A7-3

 ──ぼくしきが暗殺けんとして大いにるわれていた時代と現代には、ひとつ決定的に大きな差がある。殺人拳を受けておきながら、生き残ってしまう人間の存在だ。


 暗殺ぎよう時代のぼくしき。その技の内容を知る者は、一色家にしか存在しなかった。技を受けて、生きて帰る者がいなかったからだ。

 情報がないために、ぼくしきおうは受ける者にとって常に未知であり、使い手は存分に初見殺しを決める事ができた。


 だが、今はちがう。プラネットの配信動画で、だれでもその技を見ることができる。


 結果として技が破られた。当然のごとく、アオイにとって──いや、一色家にとって初めての経験だ。ゆえに、仕方ないのだろう。

 ここで彼女の殺気がれ、わずかな隙を見せてしまったのも。


 山本は、そこを突く。着地からかんぱつ入れず左腕でスプリングし起き上がる。うつぶせに近い体勢となった、アオイの背後を取る!

 あつとう的に有利な位置取り。それは対戦相手にとって、敗北へと続く固定されたレール。


「ハァーッ……。ここからは、俺の時間でいいか?」


 山本の左腕が、動いた。


 アオイはすぐに振り返ろうと、反射的に身を起こしつつ腕を持ち上げる。

 だが──それがあだとなった。


 左腕で首をかかえ込みにかかっていた山本は、アオイの腕が上がっているのをけ目なく捉えた。彼はアオイの左腕を自らの腕でからめとる。


 ──そこからは、様々な事が起こった。


 山本はアオイの片腕と首をまとめてらえた。

 そのままめにかかる。右腕が使えないため、肩と頭とで自らの左手首をはさんで固定。ネックスリーパーが決まった。

 うつぶせとなるアオイにおおいかぶさるように、山本は彼女を押さえ込んだ。


 全ての動きが並行し、相手の全身を機械的に制する。


 時間にして一秒以下。こうして、山本のわざが完成した。

 今やアオイは片腕をばんざいした状態で腕と首を絞められ、下半身もふうじられている。

 まさに完封。右腕を欠いてなお、この完成度で技を極められるのが山本道則だ。


「おっと……これは見事! もはやんだか?」

「そうかもしんねえな。ここまでまっちゃうと俺でも……あ、まてよ。右腕が動くなら……いや、やっぱダメだ。詰んでるわコレ」


 じつきよう席にて。ランキング1位「Z」は、検討の末に逆転の可能性をきやつした。

 やはり熟達者の寝技はおそろしい。一度技を完成されてしまうと、状況をくつがえすのは相当に難しくなる。


「むー……ううっ!」

「ギブアップしたければするがいい。はじではないぞ」


 ここにきてアオイは初めて、一人で苦戦と呼べる状況にそうぐうした。思うがままに暗殺拳を振るってきた彼女が、今は何もできない。


 左腕は? 動かせない。頭は? ヘッドバットも出せない。

 ひじは? 膝は? 首は? 指は? 肩は? どうは? あらゆる可能性が却下される。


 さらに、残された時間も少ない。


 例えばけいどうみやくを絞めた場合、現実において人間の意識が「落ちる」のにかかる時間は数秒から十数秒。

 プラネットにおける絞め技も、おおむねそのくらいでHPがきるように出来ている。じりじりとHPゲージが減少していく。ゼロまでにだつしゆつしなくては。アオイは可能性をさぐる。


 ──右腕。ゆいいつ動かせる、右腕は?


 動くが、ねらえる場所がないように思える。敵は背後に密着している。

 ……いや。ひとつ、狙えるところがある。


「わた、しは……まもる……」


 苦しげに空をいていたアオイの右手が、後ろに向いた事に山本は気が付いた。その時点で彼は、相手の狙いに思い当たる。


「一番になる……鋭一との、約束を……まもる!」

「しま……ッ」


 山本はこの時点で寝技を解くべきだった。だがそれは間に合わなかった。アオイの全身から、殺気が解放される。この山本ですらせんりつするほどの殺気が!


 アオイの指が背後に伸びた。その先には、山本の顔……その右目があった。

 ──目潰し!


「何だと……ッ」


 山本のVRゴーグルの中で、右の視界が赤くめいめつする。そして視力が消失。

 そのいつしゆんの隙をついて、アオイは山本の寝技を脱出した。彼女はなんとか立ち上がってその場を離れようとする。


 だが、山本としてはがすわけにはいかない。右目と右腕の死んでいる山本は、このまま立ち技でのおうしゆうなどに持ち込まれれば勝ちの目が消える。


「ウ……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 山本が、えた。


 実況席が、観客席が驚き、身をすくませた。これまでの山本の戦いぶりは常にクレバー。乱れる事などまず無かった。その山本が、たけっている。


 さけぶ彼のかたが、背中が、わずかにふるえている事に気づいた者はいただろうか。ほうこうし、とつげきする彼の首からはあせしたたる。


 山本がなぜ叫んだのか。激戦による興奮。勝利への必死さ。それもあるだろう。だが、もう一つ。


 それは、きよう

 彼は恐れていた。どこまでもれいてつな目の前の少女が、こわかったのだ。


 飛び離れたばかりで体勢が十分でないアオイの横から、山本は低い姿勢のタックルをける。組み合いにもつれ込めば勝機はある。

 アオイは山本へ向き直る事はせず、横向きのままこしかせて移動の姿勢を取る。足は、つまさきちの形。


 山本がせまる。彼は目前の相手の腰をつかまえるべくりよううでを前に構え、


 キュッ。


 直後、その相手を見失った。

 ──ぼくしきながれ』!


 キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ


 アオイはこの奥義を連続使用し、横移動をり返す。


「な……んだと……!」


 視力の残った山本の左目には、今……七人ものアオイの姿が映っていた。

 残像によるさつかくすら引き起こすほどの、一瞬のたんきよ移動!


「鋭一……わたし、勝つよ」


 少女はこいびとの名をつぶやいた。この技は、彼が使えるようにしてくれたものだ。

 一瞬だが、強力な接着効果のあるスキル〈ストロングガム〉。鋭一に教わったこのスキルで足の裏を接着し、アオイはこの奥義を使用可能としていた。


 一色葵は『ながれ』を使えない。だが「アオイ」になら使う事ができるのだ。


 残像による分身でかくらんしつつ接近し、アオイは山本の首筋に手刀を振り下ろした。

 一度『とどめ』によって首にはダメージがあった。だから彼の首は、この加撃にえることができなかった。


「…………見事、だ」


 それだけ言うのがやっとだった。彼が口を閉じるよりも早く、その身体はばくはつした。


 [FINISH!!]

 [WINNER AOI]

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