A8-2

「──さて、『Z』選手。この試合、どう見る?」


 じつきよう席にて。席にもどった金谷が話をる。

 試合の展望について意見を求められたやすは一言、次のように答えた。


「わからねえ」

「……何?」


 金谷の眼鏡が鋭く光った。これは給料をカットしようという時の目だ!


「いやいやマジで! に言ってるの!」

くわしく聞こうか」

「……信用ねえなあ」


 安田は一息つき、


「アオイが強いのは、これまで見てきた通りだな? とんでもない実力だよ。あつとう的だ」

「うむ」

「でも……圧倒的なだけじゃ、あの山本おつさんと何も変わらないんだよ」


 安田は一つ一つ考えながら、言葉を選んで話す。


「山本とアオイで違うとすれば……山本の強さはあくまで、現代かくとうの強さだ。アオイはそうじゃない」

「というと?」


つうの格闘技でもないし、スキルでもない。完全に未知の動きだ。だから、何してくるかサッパリわかんねえ。予測が立てづらい」

なるほど


「アカリちゃんは、あのやつかいなA1と渡り合う方法は自力で思いついた。じゃあ、アオイに対して同じ事ができるのか?」


 安田はうでを組んでに背を預けた。


「……そんなの、予想できるわけがない」


 もはや言うべきことはすべて言った、とでもいうような様子だ。


「って事だ。全くこわいよな、どっちも。ホントに」

「恐いといっても、お前はゴーグルつけたらビビらないだろう」

「そこの二人だって、ビビってないじゃん」


 安田は、決勝にいどむ両者を示した。


 仮想空間に向かい合うアオイとAKARIは、それぞれの戦闘準備に入る。

 客席全体はそのただならぬふんから、緊張感に支配されていた。


 アオイは両手を下げた自然体で立ち、目から光を消す。自らの存在感を「幽霊」レベルまで下げ、いつでもばんぜんの加速に入れる状態を作り出す。

 一方アイドル・AKARIは、思い切り息を吸い込み──


「みんなーーーーーーーーーっ!! ここまで……ここまで来たよ!!」


 逆に自らの存在を、高らかに宣言する!


「私、全力でいくから。全部ぶつけるから。だから……」

「アカリの全部……最後まで、み・て・ね♥」


 彼女は指を空にかかげ、最大限のウインクをした。すると、


「「「ウ……ウオオオオオオオオーーーーー!!!」」」


 客席が、息を吹き返したようにいた!


 [READY]


 試合開始を予告する文字が表示される。


 そうほうのファンがかんせいをぶつけあう中、AKARIはこのおよんでまだ客席に手を振っている。自らを理想のヒロインに変えるしき


 客席のファンがAKARIのおうえんさけぶ。たいこうするように、アオイのファンも声援を送る。会場が歓声に満たされた、その中で。


 [FIGHT!!]


 決勝の戦いが、始まった。


 二人の少女は、そくに動いた。

 アオイの全身から、いつしゆんにしていろい殺気がき出す!


 それは恐るべき宣戦布告にして決意表明。


 殺気というものは見えない。聞こえない。れられもしない。

 五感のどれでもとらえる事はできない。

 なのに、その殺気は何よりもゆうべんに語る。


 ──わたしは、この身にまわせる全てを解放してこの試合を戦い、

 ──楽しみ、

 ──そして、



 ──目の前のお前を殺す。



 静から動へ。すべるようにアオイの足が前に出る。


 同時、彼女の腕はしなやかなせきえがき、二本の指のせんたんはジャベリンのごとく目の前のアイドルの顔面をつらぬかんとき込まれ……


 しかし、相手のほおかすめて通り過ぎる!


(よし。考えろ、私……考えろ考えろ)


 これもまた、彼女の思考の結果だった。アオイにとって最善の初手は何か?

 それは今までも多くの試合で見せてきた、この瞬速しゆうつぶしだ。だから、[FIGHT!!]の合図とともに、それが来ると決めつけた。


 よって試合開始と同時に、首を横にたおしたのだ。


 そもそも人間の眼球は、ねらうべきまととしてはひどく小さい。ほんの少し位置をずらしてやるだけで、視力をうばうという目的は不発に終わる。


 アオイの腕がびきる。絶好のタイミングだ。AKARIは反撃に転じた。

 自らの顔の横で伸びているアオイの腕をかかえ込もうと両腕を出す。

 それに対してアオイは。


「や……ああっ!」


 前に出した腕をあえて引かず、そのまま前進する!


 勢いのついたこの状態からなら、腕を引っ込めるよりもさらに前に出るほうが速い。アオイはどうたいをぶつけるタックルで、相手の体勢をくずした。AKARIの関節わざが失敗する。


「くっ……この……!」


 アオイは相手の「殺気」を読む。殺気に直接反応すれば、相手の動きを見てから反応するよりも、もちろん速い。

 そのままアオイはすれ違うように前進し、いったん、その場をだつした。AKARIからきよをとる。


 サブミッション使いを相手に至近距離の戦闘を続けるのはさくである。間合いを取り、基本的には立ち技でめるべきだ、と鋭一からもアドバイスを受けていた。

 AKARIが起き上がる。再び、互いに立って向かい合う。


「ふぅーーーーー。ッよ」

「うん。わたしは強い」


 アオイはへいたんな口調でこたえる。それは彼女の、生まれてからの積み重ねの結果。技を受けぎ、父からの課題をこなす中でつちかわれた、確固たる自信。


「でも」


 AKARIは言葉を継いだ。呼吸を整える。片手を上げ、親指と中指をこすり合わせる。


 そして、


「私は。私が──『最強』に、なりたい!」


 指を、スナップした。

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