けがたなびく硬質なビル群と、オリエンタルな雰囲気のゲイシャたち、という対比。秀逸だ。演技というよりも、あからさまに「飲酒による酩酊状態の未成年」と確定できそうな画づらだが、そのあたりのかわいい非合法っぷりが、権威に対しての反抗であり、すなわち、プチ前衛でもある。そう、これはれっきとした芸術運動なのだ。

 裏方スタッフによる撮影フォローもぶ厚くなってきた。音響や、タイムキーパー、記録係、そして室内撮影では照明係も活躍する。「レフ板」などという小道具も手づくりだ。光線が一方向からだと画面上でのコントラストがきつくなるので、各方向からアルミ箔を張った板で照らして、映像をやわらかいトーンに仕上げるのだ。このあたりの作業でも、各々の専門的な資質が役立つ。クラスの力が、無駄なく、いいものをつくろうという一方向に動きはじめている。

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