第17話・内職

 オレがちょこちょこと画を描いている横で、お母ちゃんは内職のミシン仕事をしている。いや・・・厳密には、お母ちゃんがミシン仕事をしている横で、さびしがり屋のオレが画を描いているわけだが。

 ここいら一帯は、織り物の産地だ。ハスのあぜ道を歩くと、あちこちに直角三角柱を横倒しにして並べたような織機工場の屋根が散見できる。そのノコギリ屋根からは一年中、自動織機が機を織る「ガッチャンコ、ガッチャンコ・・・」というけたたましい音が聞こえている。そうして糸から織り上げられた布地は、同じ町のどこかで加工される。次の作業を担う誰かの手によってパターンに裁断され、次の誰かによって衣類の形に縫合され、さらにプリントだの刺繍だのの装飾を施されて、最終的にひとつの完成品に仕立てられるのだ。わが町全体が、服づくりの一大作業場となっているわけだ。一枚のシャツをつくりあげるベルトコンベアーが、あっちの工場からこっちの工場へとハス畑を縫うように走り、町外れで完成する、という画づらを想像してもらえればいい。要するに、町中の誰もが、服づくりのどの工程かを担っている。織機工場はその大水源で、毎日毎日、派手な音を立てて、ひろげればどれほどの広大な面積になろうか、という生地を織り上げている。 

 そんな町ぐるみの流れ作業のうち、上流で枝分かれした一細脈を担うのが、お母ちゃんだ。衣類を構成する部品のひとつひとつは、末端の人間の内職にゆだねられているのだ。

 タタミの上に寝転がると、そこは布の切れっ端の海だ。10センチ四方に満たない布切れは、毎週、箱詰めになって送られてくる。それをお母ちゃんがミシンの下にぶちまけると、せまい四畳間はたちまち足の踏み場もなくなる。その上質な布のかたまりの上に、オレは頭をのっける。なかなか心地よい。寝転んだその横では、毛玉を足裏一面にはり付かせたお母ちゃんの靴下が、洗濯板のようなミシンのアクセルを踏んでいる。トカタタタ、トカタタタ・・・そのリズムは、まるで子守唄だ。不思議に鼓動とシンクロし、眠気を誘う。

 目を覚ますと、次の工程がはじまっている。ミシン作業によって、四角い布切れ二枚合わせの周囲三辺を縫い上げられた袋状の小片が、たくさんできている。こいつを、今度は裏返しに折り込まなければならない。縫い目を内側に隠すようにこうして表裏を引っくり返すと、小片に立体的な膨らみが出るのだ。いったいこんなものをなにに使うのだろう?当のお母ちゃんに聞くと、

「背広のずぼんのチャックにつける部品らしいわ」

と言う。

「よーしらんけどね」

 ・・・そんなわけで、お母ちゃんには、自分が今つくっているものがなんなのか、ついにわからない。犯罪がらみだったらどうするんだ(それはないが)。

 とにかく、いっこ5円ナリ。お母ちゃんは日がな一日、こいつをミシン針から繰り出し、引っくり返しつづける。淡々と、粛々と、そして延々と・・・気の遠くなるような反復作業だ。仕上がったものは、ひざ元のプラスチック箱に並べられていく。箱をいっぱいにするには、かなりの時間と労力がかかる。そこで、オレも手伝いを買って出る。しかし、この袋状のパーツを裏返しにする作業には特別な技術が必要で、縫いしろをうまく折り込んでエッジを形よく鋭角に立てるのがむずかしいのだ。幼い手がいじくりまわすうちに、布のへりはささくれ、ミシン目はほどけて、大切な「5円ナリ」がズタズタになっていく。しかしその惨状を見ても、お母ちゃんはカラカラとほがらかに笑っている。そして、小さな手からみすぼらしい作品を受け取り、お行儀よく完成品が並べられたボックスの端に、ちょこんと参列させてくれるのだった。

 こうしてわが手にかかったズタズタ不格好なパーツは、ごぼぜこ通りをはるか下った縫製工場に流れ、どこかのブランド品スラックスの股上に縫い込まれるはずだ。それによって、誰かのちんこが出しづらくなるのだとしたら、なんだか申し訳ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る