第57話・荒削り

「ちょーしゃどうじぇ~(調子はどうだ?)」

 くわえタバコのタマイ先生が、石彫場・・・とは名ばかりの、石クズ捨て場に様子を見にくる。そこが、わが仕事場だ。手を止め、つぶれたマメだらけの手の平と、一向に形が変わっていく気配のない石塊をお目にかける。

「なんやこるぁ。なんにも変わっとらんがや」

「硬すぎて、ぜんぜん彫れーへんのです・・・」

「たーけ。こーやるんやげ~」

 毛むくじゃらのぶ厚い手に、ノミを引ったくられる。ぽかんと口を開けるオレの前で、翁は手本を見せはじめた。

 キーン、キーン、キーン・・・

 リズミカルで小気味のいい金属音。力を入れるでもなく、回転と反動、その反復で、げんのうをノミ尻に打ち込んでいく。この60近いおっさんの熟練の技術に、しばし陶然と見とれてしまう。

 タマイ先生のノミの刃先は、石の表面に細いみぞを刻んでいく。一直線の谷がみるみるうちに伸びていく。かと思うと、今度はそれに平行して、また一本、また一本とスジが刻まれていく。やがて、お互いに数センチの間隔を置いて「川の字」のようなみぞ跡ができた。

「この間をハツるんじぇ~」

 そうして刻まれたみぞに対して、直角に刃を入れる。この日いちばんの打撃をくれてやるのだ。すると、みぞとみぞとの間で盛り上がった山脈の部分が、ポコーン、と取れた。まさしく、ハツった、という感覚だ。清々しいまでに簡単な破壊だった。彫るのではなく、削るのでもなく、タマイ先生は、まるで石の表皮をはがしてでもいるかのように、余分なボリュームを取り除いていく。なるほど、これは合理的だ。

「ほれ、やってみい」

 コツを伝授されると、俄然、意欲がわいてきた。不細工ながらも、ノミ先でスジを彫り込んでいく。それが何本か並ぶと、間の盛り上がり部分を真横から小突く。すると、大きな塊がぽこりぽこりと取れる。地道な作業で周到に準備しておき、最後に一気においしいところを持っていく、というのがいい。これは面白い。荒削りの技を体得だ。

 「実習」と称するこの専門科目(オレにとっては彫刻)のコマは、毎日二時間から四時間もあてられている。その間、ずっと石を小突きつづける。汗まみれ、マメだらけで仕事を終えると、徐々に石の形がイメージに近づいていくのがわかって、なんだかとてもやりがいがある。ちゃっちゃと手の平で形を練りあげられる彫塑と違い、硬い素材の進捗は遅い。しかしそれ故に、頭の中で形を練りあげる時間がたっぷりとある。悠久の産物・黒みかげ石に向かいつつ、完成図のあれやこれやを転がし、ほくそ笑む。イメージはまとまった。オレは牛骨をモチーフに、「なんか荒野に転がってる、生物が風化した感じのやつ」を彫り進めていく。

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