4-2
「さて、それじゃあ今回のテーマなんですけども――これ! 『テクニック3振りでどこまで行けるのか』!! 結構みんな興味あるんじゃないのかな~~」
百道というプレイヤーには一つ、他にない特色がある。アバターを毎日、気分で変えるのだ。見た目も、カードも、スキルも。
「というわけで今日は、こんなん用意してみました。スキル<武具>バランスボール!」
画面の中の赤茶けた大地で、アバターが巨大なボールを掲げた。戦闘前パートの放送は、そのまま
「この、道具系だと全部<武具>ってスキル名になっちゃうの、どうなのかなって前から思ってるんですけど。運営さん、これ聞いてたら一考してくれませんかねー?」
この放送は毎日違うコンセプトの戦い方を見せてくれる楽しさもそうだが、その軽妙な語り口も人気である。実際に運営にも聞いている人間がいるらしい……という噂もある。
「……ちょい脱線したか。とにかくね、このボールに乗って戦います。ボヨンボヨン不規則に弾むボールの上から攻撃する! テクニック全振りならこんな事もできちゃうんだよね。相手の意表をつくのは戦いの基本だし、意外と戦えるんじゃないかな?」
彼(彼女?)はこんな突飛な戦法でも、思いついてすぐ実践できる。なぜか?
……簡単である。あらゆる動きをこなせるだけの、優れた格闘センスを持っているからだ。
「そういうコンセプトなんで、デザインはピエロにしてみました。『ハッハー! ようこそ! 今日はキミを夢の世界へ招待するよ!』……うん、ロールはこんな感じかな」
さらには、演技力もある。戦場において、常にアバターになりきって会話する事から性別不明とすら言われている。生放送での本人の声質も中性的で、謎の多い人物でもある。
「じゃあ早速ランキング戦いってみましょう! 今日はレベルB、420Pからスタートで~す」
そうして、この日の気狂いピエロの挑戦が始まった。
「初戦突破~! ボールの上でズッコケてるだけに見えても計算通りだったりするんだよね! これで蹴りが決まると爽快だな~~」
「あっ、惜しい! やっぱパワー0だと重い一撃は出せないんで、手数で攻めるしかなくなりますね。うーん困ったぞ」
「うおっコノヤロウ! 今の相手、視聴者だろ! ボールの方狙われたら台無しでしょうが!」
「ぐえー! 血迷ってボールをぶつけてみましたが、まあ当然ダメージとかないですね! そしてボールを失うと割と何もできない!」
「あー! あの、ちょっとわかってきたんですけど!」
「……これ! 弱いですね!」
「あっちゃー。今日失敗だなコレ。というわけで230Pまで落として終了です。これはそのうちリベンジしたい! 寝ます。ご視聴ありがとうございました~」
以上が、昨日の放送の顛末である。
百道という
順位持ちとは、A~Cの全レベルを通してポイントランキングが100位以内の
つまり百道には、アバターのカスタマイズ次第でそこまで到達できる素の力がある。
が、ハズレを引けばご覧の通り。
百道は……非常にムラのあるプレイヤーなのだ。
* * *
「こいつ、前にもレベルB下位まで落ちてきた事があってさ……まあ、割とボコボコにされたよ。俺もショートワープ使う前だけどさ。変な戦法ばっか使ってくる上に、毎日違う事してくるから対策も立てられない」
鋭一は表情を苦くして過去を思い出した。
「しかも、素の殴り合いでも……かなりやる相手だ」
「大丈夫」
が、葵は動じず返した。珠姫の膝の上で丸まって眠っていた面影は既にない。
「わたしも、かなりやる」
「それは——その通りだ」
葵は表情をゴーグルで隠したまま頷いた。鋭一も応えて頷く。
そして二人が戦場のローディングを待っていると……画面にメッセージがポップアップした。そこにはこう書かれている。
『対戦相手がこの試合の配信を求めています。許可しますか?』
「?」
葵は黙って首を傾けた。もちろん、彼女は配信の事など知らない。この質問に真っ先に反応したのは……珠姫だった。
「! これは……葵ちゃん、イエスを選ぼう」
「うん」
葵は言われるがままに生配信を許可した。
それと同時、珠姫はスマホ片手に素早く電話をかけ始めている。どうやら、彼女の会社の関係者のようだ。
「……そう。すぐに、可能な限り宣伝枠を購入して。あとWEBに告知も打っといて。『今すぐ百道の100ch.を視聴しよう!』ってね」
「そうそう、こういう宣伝文句もつけとこうか。モストカンパニーの秘蔵っ子、『ゴーストニンジャガール』アオイ登場! って」
あっという間の判断だった。この電撃的速度はさすがに経営者だ。
「社長、今のって」
「うん。この放送に今、できるだけ人を集める。百道の知名度を利用させてもらうよ。どっちにしろ、いつかは金を払ってでも戦って貰おうと思ってた相手だしね」
確かに、以前レベルBで戦いたい相手として珠姫が名前を挙げていた中にも、百道はいた。
「ここでコイツぶっ飛ばせれば、葵ちゃん一気に有名になるぞ~」
「ゴーストニンジャガールってのは……?」
「今考えた。キャッチフレーズがあるに越した事はないでしょ? ちょうど葵ちゃん『幽霊』で『忍者』だしね」
「……流石だよなあ、そういうとこ」
珠姫はスマホケースを閉じ、舌なめずりする。
知名度が上がれば、より上位のプレイヤーに挑戦した時に受けてもらえる可能性が上がる。トッププレイヤーの多くにはスポンサーがついており、集客の見込めるマッチングならば彼らが黙っていないのだ。レベルAを目指す場合、それが近道になる事もある。
……もちろん、本人に相応の実力がある前提での話だが。
「さあ葵ちゃん、これで負けたら台無しよ? 成り上がりプランも、あたしの顔もね」
――そして、闘技場に二人の戦士が降り立った。
* * *
「……おすもう」
「いかにも。自分、本日は一人の力士として胸を借りる所存ッス」
アオイの目の前に現れたアバターは、わかりやすすぎる程に力士だった。
太った体に、まわし一つ。頭にマゲ。
アバターの体格は、体積でいえばアオイと倍以上は違うだろう。これから、この相手とぶつかり合うのだと考えるとその肉体の厚みは脅威といえた。
葵は、実はテレビで相撲を見る時にも「自分があの場で戦ったら」のシミュレーションをした事がある。結果としては……何でもアリならともかく、相撲のルールではただの一人にも勝てる気がしなかった。
体格差の問題もあるし、土俵という狭いフィールド、手をついただけでも負けというシビアなルール……非常に難しい戦いだ。だから彼女は力士に対してある種の敬意を持っている。
「おすもうは好き」
「ありがとうございます。ご声援に感謝し、一番一番、自分の相撲を取るだけッス」
力士——すなわち力士の演技をする百道は、厳粛な面持ちのまま手刀で「心」の字を切り、短く頭を下げた。アオイも思わず、応えて頭を下げる。
[READY]
が、ここで戦闘開始への合図が始まった。
アオイは目つきを鋭いものに変え、両手を下げた自然体の構えをとる。
合図がかかれば、会話の時間は終わり。真剣勝負の時間が始まる。
これは
一方の百道は膝を曲げて腰を落とし――片足を上げる。そしてその足でそのまま地面を、強く踏んだ。闘技場の赤茶けた大地が震動し、アオイにまで伝わる。見事な四股である。
力士はそのまま前のめりになり、両手をついた。まさに相撲の立ち合いの構え。
「はっけよい——」
百道は定型句を口に、長く息を吐いた。
「今日は相撲ごっこか? なんかまた失敗の臭いがするな」
「……あんまり
鋭一が呟き、珠姫が頬杖をつく。
いくら二人が分析したところで、戦闘中の葵にアドバイスはできない。
試合開始のタイミングはランダムだが、今日は特に始まるまでが長い。二人は黙って見つめる。アオイは脱力した構えのまま動かない。百道は前かがみになった背中を脈動させ、立ち合いの呼吸を整えた。そして
[FIGHT!!]
戦いが、始まった。
「——ノコッタ!!」
同時、百道の両拳が地面を叩く。爆発的な勢いで、視界を埋め尽くすほどの肉体が踊りかかる。
二者はそのまま激突すると思われた。しかし、ゴォッ、という風圧を浴びたアオイは、直後、敵の姿を一瞬見失った。
視界に広がっていた肌色が消えた。かわりに、目の前には傘をさしたような影が落ちている。
――上!
脚力をめいっぱいに使って跳んだ力士は、アオイの頭上を腹這いに飛び越える形になっていた。力士にあらざる身軽さ。早くも……もはやこれは相撲ではない!
「あっ、この野郎!」
鋭一は膝を平手で打った。ここまで見れば彼にはわかる。
「スピードに2か、3? 振ってやがるな、この見た目で……!」
アオイは一度、ピクリと動きを止めた。彼女にも想定できない事はある。それは、現実に起きえない事が起きた時だ。
あの体格の人間が、この高さまで跳ぶ事は現実にはありえない。だが、ここはゲームだ。プラネットにおいてアバターの見た目は性能に影響しない。つまり、逆を言えば……見た目に反した動きをする事も可能なのだ。
今まで見てきたどの力士も、こんな動きはしなかった!
敵は頭上を越え、アオイは背後を取られる。急いで振り返る。だが一手遅い。百道は頭から落下しながら、上下逆さまの状態でアオイに向けて張り手を出した。避けきれない。アオイは腕でのガードを強いられる。
アオイに、ガードをさせる。レベルCではただの一人も出来なかった事だ。
百道はその後、片手を地面につき、そのまま足で着地をした。非常に器用な動きだ。そして再び前かがみになり、立ち合いの構えをとる。
「ゴッツァン……これが自分の『アクロバット・スモウ』ッス……!」
「おすもう……じゃない」
「一番一番、自分の相撲を取るだけッス」
アオイは若干、表情をこわばらせた。それはそうだ。
今まで見てきたどの力士も! こんな動きはしなかったのだ!!
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